勇者殺しの勇者

やま

15話 勇者殺し

「はっ、見た目が変わったからってなんだよ。ぶっ殺してやる!」


「その言葉、そのままそっくり返すぜ」


 宙を飛び回るケイン。ケインの周りには光の球が浮いていた。俺は剣を構えて飛び回るケインを目で追う。目だけでなく、音や空気の流れ、魔力など、体から受け入れられる全ての感覚で奴を追う。


 神の力で強化されて、更に鬼の力で全ての感覚が強化された今だから出来る事。奴の体の動きから、空気の動き、全てを感知して、先に動く。


 俺が移動すると、俺の元に迫るようにケインが向かってくる。ケインとしては、俺の視界から移動して消えたように見せたかったようだが、逆に俺が視界から消えて、しかも自分が向かう先に先回りしている事に驚きを隠せないようだ。そんな隙だらけでどうする。


「ふんっ!」


 先回りした俺は剣を振り下ろす。ケインは槍で防ぐが、そのまま地面へと叩きつける。床に激突して大きく割れるが、ケインはすぐに動き出していた。


 だけど、俺の前では無駄だ。ケインの周りに大小集まる魔力を感じた俺は、その魔力へ向けて魔法を放つ。魔力の塊である魔弾を。


「ちっ! シャイニングジャベ……なっ!?」


 自身の魔法が完成する前に、元から壊された魔法は当然発動しない。まさか発動する前に撃ち落とされるとは思っていなかったケインは、何度目になるかわからないが驚いていた。


 このままいけるか? そう思った時に体に異変が感じる。それも当然か。幾ら強くなっているからって、元々の自分の体では耐えられない動きをしているんだ。体が悲鳴を上げるのは当然だろう。


「くそくそくそくそ! 我慢していたけど、全員巻き込んでやる! 僕さえ生き残っていれば良いんだ! 死ねぇぇぇ! イクリプスバースト……ひゃれ?」


 ケインが槍に大量の魔力を集めているのはわかっていた。そんなもの発動させるわけがないだろうが!


 俺は両足が折れるのを感じながらも魔力を集めるケインへと向かう。地面が割れ後ろの城壁も崩れたけど、それを気にする事なく全ての魔力を剣へと集まる。刀身は既に粉々に砕けて柄しか無いが、辛うじて剣としての形は魔力で作っている。


 魔力の刀身は白い炎に変わり燃え上がり、触れるものを消し去って行く。全てを燃やし尽くす剣をケインへ向けて振り上げる。


「白炎鬼斬!」


 下から振り上げた剣は、ケインの体を斜めに切り裂いたところか不壊だと思われていた聖槍すら切り裂いた。右脇下から左肩まで切られたケインは、切り口から白い炎が発火し燃えて行く。


 終わった……のか? そう思った瞬間、イスターシャから貰った力が失って、俺の中の鬼が暴れ出す。何とか鬼に意識を向けて飲み込まれるのを抑える。


 同時に体に力が入らない。耳も聞こえず、目見えなくなっていった。俺は立つ事が出来ずにその場に倒れ込む。ただ、俺の体に触れる暖かい感触だけは感じる事が出来た。


 ◇◇◇


 勇者の子であるケイン・クスノキが死んだことはクスノキ王国だけでなく、他の国々に広がった。この騒動は10年前にケイン・クスノキの父親で本当の勇者、タケル・クスノキが死んだ時と同じ様に大騒ぎとなった。


 理由は勇者が死んだ事もそうだが、それよりも、勇者が属していない魔国が二度も勇者を退けた事に対して問題となった。


 勇者を二度も殺されたクスノキ王国は当然激怒。勇者の仇とゼルヘラートへと戦争を仕掛ける。勇者はいないが、蛮国である魔国には負けないと考えていたクスノキ王国は、5万の兵士を向かわせる。


 万に一も負ける事は無いと考えていたクスノキ王国だが、結果は惨敗。10分の1しかいない魔国の兵に呆気なく敗北したのだった。しかも、魔国の主力を出さずの勝利。


 本来ならあり得ないと思うが、当然これには原因がある。それは最強の勇者たちにあった。魔国以外の国は勇者、若しくは勇者の子孫が存在している。そのため、この時代の戦争といえば、勇者、勇者の子孫を代表とした代理戦争しか行われておらず、国の兵士というのは存在だけのものになってしまっていた。


