ISERAS イセラス

三章 7.C38


『なまじ巨大な船では無いからの、思っての通り多量のレイド消費が付き物じゃ』

『大体どの位居るの…?』

『差しずめ、20リットル弱くらいじゃの』

『え?…割と少ないね。’’トン’’単位とかで必要になると思ったけど…』

『20キロを舐めるでないぞ! どれだけの費用がかかると思う!』

という事で、レイドはもの凄く高価な液体であることがわかった。

無論50ccでバイト月収が全て飛んでしまう様な高級品が20キロもここに存在するはずも無い。

俺達はキラの保有する衛生’’アステルミル’’へ、レイド確保の為同行することになった。
 
「ヴゥヴゥヴゥ」

「ん、どうしたサカキ」

一旦グロリアスリゾートへ戻るというところ。サカキの足が止まるまで気づかなかったが、何やら小さい振動を感じる。

「この曲は…!!?」

只事じゃない様子で立ち止まり、腰を低くするゼータ。
耳を傾けると、確かに歌声と軽快なBGMが聞こえてくる。
しかも、路上ライブにしては響きが重たい。

「イオラ!?」

駆け足で音の鳴るほうへ行ってしまうゼータ。

’’ミオラシスター’’の事を言っているのだろうか、確かゼータはミオラのファンだったよな…。

「あやつ、まさか『イオラー』か...?」

イオラシスターとは、’’ルイエン’’がプロデュースする、二人の女子アイドルユニットである。
マスメディアの力をほとんど借りることなくくちコミだけで土台を形成し続け、今では誰もが知る程の存在となったアイドル。

最近はその経歴すらも武器として扱う傾向にある、いわば芸能業界のサバイバー。

何故ここに来てライブをやっているのか知らないが。
俺も’’彼女ら’’に少なからず興味を持った身である。

これを見逃す手はない。
俺は駆け足でゼータを追った。

「なるほど…レクルもミオラーなのじゃな.......
気持ちは分からんでもない」

「ジェイド、イオラー…って何?」

首を傾げる処刑人が一人。




曲名は『イヴ』。所謂卒業ソングと言うやつで、ミオラの中でも有名な分類に入る曲の一つである。
キャピキャピとした如何にもなアイドルソングは、意外と数少なく、秀悦なメロディ、コード、作詞で作られた楽曲のものが多い。
彼女らの容姿、性格とは裏腹に、曲の雰囲気には『どこか悲しげな』『意味が深そう』というような印象があって、ミオラシスターを語る上で、『他のアイドルの曲とは何処か違う』という強みがある。

