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しょうらいのゆめ

ぐう

アリ


一話

「お前、落ちたんじゃなかったのか」

「なんの話」

「だって、俺たちがバットで、怪我は」

「バットで?怪我?僕をぼこぼこに殴ってくれたって?」

「い、いや、なんでもない。何だよあいつ、気持ち悪い」

翌日、学校に行くなり彼らのグループが怯えた様子で話しかけてきた。PTAか教育委員会か教師かに告げ口をされるのを怖がる彼らのために、いっそ言ってしまった方がいいかと思えたが、あの場所に今後人を寄り付かせたくなかったため言えなかった。まさか見つかるわけがないだろうと思いながらも、あまり人は近寄らせたくない。
   しかし、彼らが僕をバットで殴打して崖に追い込んでくれていなかったら、僕はあの世界に行くことができなかった。僕の後先考えない行動も昨日ばかりは役に立った。それに、怪我を負っていたから、治してくれたリフたちとの絆が芽生えたような気がする。彼らには一応感謝しておこう。せいぜい告げ口されるかもしれないという恐怖に震えるといい。
   今もフレデリカが作ってくれた鍋は自室に置いてある。誰にも見つからないように押し入れの中のタンスの中に入れておいた。しかし、僕は一つ引っかかることがあった。
   それはリフの言葉だ。僕があの世界にまた訪れてもいいかと聞いた時、リフはこう言った。〝僕らは元々人間が好きなんだ〟元々好きと言うことは、昨日の時点では多少なりとも人間を嫌っていたということではないだろうか。
   原因はなんだろう。温厚な彼らが嫌うようなこと。恐らく三〇〇年前に奇跡的に訪れた人間があの世界で何かをしたのだ。
   そもそも現実世界での三〇〇年ではない。僕があの世界で丸一日寝ていて、現実世界に戻った時は、僕が落ちた日の夜だった。つまり放課後呼び出された僕は四時間程あの世界で過ごしてから現実世界に戻ってきたわけだ。
   要するにあの世界の六分の一の時間が現実世界の時間だ。だからあの世界で三〇〇年ぶりだとしても、現実世界ではたったの五〇年ということになる。僕が一日過ごしている間に彼らは四日を過ごす。どのような時間軸なのか全く理解出来ないが、面白い。
   彼らはリーファと言ってとても植物を大事にしていた。それなら同様に水を資源とした生活をした種族、土や砂などを資源とした種族もいるのだろうか。
   そして三〇〇年前に訪れた人間は彼らの軸ともなるそれらをめちゃくちゃにしたのだろうか。
   いつまでも夢心地の感覚から抜け出せずに一帯にその夢を抱えながら上の空で学校を過ごした。すぐ側には彼らがいる。そう思えるだけで僕は一人ではない気がして、根拠のない自信が溢れ出るように気分が高揚した。

   しかし、その時は無残に僕に会いにきた。

「部活始まる前にコンビニ行ってこいよ。ダッシュで」

激しい音を立てて、帰り支度をする僕の机に彼らは荷物を叩きつけた。今朝僕に雑言を投げかけた彼らではなく、異なる連中がいつものように僕に命令してきた。だが僕はいつもの僕ではない。太ももの上で握りしめた拳を徐に緩めると、自分のバックを手に取った。

「僕帰るから」

「何言ってんだよ」

踵を返してやや早めに教室を出ようとする僕の肩を、思い切り彼らの一人が引っ張った。足に力を入れて何とか踏ん張ったが、体制を崩した僕は気がついたら床に這いつくばっていた。頭が右へ左へぐわんぐわんと揺れて、平行を保てず吐き気に襲われた。

「俺が行けっつってんだよ、行け。言うこと聞けるよな」

遅れて口の中に鉄の味が広がる。じわじわと生温い液体が口の中を満たし、次いで床に赤いそれが滴るのを見て、ようやく僕は殴られて出血をしているのだと気づいた。瞬間、体中の血液を抜かれたように冷えた。

「無視してんのか、お前ごときが」

「ち、ちが」

「聞こえねーよ」

彼の上履きが僕の目前に迫って、避けるまもなく顔面に受けた。
   再び激痛が走る。一メートル程飛ばされ、反射的に鼻を押さえたが、それでも指の隙間から赤いのがぼだぼだとすり抜けて床を赤くした。鼻が曲がっていないか、歯は折れていないか、それを確認しようと震える指で触れるが、何も感覚が無くてそれが余計に不安を煽った。
   床に透明な液体が波紋を広げ、僕はどうやら泣いているらしいことも自覚した。歪んだ視界の中見つめた先には、まるで枯れた花を憐れむように見つめる彼らがいた。

