《完結》男が絶滅していく世界で、英雄は女の子たちをペロペロする
第3話~雨~
ポツン
ポツン
水滴の一粒二粒が、セイの鼻先を濡らした。
「雨が降ってきたみたいなので、オレはこれで失礼します」
ホントウはもう少し伯爵と話をしていたかった。だが、内郭のほうから跳ね橋を通り、他の騎士たちが出てくる様子が見えたのだ。バカにされるのは目に見えているので、さっさと立ち去ろうと思ったのだ。
遅かった。
「よぉ。落ちこぼれくんじゃないか」
と、声をかけられた。
よりにもよってセイのことを普段からよくバカにしてくる、レオナルドという男だった。いつも数人のトリマキを連れている。
「まさか槍を一突きしただけで、騎士団長にいなされるとはな」「同じ騎士だったと思うと恥ずかしいよ」「貴族の方々も指差して笑ってたしな」……。
笑い声が上がる。
セイは曖昧に笑うしかなかった。
「こらッ。他人をバカにする者ではありませんよ。それでも騎士ですかッ」
と、レフィール伯爵が怒鳴った。
騎士たちは一瞬、品定めするような顔をした。女を品定めする男の顔だった。が、そんな下卑た顔を見せたのも一瞬のことだ。相手がそれなりに高貴な相手だと気づいたらしい。騎士たちはいっせいにかしずいた。
「これは失礼いたしました」
かしずく必要はない、いいや、そういうわけには――とセイのときと同じヤリトリがあり、騎士たちは面をあげた。
「私はレフィール・リストリーナです。同じロイラング王国の騎士が、仲間をけなすだなんて、そんなことは許しませんよ」
「いや、それにしても、レフィール伯爵はお美しいですな。さすがは、ロイラング王国屈指の美姫と言われるだけはある」
と、レオナルドがレフィール伯爵に歩み寄っていた。
また、はじまった――とセイは思った。
レオナルドは美しい女性を見ると、誉めそやし甘言でたぶらかすのだ。そしてダマされた女たちは、レオナルドに遊ばれて捨てられるというのが決まった流れだった。
「そんな話をしているのではありません」
と、レフィール伯爵は厳しい声でいなした。
「いや。オレが今まで見てきた中で、イチバン美しい女性だ。さすがはミリス・ローネさまの婚約者というだけはある」
ミリス・ローネは、ロイラング王国の長男であり、つまり王子さまだ。
「へぇ」
と、セイは思わず声を漏らした。
王子がこの伯爵と婚約者だなんて知らなかった。王子の婚約者ということなら、さすがのレオナルドも手は出せないだろう。
「私はそんな婚約に応じたつもりはありません」
と、レフィール伯爵は怒ったように言い返してきた。
ともかく。
(オレの入る余地はなさそうだ)
セイはその場を離れることにした。
王子ならば、どんな手を使ってでも伯爵を自分のものにするだろう。それができる権力と金がある。
「ちぇ」
舌打ちを漏らした。
いじけるような心持だった。
セイには何もない。学も才も金もない。美しい女性をつなぎ止めておくチカラは、トウテイ持ち合わせていなかった。
雨が本格的に降りだした。
雨が地を叩く音のなか、「キャァーッ」と絹を裂くような声が貫いた。振り向く。レフィール伯爵がシリモチをついていた。緑色の人の姿をした怪物が、レフィール伯爵に襲いかかっていた。
「伯爵ッ」
セイはあわててキビスをかえした。
地を蹴った。
さきほど使っていた槍を構えた。身を低くして、突進した。これがセイの槍術だった。間合いをかく乱するわけでもないのに、異常に身を低くする癖があるのだ。
「はッ」
気合いとともに、右手で槍を突き出す。
穂先が滑り出されて、緑の怪物の側頭部を突いた。穂先と言っても訓練で使っていた槍だ。先端は布のカタマリに過ぎない。
「ぐぇっ」
緑の怪物は少しヨロけた。顔が見えた。目玉が剥きだされて、獰猛そうなキバが伸びていた。資料で見たことがある。ゴブリンと言われるモンスターだ。1匹ではない。全部で5匹いた。
レオナルドたちはどこへ消えたのか。
それにこの雨は――。
まさか……。
厭な想像が胸裏をよぎった。
「レフィール伯爵。こちらに!」
