REMEDY

形の無い悪魔

再発

…………『ねぇ、まま・・まま・・!』

『どうしたの?』

    『えっとね、きょうね、ようちえんのえんそく、みんなでいったんだよ!そんで、たのしかった!』

『あら、幼稚園の遠足楽しかったんだね!良かったわね。どんなことしたのか、まま、聞きたいなぁ』

    『う~んと、みんなでおっきなくるまにのってぇ、おっきぃなこうえんであそんだの!』

『どんなことして、遊んだの?』

    『おにごっこと、ぶらんこと、うーんと、いっぱい!』

『ふふ、良かったわね!』



小さな女の子とその母親が楽しそうに話していた。女の子は母親に自分の使える言葉をいっぱい、いっぱいに用いて、自分の今日したこと、感じたことを語っていた。きっと、女の子は自分のしゃべりたいことを何でも聞いてくれて、微笑んでくれるその母親が好きなのだろう


 ふとした瞬間に景色がかわる



    『まま、まま、きょうはね、おとなりのおばちゃんが、ままのためにみかんをくれたんだよ!』

『それは嬉しいわね。ままは‘病気’を治さなくちゃいけないから、ままの代わりにお隣さんにお礼を言ってくれる?』

    『うん!あとでいく!だから、まま、まだはなしてて、良いでしょ?』

『……ごめんね、これからお医者さんに診て貰わないといけないから、また今度ね。』

    『えー、もっと、ままとはなしていたのにー、はやくよくなってね!』

『…ごめんね…』



病院の病室内で女の子が寝台の上に座る母親と話していた。
女の子を診る母親の瞳がどこか物憂げに見えた。


    『ぱぱ、きょうもおしごとで来れないんだって。』

『…ままはあなたが来てくれるだけで嬉しいわよ』

    『まま、おきあがれないの?』

『大丈夫、大丈夫だから……』

    『…ままのびょうき、まだなおらないの?』

『………、ねぇ、ままが居なくなって、独りぼっちになっても強く生きて、辛いことがあっても良いこともあるから、生きて
約束だよ』

    『…やくそく?』

『約束』

    『……うん!』



母親は寝台に寝そべっていた。辛そうだった
 女の子は母親の身を案じ、日が暮れるまで付きっきりで見守っていたが、病院のお姉さんに連れられて、家に帰っていった。

そして、翌る日の朝、父親と共に病院へ赴く


    『ぱぱ、ままどうしたの?』

『…死んだんだよ』

    『どういうこと?』

『遠い所にいったんだよ』

    『え?でも、まま、ここにいるよ?』

『体と心が別れて、心だけがお空高くにいったんだよ』

    『うーん、わかんない。ぱぱ、ままとあんまりおしゃべりしないのにままのことよくしってるんだね。』

『…』



病室で母親の亡骸を前に女の子とその父親が会話をしている。女の子が死んだ母親の顔を不思議そうに眺めていた。きっと、母親の死を理解出来ず、ただ異様な雰囲気だけを感じていたのだろう。


『今日からこの人が新しいママだからよく言うことを聞いて、仲良くするんだよ』

    『…まま?』

『うん、そうだよ!ママだよ、宜しくね!』

    『………』



新しい母親・・が女の子に出来たようだ。この人はとても晴れやかな笑顔を女の子に向けて、しゃべりかけている。しかし、女の子は困惑したような表情をしていた。自分の知っている母親と全く似つかない人を母親と呼ぶことに違和感があったのだろう。容姿はさることながら、薄っぺらく思えるその態度が女の子に母親と呼ばせることをより困難にしていたに違いない。


    『お母さん、ご飯まだ?』

『忙しいから冷蔵庫の中から適当に摘まんどいて』

    『うん』


母親・・は娘そっちのけで携帯の画面を除き込んでいた。会話の間、女の子の方を一瞥することすら、しない。女の子は母親・・が自分に意識を向けていないことが分かるのだろう。女の子には寂寥感を漂わせる表情が表れていた。


    『パパ?』

『少し静にしていなさい。すぐ終わるから』

    『ちょっと、恥ずかしいし、くすぐったいよ』

    『や、パパ。ママに怒られるよ』


女の子と獣が戯れている。きっと、恍惚とした喜びがあったのだ。離れて見て、気持ち悪い。吐き気がする。胸の中を抉られるように感じる。
   ちょっと、何してんの!

お母さん、が現れたようだ。お母さん、は激怒して女の子に手をあげる。必死に お母さん に耐える娘をよそ目に、止めること、守ってやることをせず、そそくさと逃げる父親。……


    『ごめんなさい、お母さん』

『貴方は男よ。男として生きなさい。もう、二度と女として振る舞うのは辞めなさい』




 この日から父親を‘お父さん’と呼んだ

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