竜の世界の旅人
初遭遇・命の危機
龍。ドラゴン。伝説や神話など、数々の話に登場する存在。その存在はどれも圧倒的で、常に強者として描かれている。
これは、そんな強者たちと一人の少年の物語である。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
少年、芳野 颯斗は、落下していた。いつも通りベットに入ったはずなのに、見渡せば、一面に真っ白な雪が広がり、自身のいる場所よりも高い山々もそびえ立っている。
何故颯斗が落下しながらここまで周りを見れるかと言われれば、昔一度だけやったバンジージャンプと感覚が似ているからだろうか。ただし腰に紐もなければ、下に水があるわけでもない。辛うじて、あの雪がクッションになるかどうかである。
もう人生も終わりか。ふと颯斗がそう考えるころには、既に雪に激突していた。
颯斗は、死ななかった。何故わかるかというと、血を流し痛みがあることを自覚できているからだ。落下後、颯斗は気絶することなく、頭など複数個所から血を流している状態だ。継続的に痛みが全身を襲う。どうやら右腕も被害を受けたようで、颯斗の意思では動かすことすらできない。
思ったより雪が深かったおかげで即死こそ免れたが、このままではすぐに失血死してしまうだろう。吹雪も吹いているため、もしかしたら凍死かもしれない。
颯斗は、なんとかその場から起き上がった。どちらにしろ、ここにいては何も変わらない。せめて、近くに人がいればいい、そんなことを考えながら立ち上がった。そして、颯斗は見た。
「おいおい、マジかよ......」
颯斗は、無意識の内に言葉を漏らす。
全長数メートルあるかという体躯。全身を覆う銀色の鱗。頭には大きな角が、そしてその背には、大きな羽を携えて、鋭い翡翠色の瞳に颯斗を映す。全身から漏れ出る威圧感に、颯斗は震える。
そう、御伽噺の存在、伝説、神話の生物にして強者、ドラゴンだった。
そのドラゴンが、尻尾を颯斗の前に差し出す。その動きだけで風を作り、颯斗は左手で顔を隠す。そしてその尻尾が、颯斗に触れた。その瞬間、光が颯斗を包む。そしてその光が晴れると、出血が止まっていた。
その光景に、颯斗が呆然としていると、ドラゴンが颯斗に尻尾を巻き付けた。そしてドラゴンはその場を飛び立った。
颯斗の全身を、強大な風圧が襲う。だがドラゴンも加減しているのか、耐えられないものではない。その風圧に耐えながら、颯斗は周りを見る。
そこには、落下しているときにもみた雪景色が広がっている。
(俺これからどうなるのかな...食べられるのかな...)
颯斗は景色を眺めながら、どこか他人事のように、これから自分がどうなるのかを考えていた。
ドラゴンが着陸したのは、谷底にあった大きな洞窟だった。
そこに降りると、ドラゴンは颯斗を放した。颯斗は自身の足で洞窟に立つ。
颯斗は洞窟を見渡してその光景に絶句した。その一面に広がる景色に圧倒されたのだ。自身の状況が状況でなければ、走りだして更に奥へと進んでいたかもしれない。
「ん...なんだ? これは...チーズ?」
痛くない程度の突っつきで颯斗を呼び、ドラゴンが颯斗に何かを差し出す。それは、地球でもよく見た、チーズのようなものだった。よく周りを見れば、洞窟の壁面全体に、同じようなものが付いている。
そして颯斗は、この状況とよく似た伝承を思い出した。一度だけネットで見た、うろ覚えの知識から、その名を引っ張りだす。
「ピラトゥス山の竜......なのか?」
ピラトゥス山の竜というのは、スイスの民間伝承の一つである。谷底に落ちた遭難者を丁重に扱い、助けたという話があるのだ。その時遭難者に『ムーンミルク』というものを与えたのだ。そのムーンミルクというものは、壁面についている鉱物だとも、竜が舐めるとミルクが出る石だとも言われている。
しかしそんなものはどうでもいい。今重要なのは、この竜が本当にピラトゥス山の竜で、伝承通りだというのなら、颯斗は食べられる心配をしなくていいということなのだ。この竜がピラトゥス山の竜である保証などありもしないのだが、颯斗は自身のその考えに拠り所を求めるしかなかった。そうでないと不安でどうにかなってしまいそうだったからだ。
そんな思考に埋もれていると、竜が言葉で颯斗に話しかけた。
『いらないの?』
その衝撃に、颯斗の返事が一瞬遅れる。
「...え、喋れんの?」
『うん、喋れるよ。あんまり驚かせちゃうといけないから、普段は喋らないようにしてるけど』
「そ、そうなのか......」
まあ、この巨体で威圧的な竜が、いきなり話したら確かに驚くだろう。それも女声だ。かくいう颯斗も、かなり驚いている。まあ、それ以前に起こったことが衝撃的過ぎて、多少冷静ではいられるが。