俺もそれに魅了されて興味を持ったミオラーの1人だ。

「イヴいい曲過ぎるよな…まじで」

「分かる」

これでもかと集まる’’うさ耳イオラー’’共の背後に、背伸びをしてでも生のイオラシスターを拝みたい俺達」

「イヴか…」

意味深な作詞で有名になったのは知っていたが、正直今までその歌詞を気にしてはいなかった。

今聞くと、まるで別の曲に聴こえる。
それが何故かは解っている。

「なぁレクル…涙ぐんでんぞおまえ」

「いや〜…こんなにグッとくる曲だとは思わなかったからさ。鳥肌立つね」

イサラスに会いたい、顔を見たいという感情が無性に混み上がってくる。
俺の涙ぐんだ顔を見て、ゼータも少し目を擦った。

助けられないと決まった訳じゃないのに。

ゼータが何歩か前に乗り出し、右腕を上げる。

「ミオ!イラ!っ 応援してる! だから…俺達の事も応援してくれぇ!!」

「俺もっ!!」

気の所為か、イオラが揃って俺達の方を見た気がした。

「うぉぉ!二人がこっち見て笑ったっ」

「ばか、んなわけないだろ恥ずかしい」

…いや、やっぱり気の所為だろう。
周りの人のそんな掛け合いに、その気がスっと失せる。

イオラシスターのライブを存分に堪能しようと、イオラー共に紛れて手をゆらゆらと振るう。
何処も彼処も寒い国の中、この場だけはそれを忘れさせる。

「イオラのパワーすげぇよな.......」

此奴ゼータに至っては、彼女を放っておきながら何してるんだ、というのが率直な意見だけど。それを差し置いても、俺はこいつがミオラをどれだけ好きか知っている。

盛り上がる中、イブがアウトロに入った位の時だった。

ドスっ。

「おっと、ごめん…ね?あれ」

ミオラー共を掻き分けて走り抜ける白髪の少女。不注意でその子にぶつかるが、謝る隙も無く走り去ってしまう。

「どうしたレクル」

「いや、ぶつかったから…。てかあの子うさ耳ついてなかった」

「え、どの子だ?どれどれ?」

出たよ、人が見れて自分が見れなかったと思うと、無性に気になる現象。
どうって事ないのに執拗いから、こっちも無性に面倒臭い。

「…あいつの事か?…てかあいつ何やってんだ?」

ゼータは、俺の見た子とは別のものに指を指した

俺も、そのイオラー共に紛れながらして全く興味無さそうに下を向くサングラスの男を見つける。

注意するのか心配するのか、そのサングラスの男に話しかけようと近付くうさ耳イオラーが一人。

「確かに彼奴…なんか変だな」

「ヴゥ!ヴゥ!」

「お前ら?どうしたの、こんな所まで入ってきて」

着いてきてしまったギドウをそっと持ち上げて肩に乗せる、その時だった。

バキバキバキバキ…

おぞましくも生々しい、脳にへばりつくような音が聞こえる。
一度前を向いたら、もう目を背けることは出来ないだろうと確信した。

「うわ…」

不審なサングラスの男が、話しかけたイオラーの頭蓋を片手で粉砕していたのだ。
会場は段々と静かになり、やがて『イヴ』のBGMだけが残る。

「’’アウトレイジ’’…!?」

「アウトレイジ……アウトレイジだ!! 避難所へ走れ!! 逃げろ!!」

突如静けさは悲鳴へと変わり、イオラー共はその場を猛ダッシュで離れて行く。

それはまるであの時の光景だった...。

例のフェアトーナメントでの事件がフラッシュバックしたかのようだった。

「みんな逃げ始めてる…!っ何ぼーっとしてるんだ!? 俺達も逃げるぞレクル!!」

「まただ……また人が死ぬ…」

走り去るイオラー、誰もいないステージ、ただ淡々と鳴り響く『イブ』の音。
そして頭の砕けた死骸。

人がまた、死へとその身を預けた。
さっきまで生きていた人が。

時が止まった様に感じる。
敵の動きも、ゼータの動きも、全てスローで再生した映像のように、頭に流れて呆けて。

「おいレクル!? …くそっビクともしねぇ、なんでだ!!」

うだうだと俺の腕を引っ張ったり叫んだり。

騒がしさが悪事を働いてか、サングラスの男がこちらを向いて、俺達を凝視する。

そして、ゆっくりと歩み寄って来る。

俺は何故か無心になっていた。

「何をやってるんじゃレクル!!」

その甲高い声で怒鳴ったジェイドが俺の腕を強引に内へ引くと、遂に身体がスルッと動きを取り戻した。

ゼータにも腕を引かれ、最寄りのシェルターへ駆け込む逃げ遅れた一行となる。




足早に階段を駆け下りてたどり着いた防災扉。
錆び付いた階段の横壁とは裏腹に、新設同様の出で立ちを誇っている。

入室の認証を突破し扉を開くと、とてつもない光景が目の前に広がった。

「これ…全員避難した人達なんか!?」

「熱い…」

うさぎの耳を持った国民がその殆どを占めるだろうか。
広いシェルターなのに、これ以上入らないという程ぎゅうぎゅうに詰め寄り、立たされている。

そしてそいつらは騒ぎに騒いでいた。

「わらわから離れるでないぞ」

ジェイドさんは俺の腕を、俺はゼータの腕を、ゼータは勿論セラの腕を握り、人の間を縫って避難所の奥へ進んで行く。

「す、すまん…あ、ちょっと通るぞ、すまんすまん。おっと、すまん…」

ガタイがいいゼータは周りの人に体がぶつかりまくって大変だろう。
俺みたいな細身にだって強みはある。

さて...

「御手洗に行ってもいい?ジェイドさん」

見慣れた標識を見つけると、すぐさま俺はそう口にした。

「…わかった。わらわ等はあの扉の先に居るからの」

「ありがとう」

一言お礼を言って、また人と人の間をスルスルと抜けて化粧室へと向かう。
これぞ細身の強み。

人混みでジェイド達が目で見えなくなると、俺はもう一度同じ方向へ旋回する。
そう、向かうのはトイレではなく、シェルターの出入口だった。

「戦える人が戦えない人と一緒に避難しててどうするんだ……」

誰にも聞こえないような小声でそう呟いて、腰に付けていたナイフを手に取る。

階段を猛スピードで駆け上がるレクルとすれ違う一人のうさ耳。

「あっ...君! 外は危険だ、引き返しなさ….....い?」

しかし、彼の声は、俺の耳には届かなかった。



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