女神と天才の異世界冒険譚
ギルド
「これが……異世界?」
俺の目の前には、地球とそう変わらない、ヨーロッパの街並が広がっている。
珍しくもない石造りの建物や道。街を歩く人達も多少服装が冒険者っぽいが、武器を持っている人も居なければ、獣人や亜人といった存在も見当たらない。
もしも猫耳少女が居ないなら、この世界は糞だな。
「間違えてヨーロッパ辺りの国に飛ばしました、とか言ったら怒るぞ」
「それはないじゃろ。たぶん」
隣に居たアリスから返事が返ってくる。地球の女神様なんだからもう少し自信を持って欲しい。
「で? まずは何をするんだ?」
「そりゃギルドで冒険者登録じゃ! 異世界に来て、それをしないのは異端じゃからな。そして、最速でSランクに到達までがデフォなのじゃー」
「そんな簡単にはいかないと思うけどな……」
「いくんじゃよ! と言うわけで早速行くのじゃ!」
アリスに手を引かれ、人ごみの中を歩いていく。
途中、街の人の話に耳を向けてみると初めて聞く単語はあるものの、文法自体はそう変わらないようだ。加えて、あらかじめルネに教わっていたアリスの協力もあり、概ね理解できた。
そして手を引かれるまま二十分後。俺達は辿り着いた。
夢見る力自慢が集まる場所、闘技場に!
「何でだよ!」
俺が思わず突っ込みを入れると、隣のアリスがビクッと体を震わせ反論してくる。
「わ、ワシだって初めて来たんだから道なんかわかるわけないじゃろ! まさに未知って奴なのじゃ!」
あれだけ颯爽と歩いていたのに、道を知らなかったらしい。なんて女神だ。そして上手い事を言ったとドヤ顔なのがちょっとむかつく。
微妙に上手いし。
「まあ、いい。それより少し見ていこうぜ」
そう言って闘技場の中へと歩いていく。文句を言ったものの元の世界ではこんなの見た事がない。人と人が武器を持って本気で戦うなんて。
あまりいい趣味とはいえないが、見たくないといったら嘘になる。
「悪趣味じゃな」
アリスは少し不満そうだが、しぶしぶ俺の後についてくる。だがしかし、
「金がねえ」
良く考えたらこの世界の通貨なんて一円も持っていない。これじゃ当然入れる訳がない。
「真人って、意外と抜けてるのじゃ」
アリスにも、こんなこと言われる始末だ。
「とにかくまずは金稼ぎだ。どっかいいところあるか?」
「そりゃギルドじゃよ! 異世界物で金策はギルドと温泉とリバーシとマヨネーズと決まっているのじゃ!」
またかよ。……まあ、他のはすぐって訳にはいかなそうだしな。温泉にしろ、リバーシにしろ、マヨネーズにしろ。
今度こそ失敗は許されない。俺はアリスに手を引かれる前に、アリスの手を掴み歩き出した。
「ぬ!? ちょっ、真人!」
大通りに出て歩く事、数分。ギルドの看板が見えた。
こんな目立つのに何故アリスは気付かなかったのかと思いアリスを見てみると、なるほど。納得がいった。
「…………」
「なんじゃ?」
小さいのだ。身長があまり大きくない俺の胸の高さほどしかない。これじゃ、人通りが多いところでは外の風景なんて見えないだろう。
「ごめんな」
「何がじゃ?」
理由があっての迷子を突っ込みとはいえ責めてしまったのは俺の落ち度だ。そういう訳で謝ってみたが、アリスは機嫌がよさそうに笑っている。
蒸し返す事もない。俺はそう考え、なんでもないといってアリスの手を引き、ギルドへと向かった。
◆◇◆
「すみませーん!」
扉を開き、ギルドの中に入ってみる。
するとそこにはたくさんの荒くれ冒険者達が……なんてこともなく、受付の女性が並んでいるだけだった。
A~Eまでのアルファベットが書かれている受付と、何も書かれていない受付で分かれており、どうやら新規登録は何も書かれていない方で行うようだ。
「えーと、お金を稼ぎたいのですが……」
何て言おうか迷った末に、ストレートに目的を伝える事にした。
「冒険者登録ですね。何か資格はお持ちでしょうか?」
「死角はありません。無敵です」
まさか異世界で聞かれるとは思わなかった言葉に、思わず有名なネタで返してしまった。
アリスを見ると、アリスも何も持っていないようで首を横に振る。
俺も当然ながらこの世界の資格は何一つ持っていない。どうしたものか。
「では、こちらのギルトで行っている採取系の資格が取得できる教育をお受けになりますか?」
「あ、はい。それでお願いします」
どうやらギルドは教育も行っているようだ。流石異世界系作品最多登場施設だ。
まぁアリスが言っていただけだけど。
「では身分証明書をお願いします」
「え?」
「身分証明書です」
「…………」
おずおずと仕方なく俺がポケットの財布から取り出したのは免許証。地球ではこれでいいはずだが……。
「何ですかこれは? 何の証明書なんですか?」
案の定、受付の女性の反応はよろしくない。だが、これしか持っていないのだ。仕方あるまい。
「ワシはこれじゃ!」
そう言ってアリスが出した身分証明書には舐められたら無効と言う文字が記されている。
また懐かしいものを……。
「……残念ですが、資格も身分証明書もない方に任せられる仕事はありません」
俺達の身分証明書は認められなかったようで、冷たい言葉が返ってくる。それだけ身分証や資格が大事ということなのだろうか?
