ISERAS イセラス
一章 13.狂い羨む烈火の如く
『新しい家を買った!?』
『おぅ。もう準備は整えてある、今日中にはこの荘ともおさらばだ』
突拍子も無くラミアさんにそう言われ、いきなり住む場所が変わった。ギドウとサカキを連れて…。風景よりも、この新しい大地を車窓から眺めていたというあの時間のことばかりを、今でも覚えている。
今まで住んでいた家でも相当古臭いと思ったけど、新しい家はもっと酷かった。
ギシギシと階段を登った先にある自分の部屋。
『あ…』
『え…。女子…?』
『ラミアが言ってた男子?…えっと〜…レクルだっけ?』
自分の部屋だと言わんばかりに佇む、謎の銀髪少女。
ラミアさん曰く、訳あって引き取った彼女を、俺たちと同じ荘の狭い一室に入れるわけにはいかないと考え、新しい家を買ったのだそう。
そして、これがイサラスと知り合う瞬間だった。
最初は互いにどこかにぎこちなくて、一緒に住んでいるのに、一日の中で何度も目を合わせようとも「おはよう」か「おやすみ」の二言くらい。
そもそもその時、異性と会話をするのも慣れていなかったし、お互いに人見知り柄、見えない壁みたいなものをしばしば感じることもあった。
毎回晩ご飯は揃って食べるから、いつも気まずくて、いつしかラミアさんに「辛気臭い」と言われることもあった。
そんなある日のことだ。
『なんだこれ!?』
『ごめんラミアさん…』
『お前かぁ…。これ昔の友人が作ってくれたやつなんだよ…。あぁくそ…、あいつはもういねぇし…』
俺はラミアさんにこっぴどく叱られた。
理由は、彼が愛用している天体望遠鏡を勝手に使おうとして壊してしまったからだ。
それについては今でも反省している。
その日の夜、ラミアさんが居る一階にはとてもじゃないけど居ずらくて、俺はイサラスにこっそりと頼んで、彼女の部屋で寝させてもらうことにしたんだ。
『今日のラミア荒れてるね』
『うん…俺が全部悪いんだけど。けど、まさかお前がすんなり部屋に入れてくれるとは思わなかったよ』
『え、どういうこと?うちが断ると思ったの?』
『断るって言うか…、嫌がるかなって。めっちゃ堅そうなイメージあったし』
実際の彼女は全然そんなこと無くて、ネガティブになっていた俺を励ましてくれた。
もちろん俺が一方的に話をしていたわけじゃない、彼女が話をしてくれることもあった。
お互いに足りない部分を補い合うかのように、寝るのも忘れて話しあった。
『それでさ、お金も溜まってきたからそろそろ一人暮らし初めてみたいなって』
『そ、そっか。…お前バイトめっちゃかけ持ちしてたしな…』
何でもない日でも、夜は彼女の部屋で話したり遊んだりして、それが俺の密かな楽しみになっていた。
そうしているうちに、俺はイサラスのことが好きになったんだろう。
だから、一人暮らししたいと彼女が言った時は、胸が痛くなった。
『…ん、何だこれ…。日記?』
『まって!?なんで勝手に見ようとしてんのっ!』
『あ、ごめん…』
『ただの日記だし…!いくら見せる相手がレクルだからって恥ずいし…。全く…これだからラミアに怒られるんでしょ』
あの時から部屋にあったイサラスの日記…。
すごい気になったけど、結局最後まで見せてくれなかったな…。
過去に聞いたイサラスの言葉が走馬灯の様に蘇る。
イサラス・アムダレヲン……
憧れの人であり、大切な人であり、今俺が忌むべき人間だ。
「死んでもらう…大人しくしてて」
「イサラス…正気に戻ってくれよ…。こんなこと、お前のすることじゃない」
「私の何を知っているの…?」
彼女は、握る剣の先を俺の胸に突き立てながらそう問い掛けてくる。
「何を知っているかって……?」
今までに俺は、他のどんなやつよりも彼女を見て知って、感じて来たはずだ。
それに関して俺の右に出る者はいないと思っている。
その俺が違和感を感じているんだ…。彼女は、人を殺すようなやつじゃない。
「お前はリャイを殺した…お前はイサラスじゃない、誰だ……」
「私はイサラス・アムダレヲン…レクルを消滅させるために存在するだけよ」
「信じられるか!?お前みたいのがイサラスな訳無い!!」
…これは天罰か?だとしたら俺に何の罪がある?
創造主を名乗るアレスのイタズラか…。
面倒な殺人鬼はあいつだけで手一杯なんだ、どうかイサラスをもとにもどしてくれ!
いつものイサラスを返してくれ…。
息をしなくなった、冷たいリャイの身体を抱きかかえて、心の中でそう叫んでいた。
「そうか、これは夢だ…起きろ俺…!!」
こんな夢は見たくない。夢でまで俺は不自由なのか?
必死に探した、どこかに逃げ道があると思って…。
「…夢も現実も同じことよ…」
見た目と名前が同じなだけで、口調から目付きから全く違うじゃないか…。
それに夢も現実も同じことって…なんだ?
