ISERAS イセラス
二章 3.再会
「知ってるかレクル、軽自動車より、ワゴン車の方が速度が遅く感じるんだぜ」
「そうだね…」
エンジンに揺られながら、唐突なゼータの豆知識に血も涙も意味もない受け答えをする。
心に穴が空いたかのように無反応で、その穴は、周りを見る見る侵食している気がした。
「おいレクル、おい!」
「……ん? なに、ラミアさん」
「とぼけんなおいっ。何かあったんだろ、辛気くさくてしゃーねぇぞ」
何時でも騒がしいだけあって、ラミアさんはそういう空気が大嫌いだ。
イサラスの性格、人格が一変してしまったあの時の絶望感。
ケルトとラミアさんが刀を構え対峙する光景。
そしてリャイが泣きながら抱きついてきた時の感覚が、フラッシュバックして、呼吸が荒くなる。
嫌なことは忘れろってゼータに何度も言われるけど、足を掴まれている感覚が拭えなくて、そう簡単にはいかない。
「応援されるのとか…慣れてないんかもね」
誰も助けられないし、行動が起こせなかった自分が賞賛されて。寧ろ目を背けていた現実を振り返らなければならない。
「あ? いきなり何言い出してるんだ?」
「なんでもない…」
それを聞いたラミアは大きく溜息をつき、あげた腰を再び運転席へ下ろす。
「お前は直ぐに弱気になるなぁ」
「なんか、期待を裏切ってるみたいで嫌なんだよ。これからどうすればいいか分かんない…」
「別に死にに行くわけじゃねぇんだから、なよなよすんな」
暗中模索と言おうか…。
俺が今すべき事は、本当にこんな事なんだろうか…?
「帰ってからのことは、帰ってから考えればいいだろ?今はイサラスを連れ戻そうぜ」
「…分かってるけどね」
ぱすぱすと背中を叩いてきたゼータに、どうも自信の無いリプライ。
その後何とも言えない空気の中で、車窓から見える、記憶にも残らない田舎の風景をボーッと見ていた。
「ちっ……なんか面白いこと起きねぇかな……急に車がボカーンとか」
「洒落になってないからな!ラミア。ボカーンはあかんボカーンは、攻めてパンク程度に...」
「パンクするくらいならいっそのこと大爆発して欲しいぞ俺は!!」
今更車が急にボカーンなんて演出、ギャグアニメでもそうそう見ないけどね…。
「はははは.......あぁぁ、ん?……なんか…人が立ってんな」
「ひと?」
ほらあそこ、と指を指した先は、俺たちの進むべき真っ直ぐな道路だ。
「おぉぉ、こんな何も無い荒野まできちゃったか」
「おいおいっ呑気なこと言ってないで見ろって!……’’ローダ’’と戦ってんな…ありゃ…」
「ローダ…?あれは……」
薄ピンクの髪に、目に余る程の長剣を構える小型なその姿。
忘れるはずも無い、あの殺意に満ちたオーラ…。
「セラだ!」
あいつが、あの化け物と戦っている。
それがセラでなくても珍光景な、この何も無い道のど真ん中で。
「セラ!?……セラってあの、レクルをストーキングしてたって奴?」
そう、決勝戦で謎の光を放った後、姿を消してしまったあの厄介な処刑人だ、忘れるはずも無い。
黙ってもいられず立ち上がり、俺はラミアへ指示を出した。
「ラミアさん!限界まで加速したらエンジンを切って!」
「なんでだ!?」
「助けるんだよ!…いいから加速!」
後ろを見て俺が正気だと察したラミアは、構わずアクセルペダルをベタ踏みし、俺は右側のサイドウィンドウを全開にする。
後方へのプラスGを掻い潜りながら、上半身を車外へ乗り出した。
「くっ!!…ゼータ足掴んで!」
「危ないぞレクル!!」
下半身の固定をゼータの腕に任せ、口元に手を持っていく。
「ほれ!!無理くりエンジン切った!!」
風の音の中で、俺は目一杯叫んだ。
「セラっ!!避けろ!!」
横切る彼女と目が合い、回避出来たことを確認する。
有り余った惰性で走る俺達の車は、その怪物の巨体へ向けてスピードを緩めない。
ドゴォ!!