颯斗はそんなことを考えながら、竜からムーンミルクを受け取ろうとする。しかし動かそうとしても右腕が動かず、左手で受けとった。早く慣れないとと、心の中で自分に言い聞かせる。
その様子を見た竜が、颯斗に話しかける。
『右腕、動かないの?』
「あ、ああ、落ちた時に痛めたみたいで」
『治せると思うよ?』
「マジ?」
『マジってのが何かは知らないけど、本当だよ』
衝撃の事実である。
だが、うまい話には裏がある。この話も、例外ではなかった。
『人じゃなくなっちゃうけど』
竜の話では、竜の血を飲めば、竜人というものになれるらしい。そしてその竜人になる過程で、欠損部位や怪我をしているところもすべて治るのだそうだ。
更に、竜人なると力などの基礎能力も向上し、一部分のみではあるが、竜の特徴も使うことができるらしい。
『竜人なると、寿命が変わるの。詳しくは知らないけど、万単位で伸びるんじゃないかな。だから、その長さを生きる覚悟がないと、あんまりおすすめしないよ』
「そうか......」
颯斗は考える。自分には、家族がいる。父、母、妹。それに、学校には友人もいる。その人たちと、同じ道を歩けなくなる。それは確かに即答し難いものだった。
それに、創作物でもよくある、長く生きすぎると、精神が弱っていくなんていう、リスクがあるかもしれない。
しかし、まずは家族の元へ帰らなければならない。ここがどこだかわからないが、恐らく日本ではないだろう。竜などいるのだから、異世界なのかもしれない。そうなると、帰るためにはまず力が必要になるのだ。
颯斗は、覚悟を決めた。
「俺は竜人になろう」
『覚悟があるのなら、止めはしないよ』
そういって、竜が自身の尻尾に手の爪を突き立てた。そこから血が溢れてくる。
「大丈夫なのか?」
『うん、大丈夫。一か月もすれば、自然に回復するから。さあ、どうぞ』
そういって尻尾を颯斗の前に差し出す。その血を手ですくった颯斗は少し迷ったものの、意を決して飲んだ。口の中に、人の血の鉄のような味とは少し違う、なんとも言えない味を感じる。
「ぐはっ、あああああああああ!」
直後颯斗を襲う激痛に、思わず声を上げる。落下直後の痛みなど比でないそれは、すぐに颯斗の意識を刈り取った。
これは、そんな強者たちと一人の少年の物語である。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
少年、芳野 颯斗は、落下していた。いつも通りベットに入ったはずなのに、見渡せば、一面に真っ白な雪が広がり、自身のいる場所よりも高い山々もそびえ立っている。
何故颯斗が落下しながらここまで周りを見れるかと言われれば、昔一度だけやったバンジージャンプと感覚が似ているからだろうか。ただし腰に紐もなければ、下に水があるわけでもない。辛うじて、あの雪がクッションになるかどうかである。
もう人生も終わりか。ふと颯斗がそう考えるころには、既に雪に激突していた。
颯斗は、死ななかった。何故わかるかというと、血を流し痛みがあることを自覚できているからだ。落下後、颯斗は気絶することなく、頭など複数個所から血を流している状態だ。継続的に痛みが全身を襲う。どうやら右腕も被害を受けたようで、颯斗の意思では動かすことすらできない。
思ったより雪が深かったおかげで即死こそ免れたが、このままではすぐに失血死してしまうだろう。吹雪も吹いているため、もしかしたら凍死かもしれない。
颯斗は、なんとかその場から起き上がった。どちらにしろ、ここにいては何も変わらない。せめて、近くに人がいればいい、そんなことを考えながら立ち上がった。そして、颯斗は見た。
「おいおい、マジかよ......」
颯斗は、無意識の内に言葉を漏らす。
全長数メートルあるかという体躯。全身を覆う銀色の鱗。頭には大きな角が、そしてその背には、大きな羽を携えて、鋭い翡翠色の瞳に颯斗を映す。全身から漏れ出る威圧感に、颯斗は震える。
そう、御伽噺の存在、伝説、神話の生物にして強者、ドラゴンだった。
そのドラゴンが、尻尾を颯斗の前に差し出す。その動きだけで風を作り、颯斗は左手で顔を隠す。そしてその尻尾が、颯斗に触れた。その瞬間、光が颯斗を包む。そしてその光が晴れると、出血が止まっていた。
その光景に、颯斗が呆然としていると、ドラゴンが颯斗に尻尾を巻き付けた。そしてドラゴンはその場を飛び立った。
颯斗の全身を、強大な風圧が襲う。だがドラゴンも加減しているのか、耐えられないものではない。その風圧に耐えながら、颯斗は周りを見る。
そこには、落下しているときにもみた雪景色が広がっている。
(俺これからどうなるのかな...食べられるのかな...)
