竜の世界の旅人

ノベルバユーザー196771

訓練・騒動

 ハクが人化できることを知った日以降、颯斗は訓練に明け暮れた。とにかく、自身の力に振り回されない程度まではレベルアップする必要があったからだ。自身で基礎体力の向上と、ハクとの模擬戦による戦闘訓練。颯斗はこれをひたすらこなしていた。
 そして今日も、二人は模擬戦をしていた。


 颯斗が、竜人の力を一気に開放し、ハクに向かって踏み込む。既に竜化している颯斗の一撃は、ただの人間では受け止めることもできないだろう。その相手がただの人間なら。
 ハクが颯斗の拳を受け止める。そのままハクが蹴りを颯斗の腹に叩き込む。颯斗はまるでボールのように壁へと叩きつけられた。


「大丈夫?」


 ハクが近づいて話しかける。颯斗は息を整えながら首を横に振った。


「じゃあ休憩しようか」


 そういってハクが颯斗の隣に座り込む。颯斗は視線だけををハクに向ける。ハクは、颯斗に現実を突きつけた。


「やっぱり颯斗は、あんまり戦いに向いてないよね」
「おい、自覚してるから言うな」


 そう、颯斗に戦いのセンスはなかったのだ。そもそも、颯斗は地球の日本という戦闘などとは無縁の世界で生きていたのだ。家が道場なんてこともなく、特殊部隊に所属していた過去などがあるわけでもない。
 そんな颯斗に、戦闘センスを期待しても無駄というものだ。それは颯斗自身が一番理解していることでもある。人間相手なら負けることもないだろうが、相手がハクと同じ竜となると、間違いなく負けるだろう。


「今日はもう終わろうか」


 そういってハクがいつも暮らしているスペースに向かう。少し休んで動けるようになった颯斗も後に続いた。






 しかしまあ、どこの世界にも馬鹿はいるものである。訓練を終え、居住スペースとしている場所に帰った後、しばらく休んでいたのだが、ハクが複数の人の気配を感じた。どうやらここに竜がいるという情報を聞きつけてやってきたのだろう。ちなみに颯斗はこの冬の寒い中ご苦労さんだな、と的外れのことを考えていた。


「どうするんだ? ハク」
「どうっていっても、私人には被害だした覚えないしね。人化してやり過ごそうか」


 そもそも、ハクは人間に被害を出したことはない。そんなハクを狙うのは、正直悪手としか言いようがない。伝説に登場するジークフリートなどの偉人のように、確実に竜を倒す実力や、秘策があるのなら問題ないのかもしれないが、そうでないなら無駄に竜を刺激するだけだ。最悪、敵対していなかった竜が敵対する可能性すらある。触らぬ神に祟りなし、とはまさにこのことなのだろう。敵対していない竜には極力関わらなければいい。


 団体様が中に入ってきた。その手にはそれぞれ弓が握られている。恐らく狩人なのだろう。装備を見れば、戦う気満々なのが手に取るようにわかる。


「ねえ、あれで本当に竜を倒せると思ってるのかな?」
「思ってるからここに来てるんだろうな......」


 それを見て颯斗とハクは、小さな声会話を交わす。そして目を合わせると、狩人たちを追い払うべく前に出る。
 それを見た狩人たちは、不思議な顔をする。まさか人がいるとは思わなかったからだろう。最初に復帰したのは、一番前にいた男だった。


「お前ら、なぜこんなところにいる!」
「俺たちは、ここに住んでるんだ。谷から落ちてしまってね。冬が過ぎるのを待っている」
「ならここに竜がいるという情報があったんだが、お前たちは何か知ってんのか!」
「俺たちが来たときから、ここには何もいなかった」
「そうか......少し待っていろ!」


 そういって狩人たちが会話を始める。
 それを待つ二人は、こそこそと会話する。


「ねえ」
「なんだ?」
「あいつらが何言ってるか手を取るようにわかるんだけど」
「だろうな。十中八九お前だろう」


 そして狩人たちが会話を終えると、颯斗に向かって一斉に弓を構えた。
 予想はできているが、颯斗は一応聞いておく。


「......これはどういうつもりだ?」
「へ! ここに竜がいないってんなら、もうここには用はねえんだがな。だけどそこの女、なかなかの上玉じゃねえか。だから俺たちが頂いていこうと思ってね。さあ、死にたくなければそいつを渡しな!」


 まさかの予想ドンピシャに、二人は逆に関心する。先の態度と違うあたり、本性を隠していたといったところだろう。
 それに対し颯斗は一言、こう言い放った。


「断る」


 その返答に、狩人たちが馬鹿を見る目を颯斗に向ける。


「おいおい、この人数を前に、そんなこといえんのかよ。撤回するなら今の内だぞ?」
「するつもりもないし、する必要もない」
「生意気なガキだな、やれ!」


 その掛け声とともに、矢が複数飛んでくる。迷いがない辺り、これまで何度も同じようなことをしてきたのだろう。
 そして颯斗に矢が刺さる。狩人たちはそう確信した。しかし現実は違った。


「なんだ、この程度か? これでは竜など倒せないぞ」


 無傷で立っている颯斗。手に持っている一本の矢。その足元に落ちている残りの複数の矢。竜人である颯斗にとってこの程度は造作もないことなのだが、それを知らない狩人たちがその事実を受け入れるのに、たっぷり数秒かかった。


「あ、ありえねえ! あり得る訳がねえ!」
「そうだ、こんなこと人間にできる訳がない!」


 狩人たちは口々にそういう。
 そんな狩人たちに颯斗は言った。


「ハクは俺の仲間で、家族だ。てめえらに渡すつもりは毛頭ない。今すぐ帰れ!」


 そういって颯斗が、手に持っていた矢を狩人たちに向かって投げる。弓以上の勢いをもって飛ぶそれは、先頭にいる男の頬に一筋の傷を付けて後ろの壁に当たり、折れる。
 自分の頬から血が出ていることを認識した狩人は、全力で走りだした。それに続いて他の狩人たちも洞窟から走り去っていった。
 颯斗の後ろから声がかかる。


「いやー照れちゃうねぇ、家族だなんて......」


 その言葉に颯斗が顔を赤くしながら振り返る。そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべるハクがいた。


「あ、いや、別に深い意味はなくて、ただこれから一緒に旅する予定だし、それで......」
「ふふ、別に、嫌ってわけじゃないよ? 結構嬉しかったりするしね。まあこれからもよろしくね」


 あたふたと言い訳じみた言葉を言い募る颯斗を見て小さく笑ったハクは、踵を返しながらそう言った。その時颯斗が見たハクの顔は、ほんのり赤く染まっていたような気がした。



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