派手にフロントバンパーへ激突し、ブレーキをかけずとも重量1トン弱の鉄の塊がガガガと音を立て、急減速する。
「お、おぉぉお!やったぞレクル!大成功だ!!」
「ラミアさん、サイドブレーキね」
「お前は冷静だなぁ」
「何が起きた…?」
「おいー、レクル〜凄いことさせるな…ははははウェーイ」
間一髪の出来事に笑いが隠せないラミアさん。 それと状況を把握出来ないゼータ。
「ってぎゃぁあ!?ボンネットとフロントガラスが…むっちゃくちゃに!….......こりゃ拭き取るのが大変だ...。てか絶対バンパー凹んでるだろこれ!」
安心の脱力タイムもつかの間、俺は何かの存在を感じ取った。
「ヴゴォォォォ」
しっかりと車にしがみついていた化け物が、ボンネットまで這い上がって来る。
ヒビの入ったフロントガラスに止めを指すかの如く、猛烈なパンチを打ち込んだのだ。
飛び散るガラス破片。暴れ狂う化け物。
幸運と不幸は同時に訪れる。
「くっ、あぶねっ!!うぉぉっ!!近い近い近いっ!!?」
「しぶとっ!? はやく...!はやく振り落としてラミアさん!」
「うぉぉぉ!!ダメだ!!エンジンがかかんねぇ!!」
止むを得ず俺はトランクへ手を伸ばし、自前の刀を手に取った。
「ラミアさん、5秒間伏せてね!」
「頼む!!」
幸い相手は、下半身への身体的ダメージがあったようで動けずにその場にとどまっている。
「これでスッキリできるっ!!」
片手に持った刀を前に突き出して、ミュータントをグシャグシャグシャと、これでもかと言うくらいに切り刻んでいく。
「はぁぁぁっ!!」
「いーち!にーい!さーん!!なんだぁぁぁ!!何が起きてんだぁ!!」
五秒足らずの間に何十回切り刻めたのだろうか。
顔も身体も元がわからない程にズタボロになったミュータントは、流石に力を失ったたみたいで、道路に転がり落ちる。
「エンジンかかった!!ラミアさんアクセルアクセル!!」
「五秒たった!…次はアクセル!?あ〜もぉぉ!!もう手で押しちゃう!!」
ぶぉぉぉん!!
ぐしゃぁ……。
ミュータント、轢かれて車の下敷きに。
「はぁ…背中がべっちょべちょ…うわ!?血かこれ....。くっそ、もう最悪だ〜」
「はぁスッキリ…はぁ……はぁ……うわ腕だっる、明日筋肉痛確定だよこれ」
その場に刀を落とし、俺はシートに倒れ込んだ。
「どういうつもり……?私を助けるなんて」
「どういうつもりも何も、助けるよそりゃあ」
「わざわざ私に殺されに来たの…」
綺麗な頬に傷を負っていた彼女は、背負う長剣の柄を威圧するように強く握ってそう言った。
たった今恩が出来たというのに、なんて礼儀知らずな女なんだこいつは。
「そんな訳ないだろ、ほらゼータも何か言って……って寝てるぅ」
さっきの騒ぎで気絶しちゃったのか。
まぁ無理もないけど……。
リアハッチをガタンと勢いよく閉めると、ラミアさんが腰に手を当てながらセラの顔の前まできて、自慢のハンサムフェイスで口説き始める
「まぁ落ち着けセラ、まず状況を説明してもらおう」
地獄のような血だらけの背中からは、到底想像出来ない様な爽やかな声である。
「そうそれ、……なんでこんな所に居るの?」
「…それはラミア達に関係のある事?」
「あるかもしれないだろ、話せ」
ラミアさんが少し強引な態度を示すと、セラは徐に刀を手から外して、どもらせ気味に声を出した。
「……デイズに…居たくなかったの…逃げたかったのよ」
やっぱ決勝戦でのあの一件だよな。
あんな化け物を見てしまっては逃げるのも当然だ。
「だから遠くへ来て……ただ途方に暮れていただけ」
もっと頑なに事情を隠すかと思いきや、意外にも彼女は脱力した様子で、素直に口を開いてくれた。
本当は臆病な人なのだろうか。
俺を殺そうとするその意思は、この体の何処から湧いてくるのやら。
’’謎の殺人鬼’’なる渾名にしっくりきた。
「事情は分かった、一旦助手席に乗ってくれ。……ったく普通徒歩でこんな所まで来るか?ってんだよ」
俺達は思いもよらぬ荒野の道端で、彼女と再会した。
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