颯斗は景色を眺めながら、どこか他人事のように、これから自分がどうなるのかを考えていた。
ドラゴンが着陸したのは、谷底にあった大きな洞窟だった。
そこに降りると、ドラゴンは颯斗を放した。颯斗は自身の足で洞窟に立つ。
颯斗は洞窟を見渡してその光景に絶句した。その一面に広がる景色に圧倒されたのだ。自身の状況が状況でなければ、走りだして更に奥へと進んでいたかもしれない。
「ん...なんだ? これは...チーズ?」
痛くない程度の突っつきで颯斗を呼び、ドラゴンが颯斗に何かを差し出す。それは、地球でもよく見た、チーズのようなものだった。よく周りを見れば、洞窟の壁面全体に、同じようなものが付いている。
そして颯斗は、この状況とよく似た伝承を思い出した。一度だけネットで見た、うろ覚えの知識から、その名を引っ張りだす。
「ピラトゥス山の竜......なのか?」
ピラトゥス山の竜というのは、スイスの民間伝承の一つである。谷底に落ちた遭難者を丁重に扱い、助けたという話があるのだ。その時遭難者に『ムーンミルク』というものを与えたのだ。そのムーンミルクというものは、壁面についている鉱物だとも、竜が舐めるとミルクが出る石だとも言われている。
しかしそんなものはどうでもいい。今重要なのは、この竜が本当にピラトゥス山の竜で、伝承通りだというのなら、颯斗は食べられる心配をしなくていいということなのだ。この竜がピラトゥス山の竜である保証などありもしないのだが、颯斗は自身のその考えに拠り所を求めるしかなかった。そうでないと不安でどうにかなってしまいそうだったからだ。
そんな思考に埋もれていると、竜が言葉で颯斗に話しかけた。
『いらないの?』
その衝撃に、颯斗の返事が一瞬遅れる。
「...え、喋れんの?」
『うん、喋れるよ。あんまり驚かせちゃうといけないから、普段は喋らないようにしてるけど』
「そ、そうなのか......」
まあ、この巨体で威圧的な竜が、いきなり話したら確かに驚くだろう。それも女声だ。かくいう颯斗も、かなり驚いている。まあ、それ以前に起こったことが衝撃的過ぎて、多少冷静ではいられるが。
颯斗はそんなことを考えながら、竜からムーンミルクを受け取ろうとする。しかし動かそうとしても右腕が動かず、左手で受けとった。早く慣れないとと、心の中で自分に言い聞かせる。
その様子を見た竜が、颯斗に話しかける。
『右腕、動かないの?』
「あ、ああ、落ちた時に痛めたみたいで」
『治せると思うよ?』
「マジ?」
『マジってのが何かは知らないけど、本当だよ』
衝撃の事実である。
だが、うまい話には裏がある。この話も、例外ではなかった。
『人じゃなくなっちゃうけど』
竜の話では、竜の血を飲めば、竜人というものになれるらしい。そしてその竜人になる過程で、欠損部位や怪我をしているところもすべて治るのだそうだ。
更に、竜人なると力などの基礎能力も向上し、一部分のみではあるが、竜の特徴も使うことができるらしい。
『竜人なると、寿命が変わるの。詳しくは知らないけど、万単位で伸びるんじゃないかな。だから、その長さを生きる覚悟がないと、あんまりおすすめしないよ』
「そうか......」
颯斗は考える。自分には、家族がいる。父、母、妹。それに、学校には友人もいる。その人たちと、同じ道を歩けなくなる。それは確かに即答し難いものだった。
それに、創作物でもよくある、長く生きすぎると、精神が弱っていくなんていう、リスクがあるかもしれない。
しかし、まずは家族の元へ帰らなければならない。ここがどこだかわからないが、恐らく日本ではないだろう。竜などいるのだから、異世界なのかもしれない。そうなると、帰るためにはまず力が必要になるのだ。
颯斗は、覚悟を決めた。
「俺は竜人になろう」
『覚悟があるのなら、止めはしないよ』
そういって、竜が自身の尻尾に手の爪を突き立てた。そこから血が溢れてくる。
「大丈夫なのか?」
『うん、大丈夫。一か月もすれば、自然に回復するから。さあ、どうぞ』
そういって尻尾を颯斗の前に差し出す。その血を手ですくった颯斗は少し迷ったものの、意を決して飲んだ。口の中に、人の血の鉄のような味とは少し違う、なんとも言えない味を感じる。
「ぐはっ、あああああああああ!」
直後颯斗を襲う激痛に、思わず声を上げる。落下直後の痛みなど比でないそれは、すぐに颯斗の意識を刈り取った。
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