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しょうらいのゆめ

ぐう

奇跡の偶発


二話

   いい香りがする。鼻腔をかすめる匂いが青臭いものではないことに気付き、刹那の内に黄泉の国にやってきたのだなと感心した。小さな爆発音がなる中で、焚べられた薪が火と一緒に踊っているのが見えた。その上には大きな鍋があり、どうやらそこが匂いの元だったようだ。
   もしかして僕は地獄に来てしまったのか。事故とは言えど、自ら身を投げたことに変わりない僕は、地獄の釜で肉が溶けて骨も跡形も無いほどに煮えるまで入れられるのか。それはそれで衝撃的だが、現代の地獄が釜の中に入浴剤を入れていることも衝撃だ。何度匂いを嗅いでみても、地獄の釜からいい香りがした。
   起き上がろうと無意識に左手を動かそうとすると、なんの痛みもなく動いた。地面に手をついて力強く押した反動で起き上がる。腹部にも痛みはなかった。地獄にしては周りは草花ばかりで、和やかで穏やかな場所に思える。僕の想像だと、地獄は黒い岩盤の間をマグマが流れている壁で覆われていたのだが。
   僕の足元を細い川が流れ、水面には草で造られた船が浮いていた。

「リフ!人間が起きたわ!」

「わっ」

突然どこからか声が聞こえ、幻聴ではないかと耳を疑った。草の陰から体長が定規一本にも満たない生き物が走ってきて、幻聴だけでなく幻覚まで見えるようになったのかと目を疑った。
   人間ではない、妖怪でもない。強いていえば、小人、のような、妖精、のような。
深緑の色をしたとんがり帽子に、クリーム色の布を継ぎ接ぎして服にしたようなシャツ、肩からサスペンダーで繋がれたカボチャパンツから覗く足は、爪先が跳ね上がったブーツを履いている。手にはグローブがはめられていて、たくさんの草を持っていた。彼の背中からは弓矢の頭が飛び出ていて、いたずらにそれを引かれるのではないかと目が離せない。道端に転がっている枝が弓で、細い麻が何層にも編み込まれたものが弦になっているように見えた。
   初めて見る生物に、俺はもう一度気絶してしまいそうな勢いで再び寝転がった。

「人間が倒れてしまったわ!」

「今度こそ死んでしまう!」

耳元でキーキーと騒ぐこいつらは、一体何者なのか。ここはどこなのか。現実なのか疑問が浮かんでは解消されないままぐるぐると頭の中を浮遊した。

「人間、生きてるのか」

目を開けて辺りを見回す僕を未確認生物が上から見下ろす。顔は普通にアジア顔なのに、どうしてこんなに背が小さいのだろうか。見てみれば周りの道具も全て僕にとっては小さいものから作り上げたものだ。
本当に小人?そんなもの、存在するのか。

「い、生きてる」

「そうか、よかった。ならば急な行動は控えてくれ!人間が動くと僕らには多大な影響が出てしまうのでな!」

先ほど僕が寝転がっただけで彼らにとっては大地震になることに、今気づいた。だから鍋の側にいた彼女が慌てていたのか。
   彼らを怒らせてしまったら何をされるかわからない。僕は恐怖から開口一番に謝罪をし、次いで話を逸らした。

「ご、ごめんなさい。君たちが僕を助けてくれたの」

「そうさ!突然人間が僕らの世界に迷い込んできたと思ったら大怪我を負っているんだもの。驚いたよ」

普通に未確認生物と会話が出来ていることに驚いた。
   しかしあれだけの打撲をよく治せたな。完治している腕や腹が、彼らの医療技術の素晴らしさを物語っていた。
   どうやら地獄ではないこの場所。〝迷い込んだ〟そう言う彼らの住処は普段は人間が踏み込まない場所らしい。
   つまり、異世界。ここが実在する場所かどうかなんて、もはやどうでもよくなっていた。予想外の生命体がいるだけで正常な判断など出来やしない。

「助けてくれてありがとう。君たちは命の恩人だ」

「困った時はお互い様って、人間はよく言う。僕らは何もされたこと無いけどね!」

「そ、それはごめん」

「いいさ、気にするな。僕らは人間にはないマナを持っているんだ。だから君みたいな大きな体も治癒魔法で一瞬なのさ」

「魔法…君たちは何者なの」

とにかく聞きたいことは山のようにあったが、順を追って聞いた。彼らは人がいいと言うか、疑いの心が欠片もなかった。たった今現れた人間に対して治癒し、聞かれたことを全て話すなんて、子供よりも不安因子だ。しかし、だからこそ僕は今生きているというのも事実だ。

「僕らはリーファさ!主に草木を使って生活をしている。食べ物や家、外敵から身を守るための道具も全て草木から創造したものさ」

「そうか、それで……。ここへ人間はよく来るの」

「君が約三〇〇年ぶりだ」

「さ、三〇〇年だって!?君たち、何歳なの」

素朴な疑問が口をついて出た。桁違いな数字が出たことに驚天し、まだ八歳くらいにしか見えない彼に聞いた。

「僕らの平均寿命は約八〇〇歳と言われている。ちなみに僕はまだ三四七歳だ」

「へ、へえ……そうなんだ」

もはや驚くことさえままならず、相槌を打つことで精一杯。
   そんな僕を見て、彼は持っていた草を置いてグローブをはずした。ちょこんとした手が僕の前に差し出される。

「人間、まだ名前を聞いていなかったな。私はリフ・アラゲルト。リフとでも呼んでくれ」

「ぼ、僕は飯草奈央。よろしくリフ」

指一本が爪楊枝くらいの太さなので、僕は人差し指を出した。するとリフは手のひら全体で僕の指紋を這うようにして握手した。

「彼女は僕のお嫁さんだ。フレデリカ・アラゲルト」

「よろしくね、ナオさん」

僕が指を差し出したが、彼女は一心不乱に鍋の料理に夢中だったので大人しく引いた。         
   一つ一つが新鮮で、まるで見てこなかった世界に僕の心は少なからず浮き足立っていた。まさか、子供の頃夢見ていた世界が今こうして目の前にあるなんて。

「ナオ、一番重要なことを話しておくと、こちらの世界と人間世界の時間は同時に進んでいない。こちらでは君が来てからもう丸一日が経過したわけだが、恐らく人間界では君が落ちた日の夜だろう」

「ま、丸一日!?それに、僕は人間界に戻れるの!」

「もちろんだ。死んでいないしこちらの世界に来る時の〝道〟は覚えているだろう」

「うん、茂みの奥の崖を」

刹那、気絶する前の記憶が蘇る。
   真の意味で地に足がつかない感覚。何を掴もうともがいても空虚がただ嘲笑するだけのあの浮遊感。そうだ、僕は翼も無いし魔法も使えないのに落ちたのだ。すうっと体内の血液が地面に吸い尽くされる感覚に陥り、僕は身をすくませた。
   出来れば人生で一度も体験したくなかった。

「嫌なことを思い出させてすまない。だが思い出してもらわないと困る。あそこにゲートがあるだろう?人間世界に戻りたいのならゲートの前に立ってここに来た時の情景をそっくりそのままイメージして足を踏み出すんだ」

「それって、もう一回落ちろっていうことなの」

「そうなるな。だけど気にするな!目を開いたらそこはもう人間世界だ。多少の浮遊感はあるものの、瞬きしたら一瞬で地面に足がついている!」

僕を不安にさせまいとリフは僕の横にぴったりとくっついてくれる。小さな体からはほのかに体温が感じられた。

「すまない。僕らリーファの住処は比較的自然の中だから谷の中だったり、崖の下だったりにあるんだ。だから人間は来やすくはないかもしれない」

リフの言うゲートは、人間専用なのか、僕の身長を優に超えていた。二メートルほどあるだろうか。人間が度々この世界に訪れていたことが安易に想像できる。
   ゲートの中は半透明の気流が動き回っていて、この気流で人間を一瞬のうちに元の世界に戻してしまうのだろうと思うと後ろ髪を引かれる感覚があった。確かに人間の僕がいてはこの世界の邪魔になるだろうし、リフも僕のことを案じてのことだろうが、僕はやっと見つけた夢の世界を、このまま手放していいのだろうかと考えていた。
   おとぎ話。そう僕の話をジャンル決めした両親に見せてやりたかった。どうだ、本当に茂みの奥には世界があったんだ。
   そう言って証明したかった。しかし、リフは僕のそんな理想を簡単にぶち壊した。

「それと、気をつけてほしいのは他言だ。ナオが誰か他の人にここの世界を話した瞬間僕はこの弓で君を殺さなくちゃいけなくなる。ナオが僕らの魔法を受けた時点でゲートからナオを追跡できるようになっているからね」

そうか、基本的に草木で生活を保っていられる彼らが弓を持っているのはそういう為か。〝外敵から身を守るための道具〟それには人間も含まれているというわけか。
   考えてみれば至極当然のことだ。今この瞬間に僕が大の字で倒れようものならここは壊滅状態に陥る。彼らにとってはそれほど人間のサイズは脅威的なのだ。

「そんなことはしないよ。それじゃあリフ、本当にありがとう」

「あぁ、それとあれを持っていくといい」

リフは僕が目覚めた所に置いてあった鍋を指さした。眠っていた目の前で煮ていて、しかも動転していたものだからそれはそれは大きいものに見えたが、実際は手のひらサイズだった。僕が地獄の釜と勘違いしたあのいい香りがした鍋だ。
   作り終えたフレデリカが笑顔でこちらに手を振っている。

「どうして」

「次にこちらの世界に来る時はこの世界の食べ物が体内に無いといけないんだ。マナのある世界に来るには多少なりともマナが必要なのさ。僕らと人間を繋ぐコンタクトだ」

「また、来てもいいの?」

「もちろん!僕らは元々人間が好きなんだ」

そう言いながらリフは魔法のベールを鍋にかけると、僕の手の上に乗せてくれた。ふんわりと温もりを感じたのと同時に、目頭がきゅうっと熱くなった。

「ありがとう」

「ナオは変な奴だな。泣くなよ」

「ナオさん!またコンタクトを作って待ってるよ!」

「ありがとう、フレデリカ」

手に乗せた鍋を両手で包んでいざゲートの前に立つ。あの時の感覚はまだ体に染み付いていて拭えそうにないが、彼らがいると思うと力強く思える。
   一歩前に進むだけ。僕は強く目を瞑って足を踏み出した。予想通り足は何を踏みしめるでもなく、空中を漂った。鍋が手から零れないようにだけ気をつけて、必死であの時の情景を思い出す。
   そう、見渡せば見渡すだけ街並みが臨めた。あのくだらないプライドだけが売りの、本来は不良生徒といじめっ子の養成所に成り下がった学校が建つ高い高い丘の上。そう言えば、戻ることに失敗した時のことをリフに聞くのを忘れた。まあ、次に会ったら聞けば、いいか。
   直に鼓膜に届くセミの鳴き声で現実に引き戻された。

「ここは……」

目が覚めたのは、落ちる前までいた校舎の裏の茂みだった。後ろを振り返ると、先ほどの世界など想像も出来ない崖。下にはおびただしい闇があった。
   人の声など一切聞こえず、明かりのついた場所も確認できない。本当に夢だったんじゃないかと頭を押さえて考えてみるが、体が痛みもなく自然に動くのが、手の中で眠る温かい鍋が、あの世界が存在する何よりの証拠だった。
   素敵な世界。僕だけが知る世界。宝物が、出来たような気がした。
   夜空を見上げると、この間の三日月の代わりに二十三夜の月が出ていた。か細い声で鳴くキリギリスが僕の足元にぴょい、と乗っかってきた。何故かそれがあの世界から帰ってきた僕に、おかえりと言っているような気がした。流石に気のせいか。まだ頭がふわふわしているようだ。



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