自殺願望、即ち勇者!

えあもどき

第三話.スライム、即ちネトネト


 毒での自殺は失敗に終わった。ならもう希望は魔王しか残っていない。

「──なに!? 本当に魔王を見つける旅をしてくれるのじゃな!?」
「しゃっす」
「衛兵! 衛兵! 今すぐ最高級の鍛冶屋に剣を作らせるのじゃ!!」

 だから、王が寝込んでいる部屋に行って王を叩き起こした。寝ぼけている王に魔王を探す旅に出ると言ったら、今みたいにベッドの上で大はしゃぎした訳だ。

「剣は神剣使うんで大丈夫っす」
「な、なに? でもあれは折れて使い物に……」
「ボンドでくっつけたんで大丈夫です」
「ボンド!? そんなので神剣直ったのか!?」
「はい。ペターってくっつけたら直りました」
「そんな安物の玩具みたいな直し方で神剣って直っちゃうの!?」
「意外とやってみるもんですよ」

 でも、流石に神剣の力自体は失われている感じらしい。ニーヤに見せたらそう言われた。

 まぁ、新しい剣なんて作られた所で結局使わない。あった所で宝の持ち腐れと言う奴だからな。だったらボンドでくっつけた神剣を持って行ったほうがまだ見た目的にも勇者っぽい。

「な……ならばそれでいいが……うーん……」

 まだ上手く納得出来ないのか王は腕を組んで考えるが、考えるのが面倒になったのかため息を付くと、俺に少し小さめの袋を渡してきた。

「これは『異次元袋』と言っての。見た目は小さいものじゃが、中は無限大の大きさがある魔法の袋じゃ」
「あざっす」

 俺はそれを受け取ると、腰に取り付ける。

「その中には金もある程度入っておる。暫くはそれで金に困ることは無いじゃろう」
「そっすか」

 俺は礼をすると、身を翻して扉へと向かう。そして扉を開けると、目の前にメイド姿のニーヤが映し出された。

「……何やってんの」
「私も付いていきます。貴方だけでは何をしでかすか分かりませんからね」
「え、俺ってそんなに信用ないの?」
「逆になんで信用されていると思えるのかが不思議で仕方ないですね」

 俺は笑う。それに釣られてか、珍しくニーヤも薄く笑った。

「いきなり笑うなんて気持ち悪いですよ」
「本当に容赦ないなお前!!」

 ▽

 平原に居る俺は腰に神剣を装着すると、軽く準備体操をする。
 あの王都から出て二日が経った。流石にまだ魔王を見つける事は出来ていないが、王から貰った魔法の袋のおかげであまり旅に苦労する事は無かった。
 そして驚く事に、どうやらこの中は時間が止まっているらしく、いつでも何処でもホカホカのご飯が食べられる様になっている。
 俺は別に飯を食べる必要はないが、ニーヤは俺と違ってただの人間だ。これは本当にありがたい。

 そしていま。俺の目の前には一匹……いや、一個か? スライムと呼ばれるゼリー状の奴がぷるぷると震えていた。

「完全に貴方を恐れていますね。貴方なんかに恐怖を抱くなんて笑えます」

 俺の隣に居るニーヤがそんな事を言ってくる。

 ニーヤの説明によると、このスライムにはあらゆる物を溶かす能力が備わっているらしい。それは人間ですら簡単に溶かしてしまうとか。
 まぁ基本スライムは人に対して無害。襲ってくる事はまず無いらしいからペットとして飼う人も居るとの事だ。確かにこう見てると、可愛く見えてくる気がしなくもない。

「ほい」

 俺は試しにそこら辺に落ちていた小石をスライムに投げつけてみる。
 すると、小石はスライムの中にめり込み、一瞬で消えて無くなってしまった。

 まぁ期待は出来る。出来るが、結果はもう目に見えている。

 俺はスライムに手を突っ込んでみる。するとスライムはビクリとより一層震えた。

「んー、ネトネトしてて気持ち悪い」

 それ以上もそれ以下もない。別に溶けるとかそんな感じは一切ないから、今回も死ぬ事は出来ないだろう。

「はぁ……また失敗か……まぁ予想出来てたけど」

 俺は溜息を付く。
 その瞬間だった。
 スライムが急に爆発して、その欠片を辺りに撒き散らしたのだ。
 もちろん、間近に居た俺はその被害をもろに食らった。スライムの欠片が服に付着して、見事なまでに全て溶かされていく。
 
