ヴァーチャル・ゾンビ・パンデミック
第1章・プロローグ
響き渡る銃撃音。
腕に伝わる破壊的な衝撃。
鼻腔を突き抜ける硝煙の臭い。
その中を『俺』は駆け抜ける。
周りには異形の怪物。
皮膚を腐らせ、濁った目をした生ける屍――ゾンビが取り囲んでいた。
(相変わらずリアルだな……)
そんなことを心の中で呟きながら、俺は銃を構えた。
「アァ~ッ……!」
唸り声を上げながら、ゾンビが俺に歩み寄る。
緩慢とした動き。だが、確実に迫る生気のない殺意。
「おやすみ……」
そう囁くと、俺はトリガーを引いた。
「グガッ……!」
響き渡る銃声とゾンビの苦鳴。血飛沫が中空に舞い散り、殺伐とした雰囲気に拍車を掛けた。
と、そこへ――
「接近させてのヘッドショット……男だねぇ」
呑気な声が聞こえてきた。溜め息を吐きつつ振り返ると、そこにはショットガンを手にした男が立っていた。
「のんびりとしてる場合じゃないって、分かってるか?」
迫り来るゾンビの群れを指差しながら、俺は言った。
「心配すんなって。あんなの、この『J様』に掛かれば秒殺よ、秒殺」
「んじゃ、その腕前を見せていただきましょうかね」
そう言うと、俺は脇に退いた。
「ヨッシャ、任せなッ!」
威勢良く息巻くと、Jは近くまで迫っていたゾンビの群れに対してショットガンを構えた。そして、躊躇うことなくトリガーを引く。
『カチンッ』
だが、聞こえてきたのはショットガン特有のハデな銃声ではなく、間の抜けた音だった。
「おい、どうした?」
「……ゴメン、弾が切れてた」
そう言って、何度かトリガーを引いて見せるJ。
「お前はぁッ……!」
怒声を上げつつ、俺は彼に銃口を向ける。
「ぼ、暴力反対ッ、愛は地球を救うッ!」
「黙れッ!」
言い捨てると、俺はトリガーを引いた。
パンッ、と破裂音が響き渡り、弾丸が目にも留まらぬ速さで放たれる。だが、それがJの身体を傷付けることはなかった。弾は彼の身体を突き抜け、襲い掛かろうとしていたゾンビを撃ち倒した。
「チッ……設定を変えとくんだったぜ」
「またまたぁ、俺を助けてくれたくせに」
「んなわけねえだろ」
「相変わらず素直じゃねえんだから。愛は表現すべき感情なのよ?」
「そうか。じゃあ、素直に表現しよう。愛じゃなくて……殺意だがなッ!」
そう言い捨てると、俺はJの背中を蹴り飛ばした。自然、彼はゾンビの群れに突っ込む形となり、一気に取り囲まれた。
「バ、バカッ、俺は愛を表現しろって――」
「安心しな。俺の代わりにゾンビが愛してくれるさ」
「フザけんなッ……って、近寄んなッ! グロいんだよ、お前等ッ!」
「ハッハッハ、頑張って生きてろよ」
今度は俺がノンビリと言うと、Jに群がっているゾンビを一体ずつ始末していった。
「いや~ッ! 汚される~ッ!」
「もう汚れてるから気にすんな」
必死になってゾンビを押し退けるJを半笑いで見やる俺。だが、そろそろ本格的に助けようかと、より強力な銃に変えようとした。
と、その時――
「グオアッ……!」
ゾンビが苦鳴を上げながら倒れ伏した。俺は何もしていないのにだ。
「何だ……?」
疑問に首を傾げる俺。その間にも、次々とゾンビが倒されていく。そして気が付けば、すべてのゾンビが二度目の死を迎えていた。
「相変わらず、Jが相手だと容赦がないね」
聞こえてきたのは、幼さを感じさせる高めの声。反射的に振り向けば、そこには俺と比べると頭一つ分は背の低い、可愛らしい容姿の少年が立っていた。
「ハック……」
「回復アイテムも少ないんだし、あんまり無茶しない方がいいよ」
苦笑を浮かべつつ、少年――ハックが手にしたマシンガンを下げながら言う。
「フンッ……コイツには良い薬だよ」
「ちょっとした不注意でゾンビの餌にされたんじゃ、命が幾つあっても足りねえよ」
言いながら、押し倒されていたJが立ち上がる。あれだけ群がられていたにも関わらず、怪我らしい怪我はしていなかった。
「いいじゃんか。どうせリアルに死ぬわけじゃないんだし」
