ISERAS イセラス

0.降る星に願う


物語に出てくる人物は、私達の知る『人』では無い。

ひとりの人間が、ふたつの心を持ってはならない。

人間が、物を創ることが出来ない。

人間が、この世を理解することは出来ない

──以上をもって、この世界とする──




凄まじい後頭部からの鈍痛と共に、記憶の線が、プチっと切れるような気がした。

過去に感じた様々な出来事から、切れる瞬間すらも全て忘れて、考えることも出来ない。
何から何まで消え去った。
ただ真っ暗な無の空間を、俺はさまよい続けていたのだろう。

それは嫌なことじゃなかった。
でも、嬉しい事でもない。

今なら思える、それが’’俺達の望む世界’’だったのだと。

けど、今の自分が全くの無だとは言えない。
記憶の残片のようなものを見た。

陽の光に照らされて、青白く光る広い海。
記憶が曖昧で、顔を知っているような知らないような…、楽しげに戯れる人達の光景。
何故かとても心地よくて、忘れたくない。

そう、忘れたくない…。そんな気持ちだけがどうしようもなくそこにあるだけ。

俺は不意に目を覚ました。

「……ちゃん……お兄ちゃん……。
お兄ちゃん!!」

俺は、この声の主が誰なのか知らない。
そして、’’会った’’ことも無い。
自分自身が何者なのかすら分からないのだから、仕方がないだろう?

だから俺は正直に答えた。

『誰だ?……お前……』

当然だが、彼女は哀しそうな顔をする。

そう、もし知っている振りをしても、絶対に後でバレてしまうから。
だってそいつは知らない人間だから。  
知らないという事実は変わらない…。
正直に話した方が、今後のその女のためにもなるだろうという、俺の勝手な思いやり……。いや、自分の欲だったのかも知れない。

ただ言えることは、相手が誰であろうと同じ行動を取っていただろう。

『そ、そっか、…忘れちゃったか……』

そんなことを言いつつも、その女は笑顔を取り戻して、俺を見てくれた。

これが、俺の初恋の話。
僅かな入れ違いが産んだ別れの儚さと、叶うはずのない望みを掛けた恋物語がそこにあった。




『この星の生命は 生き永らえど、歴史を刻むことが叶わない。我らが人間である限り』

大昔にそう予言した人が居た。
だけど、その予言に従って準備を整えられる程に、人は出来た存在じゃない。
信じなかった人類を憎めばいいのか、その予言者を憎めばいいのか…。

実際、人が出した答えは’’そんなものはどうだっていい’’だ。

その預言者が男だとか女だとか、何という名前だったか、そして人はどうあるべきか。今まで人は、そんなくだらないことを必死に追求していたのだ。

だけど、今はそんな事はどうだっていい。

いま、全てがどうでも良かった。
自分が男だろうと女だろうと、金に困っていようが病にかかっていようが、構わなかった。
その予言書に書かれた話だけが、ただただ恐怖で…。
どうせ偉人になるための戯言だろうと、誰もがそう思っていた。
この日が来るまでは…。