「ミネアが……」
なんことか、わからなかった。
レフィール伯爵が連れてきていたメイドだとわかった。メイドはモンスターに食い殺されていた。肉を食いちぎられている。胴体と生首が離れている。
ダメだ。
明らかに助からない。
「諦めてください」
身分の高い者を守らなくてはならないという、ある種の騎士道精神に突き動かされて、セイはレフィール伯爵の手を引っ張った。
「とにかく城内に逃げましょう」
セイはレフィール伯爵を連れて、城内に入った。何か考えがあったわけではない。危ないときは、とにかく城だ。それに武器庫に行けば、ちゃんとした武器があるはずだと思ったのだ。
内郭に入ってすぐのところに、武器庫がある。ショートスピアの中でも短めのものを一本背中に携えた。
武器庫を出る。さきほど訓練を行っていた練兵場が広がっている。練兵場にも多くのモンスターが跋扈していた。
「バカな……。ロイラング城が占拠された?」
2年間、セイが働き続けた場所だ。正式な騎士ではなく見習いだったが、それでも職場だったことに変わりはない。
辞めさせられたとはいえ、ザマァ見ろとはさすがに思えない。何があっても、王都は泰然とし続けているのだ――と、トウゼンのように思っていた。
その絶対的な場所が、モンスターに犯されているのだ。騎士たちの汗をたっぷりと吸った練兵場が、バケモノたちに踏み荒らされていた。
「悪魔の雨です」
レフィール伯爵がポツリとつぶやくように言った。
「まさか、神話の?」
「はい。私に襲いかかってきたモンスターたちは、騎士だったのです。雨を受けて変貌してく様を、私は見ていました」
「じゃあ、オレも――」
自分の手のひらを見つめた。
モンスターになるのではないかという恐怖に駆られたのだ。雨粒がセイの手のひらに落ちてきた。なんの変化もなく、水滴は滑り落ちていった。
「あなたは大丈夫です」
レフィール伯爵は、セイの手のひらを両手でやさしく包んだ。
「〝英雄印〟のおかげでしょうか?」
「英雄王ハーレムの印なのです。ふたたび神話がくりかえされるのかもしれません」
レフィール伯爵は濡れたコハク色の瞳を、セイに向けてきた。
雨に濡れて、服がピッタリとカラダに張り付いている。毬のようにふくらんだ乳房の形が、ありありと見て取れた。丸みの先端に、小さな尖りが見えた。
貴族のおっぱいだ。見てはいけないものを見てしまったような気がして、あわてて目をそらした。
「神話が繰り返されるということは、男性が全員――」
「ええ。モンスターになってしまうのかもしれません」
「困りましたね」
男性の多い城内は、むしろ危険かもしれない。
この雨を受けた者が全員モンスターになるということは、どこもかしこも危険だ。ここはロイラング王国が王都となる。
国王は無事だろうか――と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。辞めさせられた城の国王を、セイが心配するのはお門違いだ。
「私の国が心配です」
「レフィール伯爵の国?」
「こう見えても伯爵ですから、いちおう小さいながらも領土を預かっているのです。私は急ぎ引き返そうと思います」
レフィール伯爵は眉根をひそめていた。眉間にシワを寄せても、その美貌がかすむことはなかった。
「危険ですよ」
レフィール伯爵のプラチナブロンドの髪が、雨に濡れそぼっていた。カラダが冷えているのもあるが、恐怖のためか肌が青白くなっている。そんなレフィール伯爵が、急にセイに抱きついてきた。
セイの唇に、レフィール伯爵の唇がかさねられた。
熱かった。そして甘かった。
「い、いったい何を?」
「〝英雄印〟を持つ者に、私を捧げます。ですので、私の国まで護衛してはいただけないでしょうか?」
「そんなことされなくとも、もちろん護衛させていただきます。お役にたてれば良いのですが……」
レフィール伯爵の青白い頬が、桃色に染まっていた。
「私は運が良い。今日という日に、〝英雄印〟を持つ者に出会うことができるなんて。感謝いたします」
