ISERAS イセラス

二章 9.DAYS


各自持ち場への移動を開始してから数分。
その間にラミアが裏ルートから博物館へ潜入、中央管理室の出力装置に例の細工を施す。

状況説明や把握については、声を常に通話スマホアプリ『Speak』に通し、ワイヤレスイヤホンを着けているので、難航する様なことはないだろう。

俺と他二人は、挙ってラミアの合図を待つばかり。

「…あいつか、警備員」

巡回中の警備員が窓越しにこちらへ向かって来ているのが確認出来る。
目立つことをやらかして、目を合わせられたらと変に想像したら…。

不可能じゃない、誰かがやろうと思えばやれると思うと、やたら寒気が走る。

「若干ホラーあるよね…」

この作戦は、終始誰にも見つからず終わらせられる様になっている。

例え合図があったからといい警備員の居る前で堂々と侵入するのは、誰にすがろうとも許されない。
そう、メンバー一人一人に責任が課せられているのだ。

「…にしても非常口からとは…、ゼータの割に考えたよね」

「割にってなんだ? 俺を見下してるのか? それともお前はそんな考えもできなかった馬鹿なのか?」

「黙って二人とも。見つかりたいの?…」

「すんません…見つかりたくないです」

「ご忠告感謝致す」

ド正論過ぎるセラの勧告をうけ、俺達はちいさく縮こまった(特にゼータ)。

状況にそぐわぬこの緊張感の無さが、ラミアさんの計画した作戦の信頼性をものがたっている。
しかし、これ以上油断したら流石に危険だ。
結局のところ、危険と隣り合わせなのは変わりない。

そうこう言っている内に、警備員の目は離れていく。

動くなら今がベストだが、向こうは…?

「いま行けるぜ、ラミアさん」

『問題無い、OKベストタイミングだ』

ノブに手を乗せ呼吸を整えた俺は、ゆっくりと非常ドアを開いた。

一番に目にしたものは俺達のターゲット、移星艦DAYSだ。
入念にあたりを確認して警戒心を緩めない、貴重品から順に、食糧や荷物を手際よく運んでいく。

「はぁ…重っ、腰逝くわ」

当然だがその多くは非常食と飲料水。
ラミアさんの荷物がやけに重かったのも納得がいく。

船内にも照明らしきものはあるが、電源の入れ方がわからない。
誰かがそれを見つけない限りは、暗闇のままだろう。

「これがDAYSの中…。何だこの臭い、カビか?カビだな」

恐らく湿気の仕業で、甲板の内側にカビが生えているのだろう。あと鉄錆の匂いも凄い。

鉄かどうか定かでは無いけど…。
まぁ古代人が使ってたって言うくらいだから、腐廃するのも当然っちゃ当然だ。

荷物を置き背を反らしていると、積み上がったダンボールで顔が隠れたゼータが駆け足で近付いてくる。

「ゼータお前二段も積んでるの?、重くない?」

「違う違う、下のダンボール空んなってんだよ」

「は?」

「空箱できたら試してみろって」

空になったダンボールの上に、2リットル飲料水が6本入った超重いダンボールを積んでみる。

「んしょっ、あぁーはいはい成程ね、これは軽いわ」

単にそのまま抱えるより遥かに軽く感じた。
だが、こんな革命的な裏技をゼータが隠し持っていたとは考えたくない。

「軽いけど前見えない〜、落としそう〜」

「素直に称賛しろよ…頑固者」

「え……?ゼータそういうとこあるよね…」

「お前らみたく常識が無いよか良いだろうが!」

「レクルなんかと一緒にしないでくれる?ゼータ」

「申し訳ございません」

「それ一番傷付くの俺だからね?」

その後合流したラミアさんに気を引き締めるよう注意されるのであった。




巨大なモニターやコントロールパネルが蔓延る、制御室らしき空間。
一際大きいモニターに羅列された文字とコントロールパネルを交互に睨むラミアさん。
そんな彼に少しだけ気になったことを聞いてみる。

