自殺願望、即ち勇者!

えあもどき

第四話.ドラゴン、即ちトカゲ


「この辺りでドラゴンの目撃情報があるという噂を聞きました」

 いつもの様に平原をのんびりと歩いていると、珍しくニーヤから口を開いてきた。

「噂? そんなのどっから仕入れて来たんだ」
「噂は噂ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「いやだから、それを誰から聞いたのかって事を──」
「しつこいですよ変態」
「なんか変なこと言ったか俺!?」
「存在が変の塊じゃないですか」
「言い返せない自分が悔しいよちくしょう!!」

 たまにニーヤはよく分からないことを言い出すから怖い。
 俺はこの平原で人を目撃した事なんて無い。見たとしても、スライムや狼と言った動物達だ。
 一体そんな状態で何処から情報が入ってきているのか。未だに謎である。

「あー、そういえば俺ってまだドラゴン見たことないんだけど、そんなに強いのか?」
「大きい個体になると十メートルは超えますね。まぁ普通のドラゴンは強いと言われたらそうでもな──強いです。とてつもなく強いですよ」
「え、今そうでもないって言いかけたよな」
「言ってません」
「いや聞き間違いじゃないって。絶対そうでも無いって──」
「それ以上言ったらアナタの髪を現代アートみたいにしますよ」
「何その地味な嫌がらせ」

 でもドラゴンか……。昔チラッと見た本では、空を飛ぶトカゲみたいな感じで描かれていた。赤色の奴だ。
 物語は殆ど覚えてないけど、そのドラゴンが暴れて国を一つ潰すみたいな話だった気がする。
 この場所では違うんだろうか。いや、でも大きいやつで十メートルはあるらしいし、強いのは間違いないだろう。

「あ、ドラゴンですよ」
「そんな簡単に見つかるもんなのかよ」

 ドスン、という重く大きな音が平原に響く。
 俺の視界に突然現れたそれは、余裕で十メートルは超えている程大きな──

「トカゲだなこれ」
「炎を吐くのでドラゴンです」
「いや、確かに一生懸命炎を吐いて俺に攻撃しようとしてるけどまず届いてねぇよ。ていうか大きさの割には炎小さなおい」
「でもドラゴンです。その鋭い爪は何でも切り裂きます」
「炎が駄目だったからってぶんぶん腕振り回してるけど腕が退化してるせいか短くて俺に全く届いてねぇよ。これだったら尻尾をぶんぶん振り回した方が早いし強いって」
「その咆哮は聴くものを恐怖に陥れます。だからドラゴンです」
「むせてるぞ。このドラゴン鳴こうとしてむせてるぞ」
「でもドラゴン──」
「もうトカゲでいいだろこれ!? 今のところちょっと炎が吐けるだけのトカゲじゃねぇか!! そんなの誤差の範囲だろ!?」

 期待した俺が馬鹿だった。
 ドラゴンは隙だらけと言わんばかりに尻尾を振るうが、その尻尾も千切れて何処かへと吹き飛んでしまう。
 このドラゴン……いや、トカゲは、色も茶色で、それに翼を生やして二足歩行にしている感じだ。

「もしかして他のドラゴンもこんな感じ?」
「基本的にはそうですね」
「よく自然界で生きていけるな」

 ドラゴンは諦めたのか、息を切らしながら『覚えておけよ!』と言わんばかりに俺を指差し、何処かへと飛んでいく。

「結局あのドラゴンは何がしたかったんだ」

 俺が前に飲んだドラゴンをも殺す毒。実はそんなに強い物じゃないんじゃないかと思い始めてきた。
 毒なんか使わなくても、暴言を少し吐くだけで拗ねて帰っていきそうだ。

「まぁドラゴンも人間には基本的に無害なので気にしないでいきましょう。構って欲しいんですよ」
「子供かよ……」

 何か俺の中でのドラゴンのイメージが完全に小学低学年の構ってほしい男の子のイメージが付いてしまった。それはそれで可愛いが、強いドラゴンのイメージは総崩れだ。

「まぁいいか。強かったら俺を殺して貰おうと思ったけど」
「あぁ、勿論強いドラゴンもいますよ。高い知能を持った白いドラゴンです。突然変異というのでしょうか。ほら、丁度ここにいるドラゴンみたいに真っ白で──」

 そう言った所で、ニーヤが珍しく固まる。
 全く気付かなかったが、もう一体居たらしい。さっきのドラゴンよりかは大分小柄だが、それでも全長三メートルはあるかも知れない白いトカゲ。さっきの奴と違う所は、大きさと色、そして四足歩行な所か。翼はある。

「こいつ? さっきの奴より弱そうだけど」

 ニーヤの額に冷や汗が見える。
 ニーヤがここまで動揺するのは珍しい。しっかりと脳内に焼き付けておこう。

「ガウッ」

 白いトカゲが可愛い鳴き声を発する。
 なかなか可愛いトカゲだ。愛嬌があると言うか、そこらへんの動物よりも普通に可愛い。
 こんなのが強いドラゴン? いやいや、そんな訳がない。これこそただの白いトカゲに違いない。

「不思議とゴゴゴっていう音も聴こえてくるし、これはもうペットにするしか──ゴゴゴ?」

 俺は上を見上げる。
 一言でいうと隕石。そんなに大きくないが、少し大きめのクレーターを作るには十分過ぎる程の大きさ。このままだと俺に直撃するのは簡単に予測出来る。

