勇者殺しの勇者
13話 失意の先に
「……アベル様、本日はリティシア様のご結婚式です。行かれないのですか?」
「……」
「リティシア様もアベル様をお待ちだと思います」
「……」
「アベル様……」
「もうよい、リア。そんな腑抜け放っておけ。リティシア様の門出をお祝い出来ない者に来られても迷惑なだけだ。行くぞ」
「……はい」
……
…………
……………………
「……行ったか」
俺はガンガンと痛む頭を無理矢理起こす。リティシア様の結婚の話を聞いて会いに行った日から今日で5日目だ。
あの日から俺は一睡も出来なくて頭痛だけが頭に残る。食欲も無く、何故か空腹も起きない。精々排泄物のためだけに動くくらいだ。
この5日間は何も出来なかった。出来なかったというよりかはする気が起きなかったの方が正しいか。現に今も起きたは良いが、何かやろうという気が起きない。
再びベッドに寝転ぶ俺。あれだけ強くなろうと思った気持ちが、リティシア様の結婚の話を聞いて、リティシア様から赤の他人と言われてから全く無くなってしまったのだ。
理由はわからない。ただ、目的を失ったかのようにぽっかりと穴が空いたような感じ。やる気も何もかもそこから抜けて行くようで、全然気持ちが動かない。
勇者を止めるっていうのも、今となっては何故かもう良いやって思ってしまって。あれだけ頑張ろうと思っていたのにな。
どうしてこんな気持ちになったか俺にもわからないけど、もう良いや。そのまま何もせず寝転んでいると
バタンッ!
と、勢い良く開けられる扉。俺は慌てて体を起こすと、扉の向こうにはステフが立っていた。翡翠色の色鮮やかなドレスを着たステフ。思わず見入ってしまった。
「……まだこんなところで何をしているんですか?」
「え?」
「どうしてこんなところにいるんですか!!?」
部屋に入って来たステフは俺を見るなり怒鳴り声を上げて来た。俺は黙ってステフを見ている事しか出来なかった。こんな怒ったステフ初めて見たからだ。
ステフはそんな事を御構い無しにと部屋に入って来て俺の手を掴む。そして。無理矢理引っ張って何処かへ連れて行こうとする。
「早く行きましょう! このままではリティシア様が……」
「……離してくれ」
「あんな下衆な男に連れて行かれるくらいなら、アベル兄様が連れて行くべきです。さあ、行きま……」
「離せ!」
無理矢理俺を連れて行こうとするステフの手を俺は無理矢理振り払ってしまった。バランスを崩すけどなんとか耐えてこちらを見てくるステフに俺は
「今更俺が行ってどうするんだよ! 他人の俺が行ったって変わるわけないだろ! 放って置いてくれよ!」
俺は息を荒げながら言うと、ステフは下を向いたまま動かなくなってしまった。少し言い過ぎたかもしれないけど、放って置いてほしい。俺は酷くなる頭痛を抑えながらベッドに戻ろうとしたら、突然後ろから肩を掴まれて無理矢理振り返させられる。そして、迫る右拳。
「食いしばれ!」
その右拳は真っ直ぐと俺の左頬を抉り、俺は勢い良く吹き飛ばされた。俺がいつも使っている机を巻き込み、壁に激突する。俺は痛みに耐えながら顔を上げると、目の前には涙を流すステフの姿があった。
「……ステ……フ?」
「本当に……本当にアベル兄様はリティシア様と赤の他人と思っているのですか!? 本当にそんな事を思っているのですか!?」
「……思っているも何も、リティシア様本人に言われたんだ。結局は雇い主と家臣の関係だったってだけだ」
机の破片で切れた頰の傷から滴れる血を拭いながら自嘲気味に言うと、無理矢理襟元を掴まれて顔を上げさせられる。
「本当に……本心からリティシア様がそう言ったと思っているのですか? 本心から思っているのなら、アベル兄様はリティシア様があなたの事をどれほどお慕いしているか全く分かっていません!」
「……どう……言う事…………だよ?」
「リティシア様はアベル兄様にご迷惑をおかけしたくないからそう言ったのです! リティシア様がアベル兄様に一言で『助けて』と言えば、お兄様は絶対に助けようと動きます。そうなれば、確実にあの男に殺されてしまいます。それはこの国もです。だから、リティシア様は自分の身を犠牲にして、嫁ぐ事を決めたんです!