自分の行為を反省した素振りもなく言う俺。それに対し、Jも『まあ、そうだけど』と怒るわけでもなく頷いた。
それは どういう意味なのかーーー実は今現在、俺達が存在しているのは、所謂『電脳空間』という場所だ。リアルの世界ではない。
それでも、視覚を始めとした五感は、しっかりと感じることが出来る。ありえない世界観以外は、現実と変わらないと言っても過言ではないだろう。まあ、当然ながら痛覚だけは取り除かれている。撃たれたり噛まれたりしても、感じるのは軽い痺れだけだ。
そうした不可思議な世界を作り出しているのは、ドリーム・ファクトリー――通称、DFと呼ばれている企業である。
十年ほど前、ヴァーチャルリアリティの技術が確立されたのを機に、DF社は電脳空間を利用したゲーム開発に乗り出した。そして五年前、満を持して発表されたのが、この『VR』と呼ばれるゲームだった。
遊び方は簡単。『ヘッドギア』と呼ばれる頭部装着型の器具をネット接続されたパソコンに繋ぐだけだ。後は、DF社のサイトに行き、遊びたいゲームを選ぶのである。そうすると、ゲームに必要なデータを、会社のメインコンピューターがネットを介してヘッドギアに送り、装着した者を電脳空間へと送るのだ。
詳しい原理は、企業秘密と言うことで発表されてはいない。しかし、安全性に関しては国からお墨付きを貰っているので、不安視する必要はないだろう。
そうした事実と、完璧なまでのリアリティから、VRは全世界で爆発的な人気になった。最初の頃は数種類しかなかったゲームも、今では数十種にまで増えている。
そんな中で、俺達が参加しているのは、発表から時間は経っているが、安定した人気を誇る『エスケープ』というゲームだ。
内容は単純。ゾンビやクリーチャーが徘徊する街から脱出するというものだ。とは言え、途中、様々な場所で仕掛けを解いたりしなければならなかったりと、そこそこの難易度もあるゲームである。
「そんで、今日はどうするんだっけ?」
「警察署の攻略。中盤の山場だから、気合い入れてかないとね」
Jの疑問にハックが答える。彼は、かなりのVRマニアであるため、このゲームも何回かクリアしているらしい。初めての参加である俺達にとっては、貴重な情報源だ。
「山場って言っても、どこかの間抜けが弾切れしてるぞ」
横目でJを見やる。
「困るよなぁ。そういう計画性のないヤツって」
しかし、そんな嫌味もどこ吹く風。Jはアッケラカンとして言い放った。
「大丈夫。保管庫まで行ければ、弾は一杯あるから」
「だろ? 俺は、そこまで計算して――」
「お前は黙ってろ」
冷静に突っ込むと、俺は手持ちの手榴弾をJの口に押し込んだ。安全ピンを外さなかったのは、せめてもの情けだ。まあ、爆発したところで害はないが。
と、そこへ――
「クスクスッ……相変わらず仲良しだね、二人とも」
鈴を転がしたような声が俺の耳に届いた。その方向に視線を向けると、思わず目を奪われるような美少女が立っていた。
「よお、レイカ。遅かったな」
「うん、ちょっと用事が長引いちゃって」
レイカと呼ばれた少女は、おどけるように舌を出した。そんな様も絵になっていると、俺は素直に思った。
「さてと、これで揃ったね」
「ああ、そうだな」
ハックの言葉に、俺は頷いた。この四人が、俺の組んでいるチームなのである。
「そんじゃ、警察署に向かいますか」
元気一杯と言った感じで、Jが力強く歩き始める。その姿を見て俺は――
「……お前が言うと自首するみたいに聞こえるな」
思わずポツリと呟いた。
「ブッ……」
それを聞いたレイカとハックの二人が吹き出す。彼女達も、そんな風に思えたのかもしれない。
「酷え奴等だな……」
拗ねるJ。だが、彼も自分の容姿が相手に与える印象を理解しているのか、機嫌を損ねるようなことはなかった。
「悪い悪い。思わず素直な感想が出ちゃって」
「フォローになってねえって」
そんなやり取りをしながらも、俺達は警察署に向けて歩き始めたーーー
腕に伝わる破壊的な衝撃。