「運が良いのはオレのほうですよ」
たかが一兵卒には、甘美すぎる唇だった。
ポツン
水滴の一粒二粒が、セイの鼻先を濡らした。
「雨が降ってきたみたいなので、オレはこれで失礼します」
ホントウはもう少し伯爵と話をしていたかった。だが、内郭のほうから跳ね橋を通り、他の騎士たちが出てくる様子が見えたのだ。バカにされるのは目に見えているので、さっさと立ち去ろうと思ったのだ。
遅かった。
「よぉ。落ちこぼれくんじゃないか」
と、声をかけられた。
よりにもよってセイのことを普段からよくバカにしてくる、レオナルドという男だった。いつも数人のトリマキを連れている。
「まさか槍を一突きしただけで、騎士団長にいなされるとはな」「同じ騎士だったと思うと恥ずかしいよ」「貴族の方々も指差して笑ってたしな」……。
笑い声が上がる。
セイは曖昧に笑うしかなかった。
「こらッ。他人をバカにする者ではありませんよ。それでも騎士ですかッ」
と、レフィール伯爵が怒鳴った。
騎士たちは一瞬、品定めするような顔をした。女を品定めする男の顔だった。が、そんな下卑た顔を見せたのも一瞬のことだ。相手がそれなりに高貴な相手だと気づいたらしい。騎士たちはいっせいにかしずいた。
「これは失礼いたしました」
かしずく必要はない、いいや、そういうわけには――とセイのときと同じヤリトリがあり、騎士たちは面をあげた。
「私はレフィール・リストリーナです。同じロイラング王国の騎士が、仲間をけなすだなんて、そんなことは許しませんよ」
「いや、それにしても、レフィール伯爵はお美しいですな。さすがは、ロイラング王国屈指の美姫と言われるだけはある」
と、レオナルドがレフィール伯爵に歩み寄っていた。
また、はじまった――とセイは思った。
レオナルドは美しい女性を見ると、誉めそやし甘言でたぶらかすのだ。そしてダマされた女たちは、レオナルドに遊ばれて捨てられるというのが決まった流れだった。
「そんな話をしているのではありません」
と、レフィール伯爵は厳しい声でいなした。
「いや。オレが今まで見てきた中で、イチバン美しい女性だ。さすがはミリス・ローネさまの婚約者というだけはある」
ミリス・ローネは、ロイラング王国の長男であり、つまり王子さまだ。
「へぇ」
と、セイは思わず声を漏らした。
王子がこの伯爵と婚約者だなんて知らなかった。王子の婚約者ということなら、さすがのレオナルドも手は出せないだろう。
「私はそんな婚約に応じたつもりはありません」
と、レフィール伯爵は怒ったように言い返してきた。
ともかく。
(オレの入る余地はなさそうだ)
セイはその場を離れることにした。
王子ならば、どんな手を使ってでも伯爵を自分のものにするだろう。それができる権力と金がある。
「ちぇ」
舌打ちを漏らした。
いじけるような心持だった。
セイには何もない。学も才も金もない。美しい女性をつなぎ止めておくチカラは、トウテイ持ち合わせていなかった。
雨が本格的に降りだした。
雨が地を叩く音のなか、「キャァーッ」と絹を裂くような声が貫いた。振り向く。レフィール伯爵がシリモチをついていた。緑色の人の姿をした怪物が、レフィール伯爵に襲いかかっていた。
「伯爵ッ」
セイはあわててキビスをかえした。
地を蹴った。
さきほど使っていた槍を構えた。身を低くして、突進した。これがセイの槍術だった。間合いをかく乱するわけでもないのに、異常に身を低くする癖があるのだ。
「はッ」
気合いとともに、右手で槍を突き出す。
穂先が滑り出されて、緑の怪物の側頭部を突いた。穂先と言っても訓練で使っていた槍だ。先端は布のカタマリに過ぎない。
「ぐぇっ」
緑の怪物は少しヨロけた。顔が見えた。目玉が剥きだされて、獰猛そうなキバが伸びていた。資料で見たことがある。ゴブリンと言われるモンスターだ。1匹ではない。全部で5匹いた。
レオナルドたちはどこへ消えたのか。
それにこの雨は――。
まさか……。
厭な想像が胸裏をよぎった。
「レフィール伯爵。こちらに!」
