ISERAS イセラス
一章 6.新しい他人
次の試合まではまだ間隔がある。
座席に座っていたイサラスとゼータを誘い出店巡りなり雑談するなり、適当に過ごしていた。
「いやぁ……レクルさんあれはないっすわぁ」
隣を歩くイサラスから幻滅混じりの文句が飛び出して、俺のテンションも雪崩のように崩れていく…。
「ですよね…でも本気で刀を振るうってのも気が引けんたんだよね」
「まぁ〜、確かにめっちゃ弱々しかったもんなあの子...。って違うわ。真剣にやりんしゃいよもっと!」
「ウンウン」
ゼータとなら、あの子に対する庇護欲を共感できると思った。
リャイ・ラガマフィン……。
一体どういう経緯でこの大会に出場しようと思ったんだか、全く想像が付かない。
フェアトーナメントに出場する為にはまず、ある程度のFPPと、戦闘の経験が必須となる。(経験のない人はテストを行う)
だが、俺クラスの相手と手合わせするには、FPPもそれ相応の、それもかなり高い数値が無ければ成らない。ましてや単に出場できるだけのFPPじゃ、一回戦を登ることすら困難だ。
力を隠し持っているのか、それとも……
稀に、出場選手の戦力バランスが悪くて、対戦相手とのFPP差が極端に激しくなる時がある。
もしかしたら彼女は、運悪くその一人になってしまったのかもしれない。
…やめよう、恥ずかしい。
なんというか、自意識過剰と言うか…。
酷く言うと自画自賛と言うか、自惚れと言うか、まるで自慢してるみたいだ。
「えぇ…、でもさ、よく言うじゃん『あいつの為にも本気で闘ってやってくれ!』っとかなんとか言うやつ」
「あぁ〜それな。『お前が相手なら、奴も全てを出し切ってくれるはずさ……』的なやつだろ?」
「あそうそうそう、めっちゃ有りそう、ありそうだよゼータそれ」
「全然俺のキャラじゃないじゃんそれ!しかもそんな昔からの好敵手みたいな関係じゃないからね?」
他愛のないことで笑う二人に、他愛のないツッコミを入れてから、短いため息をつく。
気後れするタイプで、相手を攻撃出来ないのも戦う身としてはどうかと思うよね…。
相手を傷付けずに決着が決まるなら、その方が良いと思えてしまうのだ。
俺は、無理やり話を変えるようにして別の話題を出した。
「そう、そういえば昨日びっくりしたよ」
「びっくり?なんかあったん?」
言うまでもなく、殺人鬼’’セラ・ミュール’’の話だ。
ストーキングされていたことから家に無理やり入り込んできたことまで、全部2人にさらけ出してしまおう。
黙ってろと脅された訳でもなし。
だが2人の反応は少し的外れな物だった。
「レクルに喧嘩売るって、なぁ……。相当勇気要ると思うんだけど……?」
「どうだろうね? ただ何も考えてないだけとか?」
どうやら俺の身の心配は全くしてくれていないようだ。
悲しいと思うべきなのか、これは?
しかも見るからにめっちゃ素の発言だし。
普通なら『警察呼べって』とか『気を付けろよ』とか一言あってもおかしくないけど。
いくら俺が戦いに秀でていると言えど、ちょっと凹むわ。
「イサラス気づかんかったよなぁ?下校途中のやつ」
「気づかない気づかない!、多分私その時、『お腹すいたなぁ』とか考えてた」
「まじかぁ、俺は考えてなかったなぁ」
何だろうこの会話、こいつら、もうストーカーの話忘れてない?
決して腑に落ちることは無いが、いいだろう、そこまで気負いさせられる義理もない。
よーし、気晴らしにストレッチでもしよう。
嫌なことを忘れるには、身体を動かすに限る。
上半身を左右に回す、よく見るオーソドックスなストレッチだ。
「何やってんだ?レクル、俺も混ざってもいいか?」
「いや特に意味は無い。混ざってもいいよ」
何が『あなたを殺しに来た』だ…。
今度家に来たら見てろよ、俺のこのスナップの効いた腰使いで引っぱたいておいだしてやる。
そんな時、不意に後ろから気配を感じた。
おっと、誰かが俺の後をつけている様だ…。
昨日の殺人鬼…またか…またなのかよ…と一瞬だけ思ったが、今回は違うみたいだ。
スタスタ……
「いやぁ……はっはっは、俺ってモテるんだなぁ」
「殺人鬼にストーキングされるって……、モテるのとは違うだろ」
「モテるもんねーレクル、常にストーキングされてるくらいモテるもんねー」
おい言ったなイサラス、気付いたんだな?後ろの気配に。それなのに、ストーキングの話が出るの相当イカれてるぜ?
尤も、こいつは可愛いから許す訳だけど。
もし可愛くないゼータが言っていたら絶対に許されない。
会話のネタもつきていたころだ、丁度いい。
俺も行動に移るとしよう。
勢いよく振り返って、そいつ(ストーカー)と顔を合わせる。
「わっ!!」
「ひやぁっ!」
「馬鹿!余計怖がるでしょうが」
ストーカーの犯人の、期待通りの反応でちょっと嬉しくなってしまう俺なのであった。
「んじゃ、がんばれよレクル」
ゼータはイサラスを連れて……。
いや言い方が悪かった、これじゃダメだ。
イサラスとゼータは一緒になって野次を飛ばし、俺達(俺とストーカー)をこの場に置いて去っていってしまった。
隠れる気も更々無かったんだとは思うけど(思いたい)、一応こいつがさっきから俺を尾行していたリャイさんだ。
そう、例のリャイさん、一回戦目俺にリタイアさせられたあの。
「もう驚かしたりしませんか!?」
「うんしないしない、もうしないから」
「本当の本当ですか!?」
「本当だって」
リャイは、頬を膨らませて可愛くこちらを睨んでくる。こいつ、なんで今回の大会に出たんだ…。
「ほら、出店で好きなもの一つ買ってあげるから」
過剰な程に俺を疑って来るが、それも無理はない。
試合の時も含め、二度も怖い目に遭わせちゃったんだし、絶対王者の名誉があって、側近の男に言い寄られないだけマシだ。
これでは、幼気な少女を、下心で迫る’’危ないおじさん’’みたいになってるけど……下手したら通報されかねないかんじになってるけど…。
俺は財布を取り出して、それっぽい動作をしてみた。
ジャラジャラ…
「ほれほれ」
「…そんな子供騙しに引っかかるわけ……」
何かが鼻を擽ったのか、リャイはスンスンと鼻をピクつかせて匂いを嗅ぎ始めた。
キョロキョロと香りの出処を探っている様なので、手助けとして俺が店の方向を指さしてみると、『あっ……』と小さく声をあげ、今度は期待の眼差しを俺に向けてきた。
「…あれを、…買ってくれたら、信じてあげなくもないです…」
彼女が指さしたのは、予想通りのベビーカステラ屋である。
凭れていた廊下の壁から離れ、俺は例の店へと向かった。
「お易い御用」
お安い人で良かったわ。
「本当に買ってくれるんですね…はむっ……んん、中々美味しいです」
「信じてもらうのに、嘘は付けないからね」
モグモグとカステラを頬張りながら喋る彼女が、小動物みたいで可愛く見えた。
茶髪のツインテールがそれらしい。
実際顔も、童顔だが綺麗に整っていて可愛いし、クラスの皆からアイドル的な扱いをされるのも分かる。(リトルシンデレラってのはちょっとどうかと思うけど……)
「百歩譲って、’’もう脅かさない’’というのは認めます」
それなりの量があったはずのカステラも、残り一つとなり、それもペロリと平らげてしまう。
「レクルさんが策士なことも、強いことも認めます」
「うんうん…」
「ただし、私と関わるのは一切やめてください」
「えぇぇ?」
咳払いをしてから、彼女はそう言った。
もう少しで立ち去ろうとしていたところを俺が止める。
「おい待て待て、聞きたい事が幾つか残ってるんだけど」
「何ですか?」
さてはこいつ……露骨な可愛いさと律儀さが場合によって入れ替わるな?
いや…今はそんな事はいい。
「いやぁ…なんで俺なんかをつけてたのかなって」
「はぁ…」
「関わりたく無いならそんな事しなくても良くないか?」
「それは…あれですよ…。さっきちょっと冷たくしちゃったから、その…謝ろうと思って…」
「さっき冷たく……?…あぁ〜あ」
俺が刀を納めた後の、彼女の態度を思い出して領得の声が出る。
全く気にしてなかったけど、あの事か。
「気を悪くしたならごめんなさい」
「いいって、そんなことを気にする程俺も弱くないし…。ん?これは強いって言えるのか?」
いつもイサラスに罵倒されて慣れてしまったのかも…あぁ怖い。
イサラスの方が俺なんかより余っ程怖いよ。
それに律儀でも何でも、こいつは根が優しい。
そんな気がする。
俺みたいなやつとあまり関わったことがないんだろうな。
ビックリさせたのも悪いと思ってしまう。
「そうですか…A組のリャイ・ラガマフィンです、FPPは15400」
「C組のレクル・ゼンツイだ、言わずと知れてるんだろうけど……」
もう関わらないというのに、少し遅れた自己紹介を改めて交わす。
FPP:1万5千か……。
中々の数値だけど、そこまでの手応えは目に見えて無かったように思えるな。
そう思って、もうひとつ聞きたいことを思い出した。
「それじゃ、カステラ有難うございました」
「すまん、もうひとつ聞きたい事がある」
「何ですか?また…。もしかして名残惜しいんですか?」
確かに名残惜しさが全く無いと言ったら嘘になるけどな…そうじゃない。
「なんで出場したんだ?……この大会に」
「それは…」
「なんかさ…リャイさん、ボコボコやり合う様な性格してないから…」
「…」
口篭るよねぇ……やっぱり。
クソっ地雷踏んじまったか、空気が読めない時があるって定評が付いてるんだ俺。
どうする、取り敢えず無かったことに…。
「あぁ、ごめん。やっぱ何でも…」
「優しいんですね…」
「あ?」
急に穏やかなセリフが出てきて、勢い余る。
「怖い人と少しでも疑って後悔しています……」
「後悔なんてすることないって、あんな風に脅されたら普通は怖い。寧ろちゃんと自己防衛できてると思うよ?」
なりふり構わず突っ込む奴らも居るからな、そんな奴らよりはマシだ。
「そんな君がなんで?…て、ちょっと気になっただけだよ」
「その質問には、…申し訳ないですけど答えられないです。関わりたくない理由も……。出来れば聞いて欲しくないです…」
「そっか」
流れ的に口では『そっか』とか言ったけど、本当はめっちゃ気になってる。
あぁあ……何でだ!!気になるぞ!?
俺はいつの間にか立ち去ろうとしていた彼女を呼び止める。
「ねぇ!…無理に疎遠にならなくてもいいんじゃないの?…また話さない?」
お節介なのは分かっているけど、なんせ超絶気になる。
それに気弱く見えておっかない。
俺がそう呼びかけると、彼女は振り返って言い放った。
「関わらないで欲しい理由は、面倒くさそうだったからです」
「ん?」
「だって、絶対王者ですから…変な噂立てられるの嫌ですもん」
思わず眉間にシワが寄りそうになってしまった。
ってことはなんだ? 謝りたかったのも、未練があっただけの事?
めっちゃ他人行儀じゃないですか。
足早に去って行く彼女を見送る俺は、笑えないのを堪える様にして、難しく微笑んでいた。
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