《完結》男が絶滅していく世界で、英雄は女の子たちをペロペロする

執筆用bot E-021番 

第3話~雨~

 ポツン
 ポツン



 水滴の一粒二粒が、セイの鼻先を濡らした。



「雨が降ってきたみたいなので、オレはこれで失礼します」



 ホントウはもう少し伯爵と話をしていたかった。だが、内郭のほうから跳ね橋を通り、他の騎士たちが出てくる様子が見えたのだ。バカにされるのは目に見えているので、さっさと立ち去ろうと思ったのだ。



 遅かった。



「よぉ。落ちこぼれくんじゃないか」
 と、声をかけられた。



 よりにもよってセイのことを普段からよくバカにしてくる、レオナルドという男だった。いつも数人のトリマキを連れている。




「まさか槍を一突きしただけで、騎士団長にいなされるとはな」「同じ騎士だったと思うと恥ずかしいよ」「貴族の方々も指差して笑ってたしな」……。



 笑い声が上がる。
 セイは曖昧に笑うしかなかった。



「こらッ。他人をバカにする者ではありませんよ。それでも騎士ですかッ」
 と、レフィール伯爵が怒鳴った。



 騎士たちは一瞬、品定めするような顔をした。女を品定めする男の顔だった。が、そんな下卑た顔を見せたのも一瞬のことだ。相手がそれなりに高貴な相手だと気づいたらしい。騎士たちはいっせいにかしずいた。



「これは失礼いたしました」
 かしずく必要はない、いいや、そういうわけには――とセイのときと同じヤリトリがあり、騎士たちは面をあげた。



「私はレフィール・リストリーナです。同じロイラング王国の騎士が、仲間をけなすだなんて、そんなことは許しませんよ」



「いや、それにしても、レフィール伯爵はお美しいですな。さすがは、ロイラング王国屈指の美姫と言われるだけはある」
 と、レオナルドがレフィール伯爵に歩み寄っていた。



 また、はじまった――とセイは思った。
 レオナルドは美しい女性を見ると、誉めそやし甘言でたぶらかすのだ。そしてダマされた女たちは、レオナルドに遊ばれて捨てられるというのが決まった流れだった。


 
「そんな話をしているのではありません」
 と、レフィール伯爵は厳しい声でいなした。



「いや。オレが今まで見てきた中で、イチバン美しい女性だ。さすがはミリス・ローネさまの婚約者というだけはある」



 ミリス・ローネは、ロイラング王国の長男であり、つまり王子さまだ。



「へぇ」
 と、セイは思わず声を漏らした。



 王子がこの伯爵と婚約者だなんて知らなかった。王子の婚約者ということなら、さすがのレオナルドも手は出せないだろう。



「私はそんな婚約に応じたつもりはありません」
 と、レフィール伯爵は怒ったように言い返してきた。



 ともかく。



(オレの入る余地はなさそうだ)



 セイはその場を離れることにした。
 王子ならば、どんな手を使ってでも伯爵を自分のものにするだろう。それができる権力と金がある。



「ちぇ」
 舌打ちを漏らした。
 いじけるような心持だった。



 セイには何もない。学も才も金もない。美しい女性をつなぎ止めておくチカラは、トウテイ持ち合わせていなかった。



 雨が本格的に降りだした。



 雨が地を叩く音のなか、「キャァーッ」と絹を裂くような声が貫いた。振り向く。レフィール伯爵がシリモチをついていた。緑色の人の姿をした怪物が、レフィール伯爵に襲いかかっていた。



「伯爵ッ」
 セイはあわててキビスをかえした。



 地を蹴った。



 さきほど使っていた槍を構えた。身を低くして、突進した。これがセイの槍術だった。間合いをかく乱するわけでもないのに、異常に身を低くする癖があるのだ。



「はッ」
 気合いとともに、右手で槍を突き出す。



 穂先が滑り出されて、緑の怪物の側頭部を突いた。穂先と言っても訓練で使っていた槍だ。先端は布のカタマリに過ぎない。



「ぐぇっ」
 緑の怪物は少しヨロけた。顔が見えた。目玉が剥きだされて、獰猛そうなキバが伸びていた。資料で見たことがある。ゴブリンと言われるモンスターだ。1匹ではない。全部で5匹いた。



