異世界貴族は自由を望む

ノベルバユーザー196771

先の問題、今の問題

 部屋の中には、重い空気が立ち込めていた。
 理由は、レイの師匠であるテルが持ち込んだ情報だ。そこには、山脈を挟んだすぐ隣、この大陸の最西端にある、ダルタン帝国の動向、そこからの推測が書かれていた。
 そしてその情報には、近々戦争をするかもしれない、と書かれていたのである。それが、かもしれない、であったとしても、戦争が起こった際、狙われるのは、一番近いフランタジア王国だと推測できる。自分たちは関係ない、という訳にも行かない。
 そしてその重い沈黙を破ったのは、ドアのノック音だった。


「テル様。お迎えが来ております」


 それを聞いたテルが、時間を確認する。そして、何か大切な用事でもあったのか、慌ただしく出ていく準備を始めた。
 そして準備が終わると、レイとファルに、「それじゃ」と一言掛けて、部屋を飛び出した。
 それを見送った二人も、少し遅れて、部屋を出た。
 部屋に残ったのは、すっかり冷めてしまった紅茶だけだった。






 ところ変わってレイの私室。そこには、レイとファル、そして、初老の男がいた。
 この男、実は医者であり、レイの喉の治療をしているのも、彼だ。今日は、レイの定期検診に訪れていた。


「......最近、喉、使いすぎじゃないですかねえ......かなり荒れてますよ。このままだと、使い物にならなくなるかも知れませんから、出来るだけ話さないように、コミュニケーションは別の手段でと言ったでしょう。今の貴方の状態じゃ、他人に聞こえるように話すだけでも痛むでしょう。気をつけて下さい」
「...はい」
「こら、早速声を出してるじゃないか......気をつけてな」


 そう言って医者の男は出ていった。
 レイは、あの医者の男に、好意的な感情を持ちつつも、苦手としていた。
 平民の医者にも、優秀な者は多い。しかし、貴族の前だと、緊張でいつも通りの診断が出来なかったりする。また、常に下になろうとするので、面倒でもある。
 しかしあの医者には、そんなものがない。勿論、自身が平民で、レイが貴族であることも忘れず、しっかりとした態度で接してくるのだが、こと治療に対しては、一切の妥協がない。先程の説教臭いのもそうだ。レイも、しっかりと自分を診察してくれ、基本的にはちょうどいい距離を保ってくれる彼に、好意的な感情を抱いているのだ。
 しかし、彼の、レイが無茶した時や、先のように、容態が悪化し、その原因がレイにあった場合に聞くことになる、説教が、苦手なのだ。それも自業自得なのだが。


 さて、話を変えるが、レイの喉は、治る可能性がある。少なくとも今のまま、と言うことはない。それはいい意味でも悪い意味でもあるが。
 それなら、声を出さずに休ませておけばいい。そう思うかもしれない。実際そうだ。
 けれども、レイは声でのコミュニケーションに拘った。何故かというのは、レイのみの知ることであるが。
 ファルも、レイを止めたかった。説得したかった。休ませておけば、また喋れるようになるのだから。今喋る必要はないのだから、と。しかしレイにも、譲れないものがあるのだと、ファルには感じ取れた。
 それ以来、ファルは説得をしなくなった。ただ、レイを見守ることにした。なにかあった際、すぐに行動出来るようにするため。
 結果、無理してでも自分で喋る少年レイ、それをただ見守る少女ファルといった、奇妙な構図が出来上がった。それが現在である。






 声の問題に、戦争の問題。彼の周りには、いつも面倒と問題が蔓延っている。

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