それなのに……それなのに、1番気づいて欲しい人が、その事に気が付かなくてどうするのですか!」
……リティシア様が俺を守るためにそんな事を。
「もう気持ちに気が付いているはずです。アベル兄様がリティシア様をどのように思っているか」
ステフはそう言いながら俺の顔を扉の方へと向けて指を指す。
「今からでも間に合います。向かって下さい」
「……だけど、俺が行ったところで、この結婚は……」
「スロウお兄様が魔王様を説得してくれました。魔王城が大破しても良い。リティシア様を助けるためなら魔王様は何でも手伝うと。私はあまりあなたの中にある力を使っては欲しく無いのですが……」
……あれだけ暴れればわかるか。傷だらけの父上とリアを見ているんだから。俺は体中の木屑をはたき落とす。そして両頬を思いっきり叩く……!! 痛ってぇ〜! ……でも、目が覚めた。さっきまでぽっかりと空いていた穴も無い。
「ステフありがとう」
「いえ、頑張って下さい」
俺はステフの言葉に頷き、屋敷を抜け出す。目指すは魔王城。待っていて下さい、リティシア様。今向かいます!
◇◇◇
「……あれで良かったのかい、ステフ?」
「あら、スロウお兄様。覗き見なんて趣味が悪いですよ?」
「ははっ、大切な妹のためならどんな汚名も甘んじて受けるよ。それでどうなんだい?」
「あれで良いんです。リティシア様がいてこそアベル兄様が輝くのですから」
◇◇◇
「……それでは、リティシア・ヴァン・ゼルヘラート王女。ケイン・クスノキ王子の婚姻の儀を始める」
……ついにこの日が来てしまいましたね。結局最後までアベルに謝る事が出来ず、ずるずるとこの日を迎えてしまいました。
この結婚が終われば、魔国ゼルヘラートとクスノキ王国は同盟関係になります。魔国は他国との間にクスノキ王国という緩衝帯を置く事が出来ます。
隣にいる今年24歳の太った男性。10年前にアベルの母親、ツバキ様と相討ちした勇者、タケル・クスノキの息子で、次期王のケイン・クスノキ。
勇者の子どもだけど、勇者のみが扱えるという聖槍を扱えるため、私たちはどうしても下手に出てしまう。ツバキ様が勇者タケルと相討ちをした時だって、こちらは2千近くの兵士の被害がありました。
今は王都の中。一歩間違えれば被害は甚大なものになるでしょう。戦争を起こさないためにも私が嫁ぐ事が最善の策でした。
「くくっ、これでコレクションが揃う。爺やの言った通りだ。僕の力を見せつければ直ぐに頷くなんて」
そんな事を言いながらニヤニヤと気味の悪い笑みを向けてくるケイン。この隣にいるのが本当ならアベルだったらどれだけ良かった事でしょうか……もう叶わない夢を見ても仕方ないのですが。
「それでは、誓いのキスを」
アベルの事を考えていたら、あっという間に式は最後へと差し掛かってきた。あぁ、私の初キスがこんな醜い男に取られるなんて。こんな事になるのだったら、早めにアベルに上げておけば良かったですわ。
せめて気持ちだけでもアベルとした事にしましょう。私は目を瞑って頭の中でアベルを思い出します。目の前に迫る臭い息。顔を顰めてしまいますが、我慢します。
もう、目と鼻の先。あと少しで私の唇に気持ちの悪い男の唇が触れます。目をぎゅっと詰まって、ドレスも強く握りしめて、その時を待ちます。あまりの嫌さに、閉じた瞼の端からスーッと流れる涙。その涙が溢れる寸前に
ガシャンッ!!!
と、何かが破られる音が城の中を響く。私は先ほどまで瞑っていた目を開けると、初めに入場した時に使用した入り口の扉が無くなっていた。そして、現れる1人の男。
私はその男の顔を見るだけで涙が止まらなくなってしまいました。どうして来たのか、なんて話せば良いのか、色々と思い浮かびますが、ただ、彼の顔が見る事が出来ただけで嬉しさのあまり涙が止まらなくなりました。
「お前誰だよ? せっかくのリティシアとの結婚式を邪魔すんじゃねえ。さっさと消えろ」
ケインはそう言いながら私を腕を回して肩を抱きしめようとしました。私はあまりの嫌悪感に我慢出来ずに振り払おうとしたその時
「人の姫に触れようとするんじゃねえ!」
と、叫ぶ声とともに、男の悲鳴と壁へと激突する音が城の中で響きました。そして、気が付けば私は抱き締められていました。
「……遅くなって申し訳ございません。あなたの騎士が参りました」
顔を見上げるとそこには申し訳無さそうにするアベルの顔がありました。……ふふっ、私はその言葉だけで今までの事を許しましょう!