 レオナルドたちはどこへ消えたのか。



 それにこの雨は――。
 まさか……。



 厭な想像が胸裏をよぎった。



「レフィール伯爵。こちらに!」
「ミネアが……」
 なんことか、わからなかった。



 レフィール伯爵が連れてきていたメイドだとわかった。メイドはモンスターに食い殺されていた。肉を食いちぎられている。胴体と生首が離れている。



 ダメだ。
 明らかに助からない。



「諦めてください」



 身分の高い者を守らなくてはならないという、ある種の騎士道精神に突き動かされて、セイはレフィール伯爵の手を引っ張った。



「とにかく城内に逃げましょう」



 セイはレフィール伯爵を連れて、城内に入った。何か考えがあったわけではない。危ないときは、とにかく城だ。それに武器庫に行けば、ちゃんとした武器があるはずだと思ったのだ。



 内郭に入ってすぐのところに、武器庫がある。ショートスピアの中でも短めのものを一本背中に携えた。



 武器庫を出る。さきほど訓練を行っていた練兵場が広がっている。練兵場にも多くのモンスターが跋扈ばっこしていた。



「バカな……。ロイラング城が占拠された?」



 2年間、セイが働き続けた場所だ。正式な騎士ではなく見習いだったが、それでも職場だったことに変わりはない。



 辞めさせられたとはいえ、ザマァ見ろとはさすがに思えない。何があっても、王都は泰然とし続けているのだ――と、トウゼンのように思っていた。



 その絶対的な場所が、モンスターに犯されているのだ。騎士たちの汗をたっぷりと吸った練兵場が、バケモノたちに踏み荒らされていた。



「悪魔の雨です」
 レフィール伯爵がポツリとつぶやくように言った。



「まさか、神話の?」



「はい。私に襲いかかってきたモンスターたちは、騎士だったのです。雨を受けて変貌してく様を、私は見ていました」



「じゃあ、オレも――」
 自分の手のひらを見つめた。



 モンスターになるのではないかという恐怖に駆られたのだ。雨粒がセイの手のひらに落ちてきた。なんの変化もなく、水滴は滑り落ちていった。



「あなたは大丈夫です」
 レフィール伯爵は、セイの手のひらを両手でやさしく包んだ。



「〝英雄印〟のおかげでしょうか?」



「英雄王ハーレムの印なのです。ふたたび神話がくりかえされるのかもしれません」



 レフィール伯爵は濡れたコハク色の瞳を、セイに向けてきた。



 雨に濡れて、服がピッタリとカラダに張り付いている。毬のようにふくらんだ乳房の形が、ありありと見て取れた。丸みの先端に、小さな尖りが見えた。



 貴族のおっぱいだ。見てはいけないものを見てしまったような気がして、あわてて目をそらした。



「神話が繰り返されるということは、男性が全員――」



「ええ。モンスターになってしまうのかもしれません」



「困りましたね」
 男性の多い城内は、むしろ危険かもしれない。



 この雨を受けた者が全員モンスターになるということは、どこもかしこも危険だ。ここはロイラング王国が王都となる。



 国王は無事だろうか――と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。辞めさせられた城の国王を、セイが心配するのはお門違いだ。



「私の国が心配です」
「レフィール伯爵の国?」



「こう見えても伯爵ですから、いちおう小さいながらも領土を預かっているのです。私は急ぎ引き返そうと思います」



 レフィール伯爵は眉根をひそめていた。眉間にシワを寄せても、その美貌がかすむことはなかった。



「危険ですよ」



 レフィール伯爵のプラチナブロンドの髪が、雨に濡れそぼっていた。カラダが冷えているのもあるが、恐怖のためか肌が青白くなっている。そんなレフィール伯爵が、急にセイに抱きついてきた。



 セイの唇に、レフィール伯爵の唇がかさねられた。



 熱かった。そして甘かった。



「い、いったい何を?」



「〝英雄印〟を持つ者に、私を捧げます。ですので、私の国まで護衛してはいただけないでしょうか?」



「そんなことされなくとも、もちろん護衛させていただきます。お役にたてれば良いのですが……」



 レフィール伯爵の青白い頬が、桃色に染まっていた。



「私は運が良い。今日という日に、〝英雄印〟を持つ者に出会うことができるなんて。感謝いたします」



「運が良いのはオレのほうですよ」
 たかが一兵卒には、甘美すぎる唇だった。

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