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しょうらいのゆめ

ぐう

背徳に溺れる



一話

   リフは、心の傷のためにも家に帰ることを勧めた。あの後、異世界で長く時を過ごした。僕を攻撃した人たちから誠心誠意の謝罪を受け、僕も同じように頭を下げたと思う。

   その場に遅れて、フレデリカが来た。涙を流しながら僕に謝罪した。あの時みんなに催促してしまうようなことを言ったのは自分だと、今回の騒動は自分が引き起こしたのだと自身を責めている様子だった。僕がひたすら慰めの言葉を言っても彼女は満足しなかった。そこで、僕は条件付きでフレデリカを許すことにした。

「スープとブリオッシュを作ってくれなきゃ許さない」

フレデリカは石のように顔を上げなかったが、その時ばかりは僕を向いた。

「それだけ?それだけでいいの?」

僕が笑って言うと、彼女は泣き笑いながらありがとう、と言った。

   現実世界でどのくらい時間が経っているのか計算するのが面倒になって止めたころだった。原因が家庭や日々の生活にある以上、現実世界に戻らないでは解決しないことをリフはわかっていたのだ。僕は渋々といった気持ちでゲートの前に立った。帰りたくないと、子供みたいに愚図りたくない。

   僕はまだ無意識に殻にこもっていた。

「じゃあ、行ってくる」

「ああ。いつまでも待っているよ」

   まるで旅立ちの日のような空気感の中、僕はゲートに踏み入れた。現実世界に戻った時、ちょうど学校のチャイムが鳴っていた。校舎の影から見ると、様々な学年がグラウンドに駆けているからどうやら昼休み開始のチャイムだったようだ。人目につかない夜が良かったが戻ってきてしまったものは仕方がない。職員駐車場から抜け出して、時間を潰しながら今後どうするか考えよう。

   そう思い足を踏み出したその瞬間、後ろからか細い声が聞こえた。

「奈央くん?」

反射的に肩が上がり、縮こまったまま徐に振り返った。視線の先には、同じクラスの女子が立っていた。

   名前は、沢崎日和。僕を虐めない数少ない生徒だったから覚えている。何故昼休みにこんな所にいるのか、いや、そんなことより彼女がこのまま走って先生に告げ口しないかを危惧する方が優先だ。僕は彼女が逃げないように会話を続けようとした。

「沢崎さん、ど、どうしたの?こんな所で」

それは沢崎さんも同じことを思っているだろう。少し汗ばんだこめかみに手を這わせながら、彼女は僕に近づいてきた。それにしても、何故ここにいるのかだけではなく、彼女には違和感があった。そう、彼女はまだ昼休みだと言うのにバックを背負っていたのだ。早退でもするのだろうか。それにしては具合が悪そうには見えないが。

「ちょっとね、帰ろうと思って」

「早退?」

「ううん。違うの。それより、奈央くんはどうしてここに?今日登校してなかったよね?」

うまく質問をかわされたことに気付きつつ、僕も同様にはぐらかすことにした。

「学校で用事を終えてきたところなんだ。すれ違ったのかな」

掠れた笑いがグラウンドの声たちに掻き消される。別段彼女も疑っている感はなく、しばしの間沈黙が流れた。すると、彼女が突然僕の腕を掴んできた。

「うわっなに?」

怯んで一本後ずさりするが、彼女は断固として手を離さなかった。俯いて表情の見えない彼女の手は、震えていた。

「このあと、ひま?」

「えっと、うん」

僕は計り知れない彼女の圧に、気がついたら返事をしていた。ぱっと上げた彼女の顔には、満面の笑顔が張り付いていた。

「そう!それなら、一緒に遊びに行こう!私のことは日和って呼んでいいよ!行こう、奈央くん!」

突如人格が変わったように明るく言う彼女、日和さんは、有無を言わさず僕の手を掴んだまま歩き出した。

「ちょっと、どこ行くの」

「どこに行きたい?私はね、ショッピングとか、映画とか見に行きたいな!」

デートを連想させるようなコースに、僕はどう反応していいか分からなかった。そこで、僕はあることに気がつく。

「僕、お金持ってきてないんだけど」

何しろ僕は今バックすら持ってない。不安げなのが表情から見て取れたのか、日和さんはそれを薙ぎ払うように明るい笑顔を見せた。

「いいの、私が持ってるから」

「駄目だよ。お金の貸し借りは良くないって……」

「親に言われたんでしょ?」

「う、うん」

日和さんの白い歯は太陽の光でよりいっそう輝いて見えた。

「親なんてくそ喰らえよ。言うこと聞くだけ馬鹿らしいわ」

まるで日和さんが発した言葉ではないかのように、投げ出されたものは汚くくすんでいた。

   日和さんはいつも教室の端で本を読んでいて、静かな女子たちと一緒に行動していた。そんな大人しい日和さんからは全く予想もできない言葉。日和さんをそうしたのは、今しがた綺麗な口から投げ出された〝親〟なのだろうか。僕は日和さんに何も返せずに、大人しくついていった。

   日和さんと歩く道すがら、何回か補導された。僕が慌てる横で、日和さんは毅然として「今日は開校記念日で学校お休みなんです。普段は学校帰りに遊びに行けないので、せっかくだし制服デートしようかってなって…」と嘘八百を並べ立てた。そんな日和さんが、普段学校で大人しい生徒だと誰が思うだろうか。

   学校を出てすぐ、日和さんは近くのコンビニのトイレに入った。僕は外で待っていたが、十分待っても出てこない。やはり冷やかしだったのかと立ち去ろうと考えた時、見違えた日和さんが出てきた。スカートは膝上二十センチ程になっていて、お下げにしていた髪は解かれて風に揺れていた。目元には明るい色がのっていて、唇は白い歯と対照的に真っ赤な口紅が塗られていた。おまけにシャツは第二ボタンまで開いていて、眼鏡を外していたので一瞬誰だか分からなかった。

「準備完了!さあ、奈央くんもイメチェンするわよ」

「ええ?僕はいいよ」

「そう言わないで!私たちは高校生になりきるんだから!」

日和さんはすぐに近くのワックスを手に取り、レジに向かった。買ったばかりのワックスを袋から取り出して、僕らは多目的トイレに入った。人形の気分を味わいながら、髪をやたら目ったら引っ張られて約五分。鏡を見た僕は唖然とした。

「これ、本当に僕……?」

そこには、今までに見たことのない自分がいた。なにかの雑誌の表紙にいる俳優のヘアセットと何ら変わりはなかった。日和さんにこんな特技があったのかと、僕は毛先をいじりながら感心した。

「奈央くんよ。ね?格好いいでしょ?」

得意げに微笑んだ彼女は、僕にワックスを手渡した。

「明日から自分でやってきて!」

「じ、自分で?ていうか、明日からってどういう……」

「明日もどうせ学校に行かないんでしょ?なら私と遊ぼう」

勢いでワックスを受け取ってしまった僕は、激しく後悔した。これは、今とんでもないことに巻き込まれているのではないだろうか。

   心の傷を治してくるとリフに言ったのに、嘘をついた裏で女子生徒と遊んでいるなんて。それに、家にも帰らず。ひどく悪いことをしている気分になったが、そんな背徳感がその時は気持ちがよかった。

   それから約一時間。僕らは補導員の目を掻い潜ってショッピングモールでも映画館でもない、遊園地に来ていた。日和さんは本当にたくさんのお金を持っていた。理由は聞かなかったが、とにかくたくさん持っていた。お昼を園内で食べたあと、僕らはひたすら乗り物に乗った。何も考えず、楽しむことだけに集中した。僕が乗り物酔いしても、日和さんは嫌な顔ひとつせずに飲み物を買ってきてくれた。

「こんなにお金を使って大丈夫なの」

いらぬ心配だったかもしれないと、口に出してから思った。それは日和さんの浮き上がった眉が一瞬で吊り上がったからだ。身の毛のよだつその表情に、僕は気圧された。



「もう、こんな時間ね。いくら高校生でもいよいよ補導されちゃうわ」

架空の人物になりきっていた日和さんがそう言ったのは午後十時を回った頃だった。七時頃には遊園地を出た僕らは、その足でボウリング場や、カラオケに行っていた。日和さんは、その間ずっとスマートフォンから目を離していなかった。確かに、家に帰るまでに一時間はかかるから、このまま遊んでいては補導されてしまう。しかし、手馴れたように遊ぶ日和さんには、この危機から逃れる打開策をなにか持ち合わせているのだと思った。

「そうだね」

すっかり有頂天になっていた僕に、日和さんはお札を差し出してこう言った。

「奈央くんは一人で帰って。私はまだ用事があるから」

「え?でも、補導されちゃうんじゃ」

「私はされないわ。〝用事〟があるもの」

日和さんの言う用事が何か僕は分からなかったが、遊園地の時と同様に怖い顔をしていたので、大人しく引き下がった。家に帰るつもりがなかったので、お札を受け取る気はなかったが、日和さんは無理やり僕におでこにほくろのあるおじさんの顔がプリントされたお札を押し付けた。

「今日のお礼。付き合ってくれてありがとう」

「え、いや……僕は何も」

「あと、これから二人でいる時のことは、誰にも内緒よ。わかった?」

目尻の化粧が少し暗く滲んでいるのが、より恐怖を駆り立てた。僕は二つ返事でお札を受け取った。

「じゃあ、明日朝の八時半に学校の近くの公園で待っているわ」

言うが否や、日和さんは可憐な笑顔を残して踵を返した。日和さんはすぐに雑踏に飲まれ、夜の街に消えた。日和さんがあの後、どこに何しをしに消えたのか僕は訝しげに思ったものの、その疑問は存外すぐに解決されることを僕はまだ知らなかった。




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