「本当に急にどうしたんだよ…。俺が、またなんかお前の気に触れる様なことしたのか!?」
「……」
「もしそうだとしたら、謝るから!!…教えてくれ…!!」
彼女の目が、狂気に満ちた目に変わった。
この信じ難い状況に、俺ですら手の震えと緊張が抑えられないけど、諦めずにイサラスの目を真っ直ぐに見た。
「…何を言っているの…?私がレクルを消滅させることに理由なんて無い」
イサラスの目の奥に、一瞬だけ身に覚えのある女の影を見た。
俺を殺そうと望む、あの女の影が…。
何故見えたのかは分からないけど、そう確信できる。
でもそうか、こいつはもうイサラスじゃないんだ…。
「……そうかよ。じゃあもういいよ」
頭のネジが外れたような感覚がした。
言葉では言い表せない様な…まるで時が止まったかの様に、何も聞こえなくなって、手足の痺れが感じられなくなる。
次に鼓動を鳴らした時、俺は喋りだした。
「消滅させるってことは…。俺と闘う気なのか?勝つつもりなのか?」
「そう…」
「イサラス…!!」
ゆっくりと鞘から刀を引き抜き、彼女の向ける刃に抵抗するように構えた。
刃同士が静かに共鳴している。
「誰かに支配されてるんだろ…。誰だ!?」
「……支配…そうかもしれないわね」
一体何が目的なんだ…?
彼女はなんであんなにも闘う気満々なんだ…?
こっちからしたら何も整理がつかない。
彼女は一歩踏み込むと、容赦なく剣を振る。
あたかも試合が始まったかのように、俺に対して猛攻撃を仕掛けてきた。
「くっ…こいつまじだ…!!」
彼女の攻撃を、俺は咄嗟の判断で避けた。
リャイの身体を廊下の壁へと預け、両目を見開いてイサラスへと刃を向ける。
だが、心ではまだ向けれていない。
この腕で彼女に反撃することが出来るのか…?
「なんで避けるの…?」
「まだ死にたくないからだ」
彼女の振り下ろした剣を刀で受け止める。
狂気の目をしているだけあって、当然その力は凄まじく、押し潰されそうになってしまう。
俺の腕に力が入らないのもあるかもしれない。
…だって、俺が今刃を交えているのは他でもない俺の想い人なのだから…。
とにかく彼女からの斬撃を避けた。
イサラスに致命的な怪我をさせて、試合のように治癒させられる保証も無い…。
「生にすがろうとする死刑囚が人の性…。気に入らない…」
「お前は死神かなにかかっ!?…なんで生きたいって気持ちがお前に分からないんだ!」
「それくらい分かるわ」
「分かってないじゃないか!俺のイサラスを返せ!!」
奴の刀に、俺の持つ刀が当たる。
人同士で争ってる暇なんて無いのに…。
「俺のイサラス…?はっ、あなたのイサラスなんて知らないけど」
「あの光か…?あのセラってやつが出した光で、頭がおかしくなったんだろ!?」
何度問いかけても、赤い靴底の形を描いては滲ませるだけの繰り返しにしかならなかった。
イサラスの目を覚ますには、彼女を落ち着かせる他はない。
落ち着いてちゃんと話をすれば、それなりの返答も来るはず。
その為に、まずは動きを封じるんだ…。
「でも……っ!?」
影に隠れていた例の軍隊が二人を取り囲む。
「なんだ!?おい!」
抗う暇も無く両腕を固定された俺は、全く身動きが取れなくなってしまった。
「ちょっ!何だお前ら!!……痛ったい!!はなせっ!」
「死体は別班に運ばせろ」
それでも掴まれた腕を振りほどこうと火事場の馬鹿力を働かせ、足掻いた。
「ガキのくせに…!?なんだ!とんでもない力だな!?おい手伝え!」
「ラジャ!!」
無駄に暴れたせいで、肘までがっちりと固定され、いよいよどうしようも無くなってしまう。
悪党を相手する警察のように、軍隊は俺の周囲を取り囲み、軽蔑の眼差しを向けた。
「ご苦労ご苦労、はーいご苦労。全く、’’タゲ’’の仕事を邪魔すんなっての……」
「あ、あんた…!?」
軍隊の集まりを割って進む偉そうな男が現れる。 陣営の中心に立っていた、赤髪が目立つあの男だ。
見たことの無い形をした武器を背負っている。それは、長く筒抜けになった鉄製の円柱で、酷く物騒な印象を受ける。
これが’’銃器’’と呼ばれるものなのか。
「いや〜まさかこいつと仲が良くなってるとは…」
「…くっ…。ふざけるな!お前に何が分かる!!」
武器を脳天に突きつけられるが、物応じしない。俺は赤髪の男を睨みつける。
「ははぁ、なるほど…?はっはっは!…滑稽だなぁ…。こんな奴に惚れてやがんのかぁ……あぁおもしろ」
明らかな作り笑いが憎たらしい。
こいつは一体何者なんだ?まじでぶん殴りたい。 
そいつは、周囲の視界を遮られる程、俺の顔の前まで近付いて、真顔になる。
不覚にもに少し怖気づいてしまう。
ひとたび何か口出しでもしようものなら、瞬殺されてしまいそうな勢いだ。
「悪いんだけどさ…俺達の目的はこの女の’’お持ち帰り’’なんよ。悪い事は言わねぇから、素直にこの場から立ち去ってくれるとうれしいなぁ」
「イサラス…?イサラスをどうするんだ!?……。俺は手も足も塞がってるのになにを…!!」
「生意気な口聞いてんじゃねぇ!教えるわけねぇだろばぁーか!!弱者は大人しく強者に従ってれば良いんだよ」
「…………」
俺の一番嫌いなタイプの人間だ。
強いだの弱いだのをポリシーに怒号を放って相手を不快にさせる。
オマケに、手も足も拘束されてるのに去れと言うこの人聞きの悪さ。
「なぁ…。聞いてんのぁ!?弱者ぁ!!聞いてんなら、ここでつくばえや…」
「…なんで、なんで俺が…!」
「弱者の癖にそういう生意気なところがあるからだろうが!!」
俺がこいつに何をした…?どうしたらそこまで恨まれるんだ…?