西暦2999年

「嘘だ……あんな巨大な隕石だなんて聞いてないぞ…」

上空を見上げれば人々は、急速に接近する予測事象(物体)を目撃することになる。

それは、人々の予想をはるかに超えるスケール。人類を滅亡させるには、十分過ぎる大きさだったのだ。

「デカすぎる……流石にあの大きさじゃ………」

「やばいって、マジで逃げた方がいい! 」

「……でも逃げるって何処に…………!!」

「移星船……!移星船に早く乗らなきゃ!」

「’’YEARS禁断の果実’’だ……あれしか……あれしか無いんだよ!俺達には!!」

「死ぬの……私……」

街中に鳴り響く大きな警報音は絶え間なく鳴り響き人々を狂わせ、目を痛めるほどに強く発光した、空から降る質量物体が街の住民をとめどなく絶望させる。

人々は恐れるままに都市中を混乱させ続ける。

やがて死を恐れる者は’’偽りの逃げ道’’へと駆け、
死を覚悟し、残り僅かな余生と向き合って過ごす者も居た。

「押さないでください!これ以上は入れません!」

「子供がいるのぉ!!子供だけでも乗せてあげて!!」

まさに、地獄絵図とはこの事だ。
この星の未来は無い。

「はぁ…はぁ……はぁ.....!!」

無意味に光から逃げる人の群れを遡り、息を荒らげて走る男女の姿があった。
全身に傷を負い、流れ出る血を手で押え、その二人は今にも倒れそうだった。

「お前ら……っ!移星船に乗り込めてない人がまだこんなにいるんだぞ!」

その男は、ろくに市民を誘導出来ず呆然と立っている政府の市民保護兵に大声で怒鳴った。

「ふ、船がもう残っていないんですよ!.......何ですか貴方たちは...!?」

「残ってるだろっ、ほらあそこにも!」

男が指さした方向には、〜関係者以外立ち入り禁止〜と記された、星から脱出することができる、’’移星船’’が多く並べられている区間があった。

「それは…我々が避難する為のものですから…!」

「お前……本気で言ってんのか?お前はそんなんで良いのかそんなんで!!」

「…………」

「なんの為の保護兵なんだ! お前なんかより未来がある人達が何千とお前らのせいで船にのれないんだぞ!…こいつらが見えていないのか!?」

自分の事なんてどうでもいい。
少しでも、罪の無い人間が助かるように、生き延びられるように。
彼は全ての’’責任’’を背負ってここまで来たのだ。

「そう言われましても!!…上のものの命令でありましてですね!」

「……っ!!」

男は保護兵を睨んだ。

「じゃぁなんだ……、お前は俺達やこの市民に、大人しくお引き取り下さいとでも言うのか?   この期に及んでまで……それが何を意味するかわかってるんだろうな……!?」

男の喧嘩腰な態度に怯む保護兵も、少し考えるかの様な間を作った。
言い返す言葉も無ければ、政府が悪いと言っている余裕も無い。

「………ねぇ、ダメだよ、八つ当たりは…。それにもう…」

少女は、胸ぐらを掴もうとする男を口頭で抑え、保護兵の腕を引く。
顔を見せたくないのか、俯いていてその表情はわからない。

「………はぁぁっ、もういい!……俺だけでもあの移星船を民間人に開放させる」

そう言って男は颯爽とその場を離れようとする。
硬く握った手は、痙攣するように震えていて、何処か弱々しい。

「やめてって!………もう無理だから…」

その少女の痛々しい声を聞いた保護兵が、現実に絶望し、くねくねと泣き崩れて地面に倒れ込んだ。

少女の言葉も半端に聞き流そうとする男にも、当然余裕は無い。
だが、見ずとも彼女が悲しい顔、悲しい気持ちになっている事はわかった。
だから、あえて男は自分であろうとした。

「そんな事ない……そうだよ、せめて満員に乗り込んだ船だけでも飛ばそう…!」

しかし、人の群がる港からは依然として移星船が飛び立つ様子はなかった。

「……更に乗り込もうとしてる人がいるから、かえって危険なんじゃないかな……」

「そんな場合かよ、どいつもこいつも!   ……なんでこんなことに……」

弱り目に祟り目で精神もズタボロに崩壊。立ち上がっても何も出来ないことに落胆し、男は髪を毟り始めた。

「……どっちにしても、…もう手遅れ。例え早く移星船が出れたとしても、あの隕石が衝突したんじゃ、衝撃が強すぎて墜落するだろうし…ね」

少女は男と似ている。
自分では無い誰かの為であろうと、己の死などかえりみない。

「最後に悪あがきできたでしょ?…」

虚ろげな少女の決意と断念の言明。
その言葉に、抵抗を感じざるを得なかった。’’そうなるべき’’だと分かっていても。

「まだだ……待ってくれ…まだ分からない。希望はあるはずなんだ!!」

逃げ道なんて、最初から無いと分かっていた。せめて苦痛の少ない死に方をしたいと、それすらも希望だった。

「……?」

少女は立ち上がって、こう言う。

「希望も何も無いよね、探したってあるはずもない……。最初から私たち次第の運命だったの、そして勝負は決まっていた」

「……」

最後までそばにいて欲しかった。だけど、彼女を止めることは出来ない、少なくとも俺には。

彼女の意志を尊重したかった。例え願いが叶う可能性がゼロだとしても、それは間違いではない。

「………わかった。わかったよ…信じる…。俺はここでお前を見送ってから、眠る…」

たとえ偽りの想いでも、俺は受け取ってやる。

あの忌々しい光を反射するのは、頬を伝う水の’’線’’。
男の目からは、ありったけの涙が零れでて止まらなかった。

抑えきれなかった。
’’初めて’’泣いた。
これが涙か……。

男が、骨折した右足を地べたに寝かせて、少女にこう言った。

「早く行け…。行けよ!!お前なんて大嫌いだ!!」

他では例えられないこの絶望は
何度感じても慣れることはないだろう…。

男はずっと下を向いていた。
結局彼女を見送りもせず、姿が見えなくなるまで…。

「ねぇ、また会えるよね?……お兄ちゃん」



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