「その文字って、’’DAYS’’とか’’EARTH’’とかと同じ文字だよね、…読めるの?これ」

「いや、似てるけどちょっと違うんだな。これは単なるASURA語標準語の文字だ。発音はお前らが使うのと何ら変わりねぇ」

試しにラミアさんはモニターを目にしながら、スラスラと俺達の分かる言葉の発音にして読み上げて見せる。

「分かるけどわかんない…」

もう既に頼るしかない、という自分の立場と肩身の狭さに過剰な情けなさを感じる。

「それがどうした?レクル」

「なんでも、運んで来るね」

誰にでも出来る荷物運びを再開した。

「空気が落ち着かない……なんか変…」

作業の最中、ふとセラがそんなことを言い始めた。
同時に、セラが時々放つ肌がピリピリする謎の周波。PFWと言ったか。
 それを今感じる。

「変?、変って何だ?具体的に」

「肌がピリピリする…」

「お…」

どうやら俺達は同じ感覚を得ていたようだ、さっきから肌がジリジリして仕方が無い。 

それにしても、発生源のセラにも影響が有るのか。
毒蛇や毒蜘蛛が自分の毒で死なない様に、普通なら本人に痛みのベクトルは向かないはずなのだが…。

「今までもあった感覚?」

嫌な予感を察知して、妄りで気は引けるがそう尋ねてみるてみる。

「…初めてではないと思うけど……」

「最近にあった?フェアトーナメントの時とか」

「そんな最近の話が曖昧になるなんておかしいでしょ…」

「確かに」

という事は、セラの発する周波では無いのか…? だとすれば今俺が感じているこのピリピリ感は何か別のもの…。

そう考えていた時だった。

「…っ!!? お前ら…!!船内に隠れろ…!!」

強めの囁き声を上げたのは、ラミアさんだった。
快調なステップを踏んでいた足に突然急停止を強いられ、縺れてしまう。

「え…いきなりどうして…」

「いいから早く入れ…!!」

こっちこっちと、手招きに誘われて三人はDAYS船内の奥深くへ身を隠す。

「なんかやらかしたかラミア!?」

「やらかしてねぇけど、……やっぱそうか……あぁ…最悪だ」

「説明頼む、ラミアさん」

失態を隠せない様子で、額に手を当てながらでラミアは事態を説明した。

「赤外線センサー」

出力機器に細工をされたと気付いた監視員が応急で起動した赤外線センサー。
それをセラは自身の生態でキャッチしていたのだという。

異変を感じてから大分時間が経過してしまった。
ラミアが額に手を当てた手をがたがたと震わせ始めた。

「何でラミアさんがセラの生態なんかを…?」

「その話は今度にしてくれ…。それより侵入がバレたんなら、巡回も警戒して見回りに来るぞ…」

「残りの荷物は諦めた方がいいな…」

と言うより、赤外線センサーが働いている限り、諦めるしか他ならない。

「このまま起動させる」

「無理」

否定的な態度で、相応のセリフをセラが発した。

「DAYSの入口で荷物置いてきたでしょ、二人とも、直ぐに見つかる…」

「あ」

イサラスの笑顔が脳裏をよぎって、消えていく感覚を覚えた。
終わった、全てが。

もう見つかるしか道が無い。そう確信した。
今後イサラスに会える日は一生来ないという事も、認めざるを得なかった。

「いや…ホント勘弁してくれよ……おい…っ!!!」

これでもかと言うくらいに地面を強く蹴る。 痛みを隠すかのように顔を手で覆うと、段々と息が荒くなる。

「くっそ…やっぱ無理だったか…」

「はぁ!?やっぱってなんだよゼータ!」

根拠もないのに他人事を言っていると決めつけてしまう。
俺の精神は、何処か別の場所へ行ってしまったようだ。

「そういう心があるから失敗したんだよ!」

「最初から成功するなんて確証これっぽっちも無かっただろ!」

「お前ら…!」

他人事だ、その場の流れで慰めようとしているだけだ。俺の気持ちなんて微塵も理解出来ていない…。

もう一度床を蹴り飛ばそうとした瞬間だった。

「落ち着け。なぁレクル、一か八か…伸るか反るか掛けてみるか?」

ラミアはそう言って、パニクっていた俺を踏み留め、手を押さえ込んだ。



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