「その、資格や身分証ってのはそんなに大事なものなのですか?」
「当たり前です。討伐や警護、捕縛等の戦闘系の依頼であれば魔術学園か、武術学園のどちらかで戦闘技能の資格を取得した方でないと任せられません。採取系や人探し、清掃等の雑用系の依頼も、少なくとも身元が不明な方に任せられる訳がありません」
「そう、ですね」
ぐうの音も出ない。確かに身元の保証もなく、技術の保証もない奴に任せられる仕事はない。
初の異世界で浮かれてしまっていた。そうだ、仕事を得るというのは信用が大事なんだった。
「と、お帰り願いたい所なんですが! 実は我がギルドでは冒険者応援キャンペーンを行っておりまして、先程の採取系の資格取得教育もその一環なんですけど――」
受付の女性はそれまでの低い声のトーンから一転、高いトーンでまくしたててくる。
表情もそれまでのまるで氷のような冷たい表情から、親しい友人に見せるような暖かな表情に変化している。
これは詐欺の匂いがするな。
「我がギルドではこの街の武術学園、魔術学園と提携を結んでおり、ギルドが見込んだ若い世代の方を対象に入学の斡旋を行っております」
「……斡旋……」
「もちろん入学金や授業料等の費用に関しては我がギルドでは負担致しかねますが……」
回りくどい言い方するなぁ。要は金は出さないけれど、学校への入学をサポートする。そういうことだろう。
「また、就職後三年間は金貨一枚を毎月納めて頂きます。加えて、この街に最低十年間は居住して頂くことも条件の一つとなっています」
エグいな。条件。もはや冒険出来ねえだろこれ。
俺の渋い表情に気付くことなく、受付の女性は更にヒートアップする。
「しかし、居住する為の住まいに関しては、我がギルドと提携している不動産会社を利用する事で何と! ローン金利を我がギルドが全額負担致します!」
ジャパ○ットかよ。……ローンを組まない場合は関係ないし、何だかその不動産会社は怪しい。
「こちらが契約書です。あ、契約を履行できない場合、違約金として金貨千枚をお支払い頂きますのでご了承下さい」
…………いつの間にか契約する事になっている。ちなみに俺もアリスも何も言っていない。そもそも、説明も求めていないのだが。
それでも一応チラリと契約書を見てみる。
メリットとしては、学園への入学の斡旋。入学金の割引。資格取得後、Dランクの冒険者としてスタート出来ると言った点。
ローンに関してはメリットには含めない。家を買うなら一括派だし。ギルドお抱えの不動産会社とか胡散臭すぎてちょっと。
デメリットは、十年間ここに住まないといけないということと、冒険者になった後の毎月金貨一枚の徴収、それからこっそり書いてあったギルドの召集には必ず従うと言った点だろう。
裏面の隅にとても小さく書いてある。小さすぎて逆に気になった。
「どうする? アリス」
「……こんなの……こんなの異世界じゃないのじゃ……もっと異世界は、もっと……自由なはずなのじゃ……」
アリスはすっかりふて腐れているが、俺は一つの言葉に期待していた。
それは魔術学園。
やっぱり魔術みたいなファンタジー要素もあるんだ。初めての経験を得られそうでわくわくする。
だからこそ、ここまでのやり取りで推測できる可能性、つまり身分証が無いと学園に入れないという最悪の状況を防ぐ為にも、契約するしかない。
どんなにデメリットがエグかろうと。
「アリス、俺は契約するけど……」
「なら、ワシもするのじゃ!」
アリスと二人、書類にサインすると受付の女性はそれを受け取り、今度は小さな注射器を取りだした。
「のじゃー!? 注射は嫌なのじゃー!」
「…………ん?」
アリスは脱兎の如く逃げ出すが、入り口でちょうど入ってきた男性とぶつかり、尻もちをつく。
「……子供の遊び場ではないぞ……」
男性はそう言うとAの受付へと進んでいく。アリスは少しだけボーっとした後、ハッと何かに気づき俺を見る。
(絡まれイベントなのじゃー!)
待て。それはおかしい。
俺の脳内で歓喜の声をあげたアリスに突っ込むが、こちらからの声は届いていないようだ。
俺は慌てて男性へ近づいていくアリスを、捕まえにいく。嫌な予感しかしない。
が、
「YoーYoー、ガキにぶつかり謝らないお前マジbaby♪ だから若さに嫉妬しないでいいぜ、このshit♪」
……アリスはどこからか帽子を取り出すと斜めに被り、服装もB系に着替えている。
更に男性の顔の少し下でパチン、パチンと指を鳴らし、ふざけたリズムを刻む。
流石に英語の意味までは伝わっていないだろうが、男性のこめかみに青筋が浮かんでいる。
……伝わっていない、よな?
「……保護者はお前か? いや、まだ若いようだから、兄妹か? 妹の躾は……」
思わず立ち止まっていた俺に、男性が話しかけてくる。俺はペコリと頭を下げ、アリスを回収しようとする。
しかし、
「Oh 、baby! ワシの真人にかかればbabyじゃただの的♪ だからさっさとお帰りママが待ってるぜYour home♪ そんなbabyに相応しいのは、So、B級♪ むしろE級♪ A級に相応しいのはSo、I'm Alice!」
アリスの挑発はとどまることを知らない。
「…………」
ブチリと男性の血管が切れる音がした。
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