しょうらいのゆめ
道端の責任
一話
奈央が我が家から出て行ってからはや三日が経った。着の身着のままで出て行ってしまったあの子の安否が心配でならない。そんな私の隣にいても、夫の祐は悠然としていた。
   私が警察に届け出ようとした時も、祐は制止した。常に世間体を気にする彼にとっては、警察に厄介にならないようにするのが当たり前のことらしかった。
   せめてと私は手当り次第に同級生の家に電話をかけた。しかし、誰も奈央の居場所を知る人はいなかった。嘘をついているかもしれない、という考えは無かった。なぜなら、あるクラスメイトが一言こう言ったからだ。
「奈央くんは虐められてるので、宛てはないと思いますよ」
その時の衝撃は何にも表しようがなかった。受話器を置くのと同時に膝から崩れ落ちたのを覚えている。それを祐に伝えても、彼は新聞紙から目も逸らさなかった。祐が我が子を本気で心配している様子は、今までで一度も見ていない。
   奈央は、なぜ虐められていることを話してくれなかったのだろうか。ある時行き先を伝えずに出掛けるようになったのも、夜な夜な帰ってくるようになったのも、私は悪いあそびを覚えたからだと思っていた。そう思っていたからあの時根拠もなく言い寄った。
   あの時、あの子を素直にさせていれば。あの子の口から一言でも辛い、助けて、と言わせていれば、結果は違ったかもしれなかったのに。
   奈央がいなくなってから四日目の朝、朝食を食べる祐に私は言った。
「一週間帰らなかったら、捜索願出していいわよね」
すると、祐はあからさまに嫌な顔をした。食器を置いて、私を正面から睨む。負けじと私も睨むと、彼は観念したように勝手にしろ、と呟いた。
   しかし、あと四日なんて待っていられない。奈央はまだ中学一年生で、社会を知らない。もし、悪い大人の人に言いくるめられていたら、なんて想像するだけで血の気が引く。
   こういう時に保護者がしっかりしていないと、と気を引き締めてみるものの、手掛かりがないのを思い出して再び不安になる。
   私は午前十時頃にはパートに出て、帰ってくるのは午後五時頃。それ以外の時間で探したいけれど、見当もつかない。奈央の部屋に入って物を見てみた。何をどこのお店で買っているのか調べようとした。けれど、そんな情報はどこにも記されていなかった。商品を見ても箱を見ても、あの子の出没地が全く予想できなかった。
   祐に捜索願の相談をした後、私は家事も早々に切り上げ、自宅から学校近辺にかけて奈央を探しに出掛けた。すると、登校時間を過ぎているのに歩いている少女を見つけた。
   私服姿で相観は高校生に見えたが、赤く腫らした目が幼い雰囲気を零していた。泣いたのか、アレルギーなのか、原因はわからない。私は何か知ってることはないかと声をかけた。
「近くで中学一年生くらいの男の子を見かけませんでした?」
少女は知りません、と足早に私から逃げようとした。しかし、その反応がいかにも問い詰められたくない挙動だったので、私は詰め寄った。
「あなた、中学生なんじゃない?学校に行かないの」
「もしかしておばさん、奈央くんのお母さん?」
質問を質問で返されたが、自分の追い求めている名前が出て、私はつい少女の両肩を掴んでしまった。
「奈央の、知り合いなの」
是が非でも情報が欲しい。まさか、こんなに都合よく奈央を知っている人に出会うなんて。少女は最初不安気な表情をしたが、やがて吹っ切れたように私に向いた。
「奈央くん、今日家に帰るつもりだと言っていました。必要なものだけを取りに」
彼女が嘘をついている様子は無かった。なにより、嘘をつく理由がない。
「どうして、奈央と話したの。いつ、どこで」
彼女はバックから何かを取り出した。
   藍色の円形をしたものだった。
「これ、奈央くんの部屋に置いておいてください、では」
「ちょっと!待って!」
彼女はなりふり構わず走って逃げて行っていた。私は到底彼女には追いつけなかった。私の手に握られたものは、開けてようやく中身がわかった。
「……ワックス?」
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