「……これってこのトカゲのせいか?」
「炎系統の魔法ですね。隕石を降らすという珍しくも何ともない魔法です」
「いや十分に珍しいだろ! 何だよ隕石降らすって!! ていうか魔法って何だよ!!」
「魔法と言うのは人間に秘められた内なる力、第七感を使い──」
「いやなに呑気にお前は解説しようとしてんだ! そんな暇あるなら早く逃げろよ!!」
「あぁそうでした。でもすみません足に力が入らなくて動けないんですよ」
「嘘だろ!?」

 俺は腰に付けた鞘から剣を抜き出し、構える。
 ここで勘違いして欲しくない事がある。構えると言っても両手で持って隕石を斬る体勢に入る事じゃない。
 
「この剣を槍投げみたいな感じで投げて防ぐ。神剣だし行けるっしょ」
「私が言うのも何ですが、貴方はたまに意味が分からないことを言い出しますよね。折れた神剣をボンドでくっつけたのを忘れたんですか馬鹿ですか?」
「おいボンド舐めんなよお前。ちゃんと鉄に対応してるやつを使ったからそう簡単に剥がれるわけがないだろ。もしこれで剥がれたら製造元訴えるからなまじで」
「まさか製造元も隕石にぶつけられるなんて考えても無いと思いますが」
「想定してない方が悪い!」

 俺はそう言ってから、神剣を槍投げの用量で投げ飛ばした。
 さて、ここで一つ、言い忘れていた事がある。というか俺自身も忘れていた。

 俺を中心に、遅れて衝撃波が発生する。それによって動けなかったニーヤは吹き飛ばされ、白いトカゲも耐えきれず吹き飛ばされたのが視界の端に見えた。
 そして、肝心の投げ飛ばした神剣。それは途轍もないスピードで隕石へと向かっていき、隕石を微塵に砕く──事はなく、あらぬ方向へと飛んでいったのが普通に確認する事が出来た。
 
 俺は何度か頷くと、額に浮かんだ汗を腕で拭う。

「あぁ……俺は運動が苦手なんだった」

 隕石が俺の頭に衝突する。その瞬間に隕石が爆発し、辺りの草や土を舞い上げ、塵で出来た霧が辺りを覆った。

「まぁ死なないよな。このくらいで死ねたら苦労しないし」

 やがてその霧は晴れると、俺を中心に小規模なクレーターが出来ているのが確認出来た。
 でもこれでも無傷で生きているのだから、俺の身体は本当に化物じみたものになっているのが分かる。

「よいしょ」

 俺はクレーターから這い上がると、吹き飛ばされたであろうニーヤを探す。

「おぉ、あれか」

 ぐったりと珍しく倒れているニーヤ。 
 俺はそこまで近付くと、落ちていた木の枝でツンツンと脇腹を突いてみた。

「んっ……」

 それで気付いたのだが、どうやら気を失っているらしい。珍しく反応が無いと思ったらそういう事だった。

「あぁ……どうしようか」

 別におんぶかお姫様抱っこをして運んでもいいのだが、その最中にニーヤが起きてしまったら確実に俺は死ぬ。社会的に抹殺され、何処かよく分からない場所に永遠と幽閉されるのが簡単に目に見えてしまう。

「ガウっ」

 気を失って動かないニーヤの処理をどうしようかと考えていた時に、俺の背後から少し高めの鳴き声が聞こえてきた。
 俺はその声がした方を見ると、さっきの白いトカゲが羽を広げて背中を見せて来ているのが見えた。

「……もしかして、乗せろって言ってる?」
「ガウっ!」
 
 白いトカゲは大きく頷く。
 そういえば、白いドラゴンは知能が高いみたいな事をニーヤが言っていたか。何で急に協力的になったのかは分からないけど、折角だしトカゲのタクシーだと思って乗るのも良いかもしれない。

 俺はニーヤをそのドラゴンの背中に優しく乗せると、俺もその背中に乗る。
 背中の広さはぎりぎり大人二人が乗れるくらいの広さだ。あとは翼やらで埋められている為乗るのはキツイだろう。

「取り敢えずこの先にある街に向かおう。ニーヤのメイド服も買いたいし、ご飯とニーヤのお風呂キットも買わないといけない」
「ガウッ!!」

 ばさん! とトカゲが翼を大きく動かすと、その体が一気に空へと飛び上がった。

「おぉ、凄いなお前」
「ガウガウ!」

 得意げに鼻を鳴らすトカゲ。なんというか、可愛い。よしよし、褒美に撫でてやろう。

「さて、街へと出発だ!」
「がうっ!」

 トカゲは大きな翼を羽ばたかせ、前進する。
 
 そして時が経ち数十分。街の近くに着地した俺は、白トカゲの背中から降りる。
 
「ありがとう白トカゲ」
「ガウー……」

 白トカゲの頭を撫でてやると、白トカゲは気持ち良さそうに目を細めた。

「よくもまあこんなに懐きましたね。突然変異のドラゴンはあまり人間に懐かないのですが」

 街に向かっている最中に意識を取り戻したニーヤも、俺に続いて背中から降りてきた。

「せっかく懐いてくれたんだしペットとして──」
「ガブッ」

 白トカゲが俺の手に噛み付き、フシューと睨んでくる。

「……ペットは嫌らしいな」

 白トカゲはブンブンと俺の手を咥えながら首を振る。

「まぁとにかく、街に向かうとしようか。色々と買わないといけないし」
「そうですね。お腹も空いた事ですし早く行きましょうか」
「ガウッ」
「いや、何自然にお前も混じってんだよ」

 ガブッ、と白トカゲが俺の上半身を口の中に入れてくる。

 ……どうやら、また面倒なのが仲間になったようだ。








 


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