竜の世界の旅人

ノベルバユーザー196771

目的地の情報

 ハクとともに村に着陸すると、そこでは既に戦闘が始まっていた。
 否、蹂躙が行われていた。
 ニーズヘッグが尻尾を一度振るえば、男が綺麗に宙を舞う。ニーズヘッグが羽を動かせば、飛んでくる矢は全て地に落ちる。そこは正に、圧倒的強者の独壇場だった。
 そんな光景を背に、颯斗は先ほど扉を壊された家へと走っていく。ここで村の住人を助ける義理もないのだが、見捨てるのは後味が悪いと、颯斗が言ったのだ。ハクは竜の姿のまま、ニーズヘッグの方へと向かっていった。
 蹴破られた家に行くと、大勢の人が、そして入り口近くには、肩にボウガンの矢を刺した男が倒れていた。竜人になってから鋭敏になった嗅覚を、血の臭いが刺激する。


「大丈夫ですか!?」


 そう言いながら颯斗が近寄ろうとすると、間に男が割って入る。


「何するつもりだ!」
「ただ俺は治療したいだけです! 俺にはそうすることができるんです!」
「お前に何ができるってんだ!」
「俺は竜人です。あの人を治療できる力があります」


 颯斗の言葉に、村人がざわめく。
 颯斗は、ここの住人に自身が竜人であることを隠すつもりはなかった。どうせ外ではニーズヘッグが暴れているのだ。竜と一緒にいるだけで、面倒になることは目に見えている。どうせなら、竜人である方が一緒にいても不都合がないだろうという判断だった。
 そして、竜人は人の味方であるという話をニーズヘッグがしていたのを聞いて、竜人であると明かした方が、信じてもらえるだろうという思いもあった。
 竜人だ、と聞いた男が、恐る恐る聞いてくる。


「本当に、治療できるのか?」
「問題ありません」


 そう颯斗が迷いなく言い切ると、男が道を開けた。


(ずいぶんあっさりしているな......まあいい、それは後にでもわかる。今はあの男の人だ)


 後に何故ここまであっさりしていたかを知るころには、颯斗は竜人であることを明かしたことに若干後悔する。
 颯斗が近寄ると、そこには血の海に沈む男の姿があった。微かに胸が上下していることから、まだ死んでいないことがわかる。しかしそれも時間の問題だ。いつ失血死してもおかしくない。
 颯斗が袖を捲り、紋章に触れる。颯斗の手に光が宿る光景に、村人たちが息を飲む。颯斗は、その光を倒れている男にかざした。






「竜人様、あなたのおかげで助かりました。本当に、ありがとうございます」


 颯斗にそう言うのは、この村の村長で、颯斗が助けた男だ。颯斗は、村長の家で話をしていた。
 あの後村長の傷は治った。その光景を見た村人たちが感極まって一斉に駆け寄ってきたが、颯斗はすぐに脱出した。
 その後外の様子を見にいったのだが、そこには既にハクとニーズヘッグ以外の姿は見当たらなかった。後でニーズヘッグに聞くと、森の奥に捨ててきたんだとか。
 現在は、村人総出で村の復旧作業を行っている。


 颯斗が出来事をなぞるように思い返していると、村長がこんな提案をしてきた。


「どうでしょうか、颯斗様。できれば、貴方様にはこの村の行く末を見守っていただきたいのですが......」
「......申し訳ないのですが、俺たちも目的があって旅をしています。そのため、どこかに定住するつもりはありません」


 この提案を颯斗は、村長の他にも既に何人もの村人から持ち掛けられていた。
 というのも、この世界には竜を信仰の対象とする宗教がいくつかあり、そのほとんどで、竜人は竜の力を持った人、つまりは、竜に選ばれた人として、宗教上崇められる存在とされているのだ。
 そして、竜人のもとには必ず町が栄えるなど、いろいろな伝説などもあり、村人たちはあわよくば、と声を掛けてくるのだ。


(竜人って、明かしたらそれはそれで面倒なんだが......もう少し詳しくニーズヘッグに聞いておけばよかった)


 颯斗は、自身が竜人であることを明かしたことに、早くも後悔していた。それと同時に、なぜあそこまであっさり村人が引いたのかも理解した。


「そうですか。して、竜人様は、どうして旅を?」
「転移系の遺跡に、用があるんです」
「転移系の遺跡と? 少々お待ちくださっても?」
「ああ、別に問題ない」


 そういうと、村長が奥の部屋へと消えていく。そしてしばらくすると、もうボロボロで、既に端が朽ちている一冊の本を持ってきた。


「その本は?」
「もう古いものですが、ここら周辺の地図です。昔の人が、もう失われた技術で描いたもの、と聞いています。そして、ここなのですが......」


 そういって村長が指し示したところは、森の中の一か所だった。そこには、バツ印が付けられていた。


「ここが、転移系の遺跡なのでは、と聞いたことがあります」
「本当ですか!?」


 まさかの情報に、颯斗の顔が驚愕に染まる。
 颯斗にとって、故郷に帰るヒントの情報はとてもありがたかった。すぐにこの村からの方角、距離などを頭に叩き込む。
 五分くらい読み込んでいると、ハクとニーズヘッグもやってきた。
 ニーズヘッグが、颯斗に話しかける。


「颯斗、何してるの?」
「これを見てくれ」


 そういって、ハクとニーズヘッグにも地図を見せる。ハクは首を傾げていたが、ニーズヘッグには何かがわかったらしい。
 ニーズヘッグが村長に尋ねる。


「......本当に遺跡?」
「は、はい! それだけは間違いないです! 村の男衆が確認に行ったことがあります。なんの遺跡かを断定することまではできませんでしたが......」
「え、え?」


 さすがに竜相手には荷が重いのか、少し落ち着きなく村長が答える。
 一人ついていけなかったハクは、いくつもの疑問符を浮かべた。まあ、事前説明も何もなかったのだから、こうなっても仕方ないのかもしれない。
 詳しく状況を知るために、ニーズヘッグは更に村長に質問を掛ける。颯斗は、情報の聞き出しをニーズヘッグに任せて、家の外に出た。
 身体能力に任せて、村長宅の屋根に上る。なんとなく、空を見たかったからだ。颯斗は、人工的な光の少ないこの世界の空を気に入っていた。


「目的地の遺跡......なのか?」


 颯斗は空を見上げながら、そう呟く。
 故郷に近づけるかもしれない。それだけで颯斗は、自身の頬が緩んでいることを自覚した。
 それを誤魔化すように見上げた空は、雲の間から日の光が差し込んでいた。


(ニーズヘッグの隣で話の内容を推測しながらもおろおろしていたハクは可愛いかったなあ......)


 ......もしかしたら、割とどうでもいいことで頬が緩んでいたのかもしれない。



「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く