「……」
「リティシア様もアベル様をお待ちだと思います」
「……」
「アベル様……」
「もうよい、リア。そんな腑抜け放っておけ。リティシア様の門出をお祝い出来ない者に来られても迷惑なだけだ。行くぞ」
「……はい」
……
…………
……………………
「……行ったか」
俺はガンガンと痛む頭を無理矢理起こす。リティシア様の結婚の話を聞いて会いに行った日から今日で5日目だ。
あの日から俺は一睡も出来なくて頭痛だけが頭に残る。食欲も無く、何故か空腹も起きない。精々排泄物のためだけに動くくらいだ。
この5日間は何も出来なかった。出来なかったというよりかはする気が起きなかったの方が正しいか。現に今も起きたは良いが、何かやろうという気が起きない。
再びベッドに寝転ぶ俺。あれだけ強くなろうと思った気持ちが、リティシア様の結婚の話を聞いて、リティシア様から赤の他人と言われてから全く無くなってしまったのだ。
理由はわからない。ただ、目的を失ったかのようにぽっかりと穴が空いたような感じ。やる気も何もかもそこから抜けて行くようで、全然気持ちが動かない。
勇者を止めるっていうのも、今となっては何故かもう良いやって思ってしまって。あれだけ頑張ろうと思っていたのにな。
どうしてこんな気持ちになったか俺にもわからないけど、もう良いや。そのまま何もせず寝転んでいると
バタンッ!
と、勢い良く開けられる扉。俺は慌てて体を起こすと、扉の向こうにはステフが立っていた。翡翠色の色鮮やかなドレスを着たステフ。思わず見入ってしまった。
「……まだこんなところで何をしているんですか?」
「え?」
「どうしてこんなところにいるんですか!!?」
部屋に入って来たステフは俺を見るなり怒鳴り声を上げて来た。俺は黙ってステフを見ている事しか出来なかった。こんな怒ったステフ初めて見たからだ。
ステフはそんな事を御構い無しにと部屋に入って来て俺の手を掴む。そして。無理矢理引っ張って何処かへ連れて行こうとする。
「早く行きましょう! このままではリティシア様が……」
「……離してくれ」
「あんな下衆な男に連れて行かれるくらいなら、アベル兄様が連れて行くべきです。さあ、行きま……」
「離せ!」
無理矢理俺を連れて行こうとするステフの手を俺は無理矢理振り払ってしまった。バランスを崩すけどなんとか耐えてこちらを見てくるステフに俺は
「今更俺が行ってどうするんだよ! 他人の俺が行ったって変わるわけないだろ! 放って置いてくれよ!」
俺は息を荒げながら言うと、ステフは下を向いたまま動かなくなってしまった。少し言い過ぎたかもしれないけど、放って置いてほしい。俺は酷くなる頭痛を抑えながらベッドに戻ろうとしたら、突然後ろから肩を掴まれて無理矢理振り返させられる。そして、迫る右拳。
「食いしばれ!」
その右拳は真っ直ぐと俺の左頬を抉り、俺は勢い良く吹き飛ばされた。俺がいつも使っている机を巻き込み、壁に激突する。俺は痛みに耐えながら顔を上げると、目の前には涙を流すステフの姿があった。
「……ステ……フ?」
「本当に……本当にアベル兄様はリティシア様と赤の他人と思っているのですか!? 本当にそんな事を思っているのですか!?」
「……思っているも何も、リティシア様本人に言われたんだ。結局は雇い主と家臣の関係だったってだけだ」
机の破片で切れた頰の傷から滴れる血を拭いながら自嘲気味に言うと、無理矢理襟元を掴まれて顔を上げさせられる。
「本当に……本心からリティシア様がそう言ったと思っているのですか? 本心から思っているのなら、アベル兄様はリティシア様があなたの事をどれほどお慕いしているか全く分かっていません!」
「……どう……言う事…………だよ?」
「リティシア様はアベル兄様にご迷惑をおかけしたくないからそう言ったのです! リティシア様がアベル兄様に一言で『助けて』と言えば、お兄様は絶対に助けようと動きます。そうなれば、確