鼻腔を突き抜ける硝煙の臭い。
その中を『俺』は駆け抜ける。
周りには異形の怪物。
皮膚を腐らせ、濁った目をした生ける屍――ゾンビが取り囲んでいた。
(相変わらずリアルだな……)
そんなことを心の中で呟きながら、俺は銃を構えた。
「アァ~ッ……!」
唸り声を上げながら、ゾンビが俺に歩み寄る。
緩慢とした動き。だが、確実に迫る生気のない殺意。
「おやすみ……」
そう囁くと、俺はトリガーを引いた。
「グガッ……!」
響き渡る銃声とゾンビの苦鳴。血飛沫が中空に舞い散り、殺伐とした雰囲気に拍車を掛けた。
と、そこへ――
「接近させてのヘッドショット……男だねぇ」
呑気な声が聞こえてきた。溜め息を吐きつつ振り返ると、そこにはショットガンを手にした男が立っていた。
「のんびりとしてる場合じゃないって、分かってるか?」
迫り来るゾンビの群れを指差しながら、俺は言った。
「心配すんなって。あんなの、この『J様』に掛かれば秒殺よ、秒殺」
「んじゃ、その腕前を見せていただきましょうかね」
そう言うと、俺は脇に退いた。
「ヨッシャ、任せなッ!」
威勢良く息巻くと、Jは近くまで迫っていたゾンビの群れに対してショットガンを構えた。そして、躊躇うことなくトリガーを引く。
『カチンッ』
だが、聞こえてきたのはショットガン特有のハデな銃声ではなく、間の抜けた音だった。
「おい、どうした?」
「……ゴメン、弾が切れてた」
そう言って、何度かトリガーを引いて見せるJ。
「お前はぁッ……!」
怒声を上げつつ、俺は彼に銃口を向ける。
「ぼ、暴力反対ッ、愛は地球を救うッ!」
「黙れッ!」
言い捨てると、俺はトリガーを引いた。
パンッ、と破裂音が響き渡り、弾丸が目にも留まらぬ速さで放たれる。だが、それがJの身体を傷付けることはなかった。弾は彼の身体を突き抜け、襲い掛かろうとしていたゾンビを撃ち倒した。
「チッ……設定を変えとくんだったぜ」
「またまたぁ、俺を助けてくれたくせに」
「んなわけねえだろ」
「相変わらず素直じゃねえんだから。愛は表現すべき感情なのよ?」
「そうか。じゃあ、素直に表現しよう。愛じゃなくて……殺意だがなッ!」
そう言い捨てると、俺はJの背中を蹴り飛ばした。自然、彼はゾンビの群れに突っ込む形となり、一気に取り囲まれた。
「バ、バカッ、俺は愛を表現しろって――」
「安心しな。俺の代わりにゾンビが愛してくれるさ」
「フザけんなッ……って、近寄んなッ! グロいんだよ、お前等ッ!」
「ハッハッハ、頑張って生きてろよ」
今度は俺がノンビリと言うと、Jに群がっているゾンビを一体ずつ始末していった。
「いや~ッ! 汚される~ッ!」
「もう汚れてるから気にすんな」
必死になってゾンビを押し退けるJを半笑いで見やる俺。だが、そろそろ本格的に助けようかと、より強力な銃に変えようとした。
と、その時――
「グオアッ……!」
ゾンビが苦鳴を上げながら倒れ伏した。俺は何もしていないのにだ。
「何だ……?」
疑問に首を傾げる俺。その間にも、次々とゾンビが倒されていく。そして気が付けば、すべてのゾンビが二度目の死を迎えていた。
「相変わらず、Jが相手だと容赦がないね」
聞こえてきたのは、幼さを感じさせる高めの声。反射的に振り向けば、そこには俺と比べると頭一つ分は背の低い、可愛らしい容姿の少年が立っていた。
「ハック……」
「回復アイテムも少ないんだし、あんまり無茶しない方がいいよ」
苦笑を浮かべつつ、少年――ハックが手にしたマシンガンを下げながら言う。
「フンッ……コイツには良い薬だよ」
「ちょっとした不注意でゾンビの餌にされたんじゃ、命が幾つあっても足りねえよ」
言いながら、押し倒されていたJが立ち上がる。あれだけ群がられていたにも関わらず、怪我らしい怪我はしていなかった。
「いいじゃんか。どうせリアルに死ぬわけじゃないんだし」
自分の行為を反省した素振りもなく言う俺。それに対し、Jも『まあ、そうだけど』と怒るわけでもなく頷いた。