「ミネアが……」
なんことか、わからなかった。
レフィール伯爵が連れてきていたメイドだとわかった。メイドはモンスターに食い殺されていた。肉を食いちぎられている。胴体と生首が離れている。
ダメだ。
明らかに助からない。
「諦めてください」
身分の高い者を守らなくてはならないという、ある種の騎士道精神に突き動かされて、セイはレフィール伯爵の手を引っ張った。
「とにかく城内に逃げましょう」
セイはレフィール伯爵を連れて、城内に入った。何か考えがあったわけではない。危ないときは、とにかく城だ。それに武器庫に行けば、ちゃんとした武器があるはずだと思ったのだ。
内郭に入ってすぐのところに、武器庫がある。ショートスピアの中でも短めのものを一本背中に携えた。
武器庫を出る。さきほど訓練を行っていた練兵場が広がっている。練兵場にも多くのモンスターが跋扈していた。
「バカな……。ロイラング城が占拠された?」
2年間、セイが働き続けた場所だ。正式な騎士ではなく見習いだったが、それでも職場だったことに変わりはない。
辞めさせられたとはいえ、ザマァ見ろとはさすがに思えない。何があっても、王都は泰然とし続けているのだ――と、トウゼンのように思っていた。
その絶対的な場所が、モンスターに犯されているのだ。騎士たちの汗をたっぷりと吸った練兵場が、バケモノたちに踏み荒らされていた。
「悪魔の雨です」
レフィール伯爵がポツリとつぶやくように言った。
「まさか、神話の?」
「はい。私に襲いかかってきたモンスターたちは、騎士だったのです。雨を受けて変貌してく様を、私は見ていました」
「じゃあ、オレも――」
自分の手のひらを見つめた。
モンスターになるのではないかという恐怖に駆られたのだ。雨粒がセイの手のひらに落ちてきた。なんの変化もなく、水滴は滑り落ちていった。
「あなたは大丈夫です」
レフィール伯爵は、セイの手のひらを両手でやさしく包んだ。
「〝英雄印〟のおかげでしょうか?」
「英雄王ハーレムの印なのです。ふたたび神話がくりかえされるのかもしれません」
レフィール伯爵は濡れたコハク色の瞳を、セイに向けてきた。
雨に濡れて、服がピッタリとカラダに張り付いている。毬のようにふくらんだ乳房の形が、ありありと見て取れた。丸みの先端に、小さな尖りが見えた。
貴族のおっぱいだ。見てはいけないものを見てしまったような気がして、あわてて目をそらした。
「神話が繰り返されるということは、男性が全員――」
「ええ。モンスターになってしまうのかもしれません」
「困りましたね」
男性の多い城内は、むしろ危険かもしれない。
この雨を受けた者が全員モンスターになるということは、どこもかしこも危険だ。ここはロイラング王国が王都となる。
国王は無事だろうか――と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。辞めさせられた城の国王を、セイが心配するのはお門違いだ。
「私の国が心配です」
「レフィール伯爵の国?」
「こう見えても伯爵ですから、いちおう小さいながらも領土を預かっているのです。私は急ぎ引き返そうと思います」
レフィール伯爵は眉根をひそめていた。眉間にシワを寄せても、その美貌がかすむことはなかった。
「危険ですよ」
レフィール伯爵のプラチナブロンドの髪が、雨に濡れそぼっていた。カラダが冷えているのもあるが、恐怖のためか肌が青白くなっている。そんなレフィール伯爵が、急にセイに抱きついてきた。
セイの唇に、レフィール伯爵の唇がかさねられた。
熱かった。そして甘かった。
「い、いったい何を?」
「〝英雄印〟を持つ者に、私を捧げます。ですので、私の国まで護衛してはいただけないでしょうか?」
「そんなことされなくとも、もちろん護衛させていただきます。お役にたてれば良いのですが……」
レフィール伯爵の青白い頬が、桃色に染まっていた。
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