俺が…弱者だからいけないのか?
弱者…?俺が…?
「はは…」
確かに、弱者は大人しく強者に従う…実際ここはそういう世界だ。
「何笑ってんだよ。雑魚が強がってんのか?」
胸倉を捕まれ、首が締まって苦しくなる。
まぁいいか……この状況じゃ勝てる見込みゼロだし、それにあいつはもうイサラスじゃない。
本意で人を殺そうとする只の’’殺人鬼’’だ。
『記憶とは命』とは、よく言った物よ、忘れよう。
男の言葉が挑発かどうかも分からなくなっていた。
「いいよ……持って行けよ……」
「あ?」
「そいつはもう知り合いでもなんでもないよ…。こんなのもう勝てないし…」
「てめぇ…。さっきまでの威勢はどうしたよ?」
なんでそこまでして彼女を助けなければならないのか、何故かその時の俺には分からなかった。
まるでイサラスが別人になったかのように、俺の心も冷めていったのだ。
「ちっ、何が絶対王者だつまんねぇ。はぁぁ…まぁいいさ、こっちも仕事なんだ」
抗っても仕方がない…、助けようとしている彼女は、別人のように豹変して俺を殺そうとする、この男は俺から全ての望みを奪った。
「…つまんないのはこっちなんだけど…」
「…あ?」
「腕も足も人に縛らせておいて勝ったつもりか?そうじゃなきゃ勝てないのか?」
見ての通り腕も足も拘束され、引き金ひとつ引けば殺される状況下…。
俺の中のプライドが許さなかったのか、口だけは強く、気付いた時にはやつの目を真っ赤に充血させていた。
「……あの時のてめぇと同じだな…。言っておくが、てめぇなんざ死んで消えようともこっちはなんとも思わねぇからな?」
赤髪の男は不満げにそう言って、イサラスを抱えながら横切る。
それに伴い周りの隊員もゾロゾロとその場を立ち去った。
奴は結局何もしてこなかった。
バシュっ!!
「くっ……いってぇ!!」
打撃音が聞こえて、俺は後ろを振り返る。
「ラミア…!てめぇか……!!」
長く細い剣を持ったラミアが、赤髪の男を睨んで構えていた。 
その鋭い目付きは、長く付き合ってきた俺でさえ見たことが無いものだ。
しかし、それでいて冷静さも備えている。
「なぁ’’ケルト’’、そいつ…イサラスを持ち去ってどうするつもりだ?」
「俺が知った事かよ」
’’ケルト’’。その名を聞いて思い出した。
帝国’’ASURA’’の派生組織『リンネラ』の精鋭、’’ケルト・ソレイユ’’。
ASURA人民の保護施設を管理する組織だと聞くが、それに反し、奴を見て分かる様に派遣部隊のやる事成す事は物騒極まりない。
まさかASURAの関係者のあいつが、ラミアさんと知り合いなのか…?
「ラミアねぇー。一番会いたくない人間だったんだよなぁ…てめぇが」
「そうだろうな」
「 1班陣形Dに着け!!ケルトさんを護衛しろ!!」
「おいおい待て…そーいうんじゃねぇんだってぇ…。お前らはそこのガキを見張ってろ」
「まさかケルトさん…一人で戦うおつもりで…!?」
副隊長の眼前に手を出して、指示を中止したケルトは、担いでいた銃火器(アサルトライフル)を両手でゆっくりと構える。
下がれ下がれと隊員達を後ろに下げ、ここに臨時的な戦場が出来上がる
「全部、ケルトお前の仕業なのか?…それとも…」
「薄々わかってんだろ?なんでこの俺がここにいるのかもさぁ」
「…そうか」
俺には、その戦いを只傍観していることしか出来なかった。
多分それは、どちらに味方することも出来ないからだ。
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