それは どういう意味なのかーーー実は今現在、俺達が存在しているのは、所謂『電脳空間』という場所だ。リアルの世界ではない。
それでも、視覚を始めとした五感は、しっかりと感じることが出来る。ありえない世界観以外は、現実と変わらないと言っても過言ではないだろう。まあ、当然ながら痛覚だけは取り除かれている。撃たれたり噛まれたりしても、感じるのは軽い痺れだけだ。
そうした不可思議な世界を作り出しているのは、ドリーム・ファクトリー――通称、DFと呼ばれている企業である。
十年ほど前、ヴァーチャルリアリティの技術が確立されたのを機に、DF社は電脳空間を利用したゲーム開発に乗り出した。そして五年前、満を持して発表されたのが、この『VR』と呼ばれるゲームだった。
遊び方は簡単。『ヘッドギア』と呼ばれる頭部装着型の器具をネット接続されたパソコンに繋ぐだけだ。後は、DF社のサイトに行き、遊びたいゲームを選ぶのである。そうすると、ゲームに必要なデータを、会社のメインコンピューターがネットを介してヘッドギアに送り、装着した者を電脳空間へと送るのだ。
詳しい原理は、企業秘密と言うことで発表されてはいない。しかし、安全性に関しては国からお墨付きを貰っているので、不安視する必要はないだろう。
そうした事実と、完璧なまでのリアリティから、VRは全世界で爆発的な人気になった。最初の頃は数種類しかなかったゲームも、今では数十種にまで増えている。
そんな中で、俺達が参加しているのは、発表から時間は経っているが、安定した人気を誇る『エスケープ』というゲームだ。
内容は単純。ゾンビやクリーチャーが徘徊する街から脱出するというものだ。とは言え、途中、様々な場所で仕掛けを解いたりしなければならなかったりと、そこそこの難易度もあるゲームである。
「そんで、今日はどうするんだっけ?」
「警察署の攻略。中盤の山場だから、気合い入れてかないとね」
Jの疑問にハックが答える。彼は、かなりのVRマニアであるため、このゲームも何回かクリアしているらしい。初めての参加である俺達にとっては、貴重な情報源だ。
「山場って言っても、どこかの間抜けが弾切れしてるぞ」
横目でJを見やる。
「困るよなぁ。そういう計画性のないヤツって」
しかし、そんな嫌味もどこ吹く風。Jはアッケラカンとして言い放った。
「大丈夫。保管庫まで行ければ、弾は一杯あるから」
「だろ? 俺は、そこまで計算して――」
「お前は黙ってろ」
冷静に突っ込むと、俺は手持ちの手榴弾をJの口に押し込んだ。安全ピンを外さなかったのは、せめてもの情けだ。まあ、爆発したところで害はないが。
と、そこへ――
「クスクスッ……相変わらず仲良しだね、二人とも」
鈴を転がしたような声が俺の耳に届いた。その方向に視線を向けると、思わず目を奪われるような美少女が立っていた。
「よお、レイカ。遅かったな」
「うん、ちょっと用事が長引いちゃって」
レイカと呼ばれた少女は、おどけるように舌を出した。そんな様も絵になっていると、俺は素直に思った。
「さてと、これで揃ったね」
「ああ、そうだな」
ハックの言葉に、俺は頷いた。この四人が、俺の組んでいるチームなのである。
「そんじゃ、警察署に向かいますか」
元気一杯と言った感じで、Jが力強く歩き始める。その姿を見て俺は――
「……お前が言うと自首するみたいに聞こえるな」
思わずポツリと呟いた。
「ブッ……」
それを聞いたレイカとハックの二人が吹き出す。彼女達も、そんな風に思えたのかもしれない。
「酷え奴等だな……」
拗ねるJ。だが、彼も自分の容姿が相手に与える印象を理解しているのか、機嫌を損ねるようなことはなかった。
「悪い悪い。思わず素直な感想が出ちゃって」
「フォローになってねえって」
そんなやり取りをしながらも、俺達は警察署に向けて歩き始めたーーー
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