「……ここまでは予想出来なかったなぁ」

 俺はまた溜息をつくと、ふとニーヤの事が気になり、顔をニーヤが居る方へと向け──

「見たら殺しますよ。というかさっさと服 を着てください気持ち悪い。貴方の身体なんて微塵も見たくありません。あとタオルと替えの服をさっさと渡して下さい」

 いつにも増して棘が多くなった。
 俺はやれやれと顔を元に戻すと、魔法の袋の中からタオルと替えの服を用意し、ニーヤへと投げる。

「今はメイド服無いから、これで我慢してくれ」
「はぁ……仕方無いですね。まぁメイド服を好きで着ている訳では無いのですが」
「そうだっけ?」
「殺しますよ」
「怖い怖い」

 「誰のせいでこうなっていると思っているんですか」ニーヤは言うと、着替えているのかゴソゴソと音を鳴らす。

 俺は男だ。そして男とは即ちオオカミである。地球に居た頃は『覗く』という行為をする機会が無かった。何故なら人生の殆どがイジメにあっていたからだ。

 でも今は違う。

 死ぬ前に一度くらい覗いても良いのではないだろうか。俺だってこれでも男だ。いくら虐められた所でそれは変わらない。

 さて、仮に覗いたとしよう。それでもし俺が殺されれば、一気に二つの目的が達成できてしまう訳だ。

 まさに一石二鳥。
 
 でも、もし俺が殺されなかった場合『変態』と呼ばれニーヤに社会的に殺されるのは目に見えている。そんなのは地球にいた頃だけで十分だ。

 そこまで考えた所で、俺も替えの服を取り出して着替え始める。

「良かったですね覗かなくて。私としては、貴方を社会的に殺すのも楽しそうで良いのですが」
「たまに俺の思考を読むのやめてくれるか?」
「男の考える事なんて簡単に分かりますよ。ほら、私って可愛いですし」
「良く自分でそんな事言えるな……」
「事実ですから」

 ニーヤのその言い方に少しイラッとしながらも、悔しい事に事実なので言い返せなかった。
 長く綺麗な黒髪に、茶色の目。ここでは珍しく日本人よりの顔つきだが、何処か大人っぽさがある。
 一つ指摘するならば、その目がいつも死んでいる事くらいか。表情も滅多に変わる事が無い為、たまに人形なんじゃないかと疑ってしまう程だ。

「着替え終わりました。まだ少しネトネトしますが、服や肌が溶けるほどでも無いので大丈夫でしょう」

 ニーヤの声が聞こえてくる。
 俺も既に着替え終わっていた為、ニーヤの方へと身体を向けた。そして思わず目を逸らしてしまう。

「……結構なんというか……危ないな」
「何がですか?」

 俺は袋から体全体を隠せるマントの様なものを取り出すと、ニーヤに渡す。
 
 何がとは言わないが、意外と大きかった。
 俺は男にしては小柄で筋肉もあまり付いていない。身長も百六十ちょっとだから服が少し小さいのだ。
 対してニーヤは身長が百七十はあるだろう。いままでメイド服だったせいで気付かなかったが、何がとは言わないが結構大きかったし、ピチピチになるのは仕方ない。

 すると、ニーヤはそれで気付いたのか何度か頷いた。

「あぁ、胸の事ですか。確かに貴方みたいな狼の化身と言っても過言では無い野郎にこの様な姿を晒し続けていたらいつ襲ってくるか分からないですね」
「アンタの中で俺は一体どういう扱いをされているのか少し話し合う必要がありそうだな……っ!!」 
「話し合う必要も無いですよ変態狼野郎」
「確認するけど俺の専属メイドだよなお前!?」

 はぁ……どうせこうなるなら覗いておけば良かった。
 まぁいい。この旅の目的は俺が死ぬこと。出来れば魔王が良いが、他に死ぬ方法があればそれでもいい。まぁ可能性は低くなるが。

 でも、これもまた勘だけど──



「──長い旅になりそうだ」
「いきなりどうしたんですか気持ち悪い」
「今日で何回気持ち悪いって言われたかな俺」

 ニーヤとも長い付き合いになる事だろう。まぁ性格はあれだが、根は優しいやつなんだと感じられるし暇はしなさそうだ。

「さて、次はどうやって死のうか」 

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