「お前が昨日何していたんだか知らねーが、所詮はお前だ。逆らおうとするな、殺すぞ」

ひゅっと息が詰まる感覚がして、僕は大きく頭を振った。

「さ、さからおうなんてしてないよ。何を買ってきたらいい?」




   夕暮れ、机や椅子の足から伸びる影が僕にストライプの模様を写した。激走して彼らに冷たいアイスを届けた後に、雑巾で赤く染まった床を拭いた。微かに染みになった床を見つめながら僕は床に座り呆然としていた。
   今日は、勝てると思った。あんなことがあった昨日の今日だからこそ、勝てるような気がした。それでも、負けた。屈した。彼らに胡麻をすった。機嫌をとった。それがどんなに情けなくて、愚かな行為か。彼らの行いと同等な醜劣なものだ。

「最悪だ」

僕は久々に悔し泣きした。虐めを自覚してから数週間は毎日泣いてい暮らしていたがここ最近は慣れてそんなことも無くなっていた。
   グラウンドからは相変わらず金属のノック音が遠く聞こえた。教室の窓から覗く夕焼けは、まるでそうしている僕を嘲笑しているように見えた。
   義務教育の肩書きの傍らに恐喝、暴行などという犯罪行為が起きている。こんな世界を、誰が知っているだろうか。こんな世界で、誰が生活しているのだろうか。そんな運命を甘んじて受けることしか出来ない僕に、存在価値はあるのか。僕が見誤っただけなのか。やはり、逆らうべきではないのか。
   世界に置いてけぼりにされた僕の居場所はとっくに無くなっていたのだと、奪い去った彼らの手で教えられた。

「行こう」

僕はバックを掴んで走り出した。


「ただいま」

「おかえり。奈央今日ご飯スパゲティでいいかしら」

「今日遅くなるから、自分で作るよ」

「珍しいわね。お友達と遊んでくるの」

「そんな感じ。じゃあ行ってきます」

マスクを付けて、なるべく母と目を合わせないようにして家を出た。先ほど走ってきた道を逆走して、自分の体力以上に気持ちが急かして足をあの茂みへと動かした。精一杯に握りしめた手の中にはフレデリカの鍋が眠っていた。道行く人が僕を見ていたが、そんなもの気にならなかった。
   職員駐車場から忍び込むようにして校地内に入った。昨日散々に殴られたあの場所に立つ。後ろを振り返ると小さな蟻の巣は埋められていて、昨日のように僕の側に寄る蟻はいなかった。
   人間が足を一歩動かしただけで、蟻の祖先、子孫、家系は根絶やしにされる。人間がなんとも思わぬうちに彼らは生き埋めとなって死ぬ。虐めるやつの誰か一人に拳を一振りされるだけで、僕の抵抗心が消滅するように。
   学校に来るまでに手の中で揺さぶられていた鍋が零れていないか心配だったが、リフの魔法のおかげで一滴も零れていなかった。しかし、昨日帰宅した時も確認したが、どうにもこの魔法の解き方がわからない。どれだけ指でつついても、押しても、割れないしぐにぐにと変形するだけで何も変化が無かった。どうすればこの鍋の中身を飲めるのだろうか。
   考えあぐねていた時、背後から人の気配がした。

「ここだよな、昨日の」

それは昨日僕を散々にしてくれた彼らの声だった。やはり不自然に思ったのかわざわざ来たのだ。なんとタイミングの悪い。僕は動転して、マスクを外して魔法の解けていない鍋を口に運んだ。すると、ぱちんとベールが割れて中身が口の中に流れ込んできた。

「っ!」

なるほど、唇に触れさせるだけで解けるのか。少しとろっとした液体が粘膜を包むようにして胃に流れる。あの時に嗅いだいい香りから想像できる通りに甘くてまろやかなスープのようなものだった。

「あ?誰かいるのか」

まずい。僕は急いで茂みの奥に走った。しかし、それも束の間、滑るように動いていた足が時が止まったように動かなくなった。つま先が丘の先に出て、空中で遊んだ。ゲートの時も身がすくむほど怖かったが、まだ景色が目の前に見えていないだけ良かった。目の前では、夕暮れの美しい街並みが一望できた。
   一歩、踏み出さなければ。彼らに会うために。昨日だって行けたんだ。今日だって。冷や汗が顎に伝って崖の下に落ちた。

「おい、誰だよ」

草をかき分ける音が背後から聞こえる。数人の足音が近付いてくる。警察に追い詰められる犯人の気持ちはこういうものなのだろうか。
   昨日は逃げていたから気が動転して落ちることが出来ただけ。今日は、自分の意思で落ちる。そんなこと、僕に出来るか?もし、失敗したら。命さえ手放してしまったら。

「出てこい!」

「ああ、もう、くそ」

半ばやけくそで、僕は少し助走をつけてから踏み切って崖から飛び降りた。固く目を瞑り、赤ん坊が寝ている時のように丸くなって落下した。フレデリカのコンタクトが胃の中で踊っている浮遊感を最後に、僕は意識を手放した。



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