女神と天才の異世界冒険譚

たぬきち

オーグレタ③



「終わりだな……」

 あれから三時間、確かにオーグレタは強かった。この棋力なら地球でプロ棋士にでもなれるだろう。

 だが、俺はもう将棋は極めている。状況に応じた神の一手をもう全て知っている。

 不安な点はこの状況だけだった。何かイレギュラーが起きる可能性を考えていた。

 だが、もう必至だ。

 必至とは次に相手、つまりオーグレタがどう受けようと必ず詰むと言う事だ。

「まさか人間相手に負けるとはな……」

 オーグレタはそう言って、横のマスへと移動する。

 これで終わりだ。

「王手」

「参り――」

 オーグレタの前に金色の歩兵を動かす。

 オーグレタがそれを受けて投了する、その瞬間、

「まだでしょ? だってオーグレタ生きてるじゃん」

 ルネの声が響く。

 生きてる? 意味がわからない。どう考えても、詰みだ。逃げ場はない。

「くっ。やはりか……」

 オーグレタはそう呟くと俺の金色の歩兵を殴り倒す。

 王が相手の駒を取るにはああするのか。

「……?」

 意味がわからないまま、俺は金色の将軍をオーグレタのマスに進ませる。

 すると俺の姿をした金色の将軍は、猛然とオーグレタへと襲いかかる。

「…………なっ!?」

 しかし、その剣はオーグレタの硬い皮膚に阻まれ届かない。

 そして反撃の一撃で金色の将軍は吹き飛ばされ、元の位置に戻されてしまった。

 しかも、手番は相手に移っている。

「……そういうことかよ」

 他の駒同士は通常の将棋と同じで、同じマスに入れるだけで奪えるが、王だけは例外……って事か。

 つまり王だけは実力で討ち取るしかない。

 ……無理じゃね?

「いや、勝ちの目はあるのじゃ!」

 アリスMark2がそう言って耳打ちしてくる。

 ……なるほど。

 だがそれは……。

「……駄目だ。相手がまともに指しているのに卑怯な真似は出来ない」

 将棋指しとしてのプライドが許さない。まあこれを将棋と呼べるかはわからないが。

「ならば、どうするのじゃ?」

「……全ての駒を使い、オーグレタを疲弊させ倒す」

 魔族に常識が通じるかわからないが、先の戦いと今の金色の将軍の攻撃を見て気づいた。

 やはり奴には関節部への攻撃すらも通らなかった。だが、これは生物の仕組み上あり得ない。

 何故なら奴は腕や指を曲げることが出来ているのだから。

 筋肉が硬質化しているのなら関節が曲がらないはずだが、現実に曲がっている。そこから考えられるのは、攻撃を受ける際に魔術的な何かで防御力という概念的な何かを上げている、もしくは魔術的な何かで防いでいると言う事だ。

 つまりどちらにしても、魔力を消費している訳だ。

 ならば魔力さえ尽きてしまえば、きっと攻撃も通る……はずだ。

 後は奴が俺の所に来るまでに間に合うか、と言う事だな。

「……厳しいと思うのじゃ」

 俺もそう思う。魔族なのだから魔力は多いだろうし、そもそも今までのも全て推測だ。

 だがそれでも、正攻法で勝つならこれしかない。

 奴から俺までは十二マス。十一回の攻撃でどこまで減らせるものか……。


◆◇◆


「……意外といけそうだな」

 残り七マスの時点でオーグレタの体に傷が入るようになった。

 推測は当たっていたようで、そして思ったよりも魔力が少ない。

「くそう……あの雑魚共と戦ったせいか……」

 オーグレタは何か呟いているが、激しい俺の分身の攻撃で聞こえない。

 そして、

「……屈辱だ……まさか、人間相手にルールを破る事になるとは……」

「え?」

 猛攻を受けていたはずのオーグレタは、俺の分身を一瞬にして弾き飛ばすと、消失し、次の瞬間には俺の目の前に居た。

 そうか。転移。奴はそれも使えたのだった。

 気づいた時にはもう遅い。迎撃も回避も考えていなかった。

 将棋のルールをしっかり守るオーグレタに油断していたのかも知れない。

 駄目だ。負けた。死んだ。

「勝負はお前の勝ちだ! マナト!」

 オーグレタの手刀が俺の体を突き刺そうと迫る。

 動かないと。臓器の位置さえ避けることが出来ればまだいけるはずだ。

 だけど……駄目だ。間に合わない。

「させないのじゃ!」

 ドンっと横から突き飛ばされ、その勢いのまま俺はよろけて、転んでしまう。

「っ! 助かったMark2!」

 そのおかげで無事に避けることが出来た事に礼を言い、アリスMark2を見る。

 だが、

「……礼はいいのじゃ。真人」

「え? 嘘、だろ?」

 俺は思わず呆然としてしまう。敵の前だというのに。

 だって。

 でもだってアリスMark2が……。

「後は頼んだのじゃ……真人」

 オーグレタによって腹部を貫かれていたのだから。

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