 それに比べて勇者のいない魔国は、勇者に蹂躙されない様に兵士たちの訓練を疎かにする様な事は無かった。その結果が今回の戦争で浮き彫りとなったのだった。


 他の国々は勇者を倒せる存在と他国を圧倒する軍事力に警戒を上げる一方、融和を考える国も増えていった。


 この戦いはこれからの歴史に残る事となる。魔国の存在を変えた戦い。『勇者殺し ブレイブキラー』の名前と共に。


 ◇◇◇


「ほら、アベル見てごらんなさい。私と貴方の物語よ! それも恋物語!」


「もうっ、リティシア様、暴れないで下さい! 今私がアベル兄様にご飯を食べさせているのですから!」


「アベル様、アベル様! 今度はいつあのお姿になるのですか? 今も香るイスターシャ様のにおい……はぁ……はぁ……」


「皆様、アベル様が迷惑してます! 離れてください!」


 くっ、毎日毎日柔らかい感触と甘い匂いをさせやがって! 呪いのせいで出来ない俺への追い討ちか! こ、こら、リティシア様! 足を伸ばす俺の上に乗らないで! そんなお尻をぐりぐりとおしつけないで!


「ははっ、モテモテだね、アベル君。流石は僕の親友だよ」


「笑ってないで止めて下さいよ、スロウさん! リティシア様、読みますからちょっと待ってください! ステフ、もう自分で食べられるから! ミシェイラ、前にも話したけどあの姿は勇者と戦う時にしかなれないから! リア、そう言いながらも俺に向けてくるそのスプーンは何だ!」


 俺の言葉にブーブー怒る彼女たち。確かにこんな可愛い女の子たちに囲まれて嬉しいけど、今は辛すぎる。特に男の大切なところが主張しかけているのだ。これをリティシア様に知られるわけにはいかない!
  
「もう、私とアベルでゆっくりとするつもりでしたのに。でも、あの日から1月、ようやく歩ける様になりましたわね?」


 俺の手を触れて愛おしそうに撫でてくれるリティシア様。リティシア様が言うあの日とはリティシア様の結婚式が行われた日で、俺が勇者の子どもであるケインを倒した日でもある。


 ケインを倒した後、自分の体の限界以上の動きをした俺は、耐え切れずに体をボロボロにしてしまい気を失ったのだ。


 リティシア様が言うには1つでも処置が悪くて運が悪ければ死んでいたと言う。怒られなかったのは良かったけど、大声で泣かれた時は物凄く困った。


 それから、落ち着いたリティシア様と魔王様、父上たちには俺の力の事を話した。みんなが疑問に思っていた事だからな。転生の事は話さず、イスターシャから加護をもらった事だけだけど。


 やっぱり、イスターシャから聞いていた通り、神が加護を与える事は偶にあるらしく、全くおかしいと思われなかった。その事に結構安心している俺がいた。不審がられたりされたらどうしようと思っていたから。


 俺が眠っている間に、クスノキ王国と戦争をしたらしいけど3日で終わったようだった。父上が言うには勇者に頼り切った結果だろうとの事。ここ200年近くは戦争という戦争は起きておらず、勇者同士で戦う事ばかりだったらしいし。


「ねえ、アベル。貴方どのくらい修行に行くの? 里には遊びに行っても良いの?」


 俺が眠っていた頃の話を思い返していると、リティシア様が尋ねてくる。他のみんなも聞き耳を立てていた。


 修行というのは勿論、自分の中に眠る鬼を制御するための修行だ。


 父上は、本当はゆっくりと慣らして行く予定だったらしいのだけど、この前のケインとの戦いを見て考えが変わった様だ。


 早く扱える様になるのは良い事な以上に、このまま無理をすれば鬼に飲み込まれる前に体が耐え切れずに死んでしまうからとの事。そのため、学校を途中でやめて鬼人族の里へと向かう事になったのだ。


 里には父上や母上に鬼化を教えてくれた師匠がいるらしく、その人にお願いすると言っていたな。


「1週間に1度ですが、修行を免除されている日があります。その日なら俺もリティシア様にお会いできます」


 その師匠曰く根の詰め過ぎは良くないとの事。前世の休みの日みたいな考え方だ。俺の言葉にみんなが小さな声でよしっ、と叫ぶ。あの時から少し良くなった耳には聞こえていますよ。


 誰が俺に1番に会いに行くかでまた揉め始めるみんな。その光景を苦笑いで見ているだけのスロウさん。


 俺もその光景を……俺の大切な人たちの日常の光景を笑いながら見ているだけだった。

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