ISERAS イセラス

一章 2.這い寄る影


翌日に武闘大会を控えるこの日の放課後。
帰宅の荷支度をしている最中に、さっきの夢の内容が不本意にズルズルっと脳裏を過ぎってしまった。

「くっ」

この俺を支配するのはなんだ。
羞恥心か?いや違うな、ならば欲望?なんだそれ、欲望ドバドバでめっちゃ汚い。
ただ言えるのは、中二病を卒業した卒業生が過去を振り返って、頭を抱えたくなる感覚に酷似している。

──思い出せ──

「!?」

その時だった。
なに者かの声が聞こえたような気がした、それも、何処かで聞いた声のような……。
だが思い返すも、知り合いにそんな声の人はいない。

さりげなく首を回して周りを確認するが、俺に顔を合わせるやつもいない。
それどころか、目をそらされている気がして無駄に精神的ダメージ グハッ。

疲れてるのかな……こんなにも睡眠をとったというのに。ダメだな、明日フェアトーナメントだというのに。

気を取り直して、……帰るか。

「明日もあるし、今日は早めに帰るわ」

「おう、じゃぁなー絶対王者様」

徐ろに荷を持ち上げ肩に担ぐと、人の集まっていない教室の後ろから廊下へ出た。

王者とか言っているのは一先ず置いておいて、’’駄べっていこうぜ教室の前で男集団’’の誘いを上手く躱し、速やかに廊下を渡る。

全く…、放課後という時間はなんでこうも清々しいのか。皆もそうは思わないか?
俺は帰宅勢だから尚更そうかもしれないけど。

「あ、ごめん、レクル帰るなら私もついてく」

後ろから聞こえる天使のような声に、ハッとさせられ口が開いてしまう。
天使って言うのは当然イサラスさんの事でですね…。

「え!?……なんで?」

「え、ダメ? …確かに特に理由はないけどね」

「えぇ、イサラスちゃん抜けるのか」

お前はまたそうやって俺を喜ばせる。
そんな俺の行く先々にまでトコトコと着いてこられたらにやけちゃうだろ!!
落ち着け……これは罠だ。…いや、勘違いか。
こいつと一緒に帰るなんて稀にある事じゃないか、大体3人でだけど…。
まさか’’俺が帰るから’’だなんて言われるとは…ぶほはぁっ!!(尊死)。

「お、おぅ……まぁいいけど」

「あの二人怪しいですねぇふふふふ」

「それなー」

くそっ、顔が熱いぜ……。
なんで今になってこんなにも緊張するんだよ!……視線を浴びてるのももちろんあるだろうけど、やっぱりあの変な夢を見たからか?
いや〜有り得るな…何処かで何かを期待してるんだろうな……。

今日は’’あいつ’’もいないし、イサラスと二人きり。何かあるかもしれないぞこれは…!

心の内で、他人に見せられないような気持ち悪い想像を膨らませていると、急に後ろからの気配を感じ、その後身体がドスンと前へ押し出される。

「馳せ参じたぜよ!帰ろーぜレクルっ!」

「うぉ、お、お前も一緒かよぉ…」

何となくは分かっていたが’’あいつ’’こいつか。
同じクラスに所属する男子’’ゼータ・タスクレイ’’。
今みたいに片腕で豪快に首へ抱きついてきたり、思い切りぶつかって来る辺りから判る、この子かなりの陽キャアグレッシブ男子。
よくいる主人公の親友的存在で、一般的なギャルゲーなら、後々出番を無くして無残に存在がかすれていく、そんな奴だ。

けど、やっぱりそういう気兼ねなく話せて、助け合える相手って必要だと思うんだ。勿論イサラスもそうだけど。

今まで見てきたこいつ(ゼータ)の喧嘩っぱやさも、思えば俺のためだったり虐められてた奴だったり。  俺なんかよりずっと主人公してるし地味に良い奴なんだよなぁ…。ゼータ

ゼータは、イサラスとふたりで帰ろうとしている俺へニヤニヤとしながら野次を飛ばしてきた。

「ああ、なる程ね、ふぅぅーんそうかぁ、俺は邪魔者か」

良い奴なんだけどなぁ……。
ゼータは不敵な笑みを見せながら、ひとり後ずさろうとするが、 俺は咄嗟に腕を掴んで引き戻…

「…助かる……」

さなかった。

「そこは『んなことないよ!!』って照れながら引き戻せよレクル」

「んんんんっ!!!!」

「なんか悶えてる!!」

なら仕方ないと、ゼータは廊下を韋駄天の如く走り去ってしまった。
廊下は走るなって、…いつも小学生に負けず劣らずってくらい怒られてるのに……あの野郎。

「お、おい!」

仕方ない、なぜだか緊張するけど。
最早もはや身震いすらするけど、ここはイサラスと二人で、いや’’二人きり’’で帰るとしよう。

ってあれ、イサラスが居ない。

「んじゃそゆことで」

パシュン!!

「…………」




少し冷えるが寒くは無い。防寒具もつける程ではないが、無いと寒い。何とも言えないけど、とても面倒くさくて、いい季節。

歩道沿いに並ぶ植木は葉を枯らし、吹く風に誘われ紅葉は舞い踊る。

「何でやねん。危うくひとり寂しく帰らにゃならん目に遭う所だったじゃないか」

「最初からひとりで帰ろうろしてたじゃん、『俺はひとりで十分だ』って。中二乙」

「そんなこと一言も言ってないけど?勝手に捏造した俺の幻だからねそれ!」

期せずして帰宅勢が勢揃いして少し幸せな気分になってたのに、俺だけハブられるって何だよマジで、耐えられないよ。

まぁそうは言っても、ゼータは兎も角としてイサラスとマンツーマンシチュエーションになれなかったことが、一番の悔やみどころだけどね(口が裂けても言えない)。

あぁやべ、……またあの夢のこと思い出しちゃう、出しちゃう出しちゃう。

「んで、大丈夫なのか?レクル」

「え…ゼータもまた成績の話…?」

「いやぁ、成績と言うか、明日のフェアトーナメント?…の話」

ゼータの問いに対して、とある方法で彼に意気込みを伝えたい。
脇を閉め、目を閉じ、両手で掴んだ柄をイメージし、立ち止まる。
姿勢を低くして精神を落ち着かせると、目を開けずとも情景で相手の動きが分かる。
恐らくだが、これが俺の異能力。

お待たせしました。

イサラスが静かに右腕を上げると……。

パチン!

「ふっ!」

指パッチンと同じタイミングで、俺は剣を振り上げる動作をする。

「…………」

「はぁ…まじで全く同じタイミングだなぁ……、それがなんの役に立つか俺にはさっぱりだけど…」

「残念、ちょっと遅れてるね。うちなら目押しで真剣白刃取り出来るわ〜」

「あ〜やっぱりか…。ちょっと調子悪かったかなぁ〜?」

ゼータは、これ以上なく関心してくれているものの、指パッチンをしたイサラスの判定は中々に渋い。
当の俺も、『調子が悪かった』としっかりと言い訳してしまった。

「けど、これ以上改善の余地ってある…?」

「練習あるのみ?」

「ほんとそれよなー…ごもっとも」

この能力、一見したらイサラスと同じ様なことをしている様にも見えるが、実際は全く違う。
イサラスの技は、見ての通り瞬間移動だが、
俺の場合は移動能力では無く、反応速度の力だ。
決して未来を予測している訳じゃないけど。
その時のその瞬間、相手が何をしてくるのかを、心を落ち着かせていれば見切ることが出来る。

普通の異能力者では、こんなマネは出来ない。(少なくとも、今までに見たことはない)
世界に幾万と散らばる異能力者の大半が、異常な身体性能と、イサラスの様な瞬間移動を使うだけだ。

でも何故自分にこんな力があるのか、それは’’あの人間’’の存在が関係してくるのだが……。

「まぁあれだ、明日がんばれよ?レクル。いつも通りなら優勝だと思うけどな、うん」

「あんまプレッシャーかけんなよ、気持ち悪い」

「気持ち悪くねぇぇぇ!!」

「うっさ…」

そんなこんなで帰宅する俺等一行。
何だろうか、先程から背中がゾワゾワするのだが……。

ゾワゾワ、ゾワゾワ
こそこそ……。

「レクル・ゼンツイ……」

いや、ストーキングされているってのは言われなくても分かる。
俺が知りたいのはそこじゃなくて、ストーキングしている奴の、この’’得体の知れない気配’’はなんだ?って所だ。




「…………」

「それで最近’’シーカ’’も凄い家に来たがってさぁ」

「えぇ、俺も呼んでくれよイサラスさんよ〜」

幸いゼータとイサラスは会話をしている様なので、ひとつ深呼吸をして、黙ってみよう。
そしてこっそりと背後を確認する。

「……あれ…」

しかしそこには、気配だけが残る不気味な空間があるのみだった。なんなら他に誰も人が居ない。
でも、確かに気配は感じる……。
それもかなり強めに。

「どうしたレクル」

「っ!!?…いや。な、なんでも」

「な…なんだよ今の反応は」

ゼータは、苦笑いで俺の肩をパンパンと叩く。

危ない危ない、危うくゼータを吹っ飛ばしてしまうところだった。
第六感をフル活動させていると、普通の声ですら過剰に反応してしまう、こういう奴のあるあるな短所。

時が経つにつれて気配は薄くなり、ゾワゾワが少しづつ引いていって、ソワソワくらいになる。その後はホワホワ位になるのかな?

何か変だ…。
何かにつけられているのはほぼ間違いないが、異様に強烈な気配を感じる…。まるで肌がピリピリと弾けるかのような…。

疲れてるんだなぁ…。フェアコンの調子も悪いし。

「何だよー、背後気にするとかやっぱ中二病じゃん」

「やめろよぉレクル、中二病もれてるぞぉ」

イサラスがひょいひょいと俺のお腹をつついてそう言い、他愛ない俺いじりが始まるのであった。

だがそれは、俺にとって凄く嬉しい事でもあった…。

「中二なんじゃん〜。おらおら」

「やめなさいゼータ」

「え、俺だけ対応違う…」

意図せずゼータを落ち込ませてしまったようだ。

……それを陰に隠れ追う少女が一人……。

「やはり絶対王者……、私の気配に気付くなんて…必然?…違う、’’必然’’なんて存在しない…」

少女の声は、誰にも聞かれること無く
時間の流れに溶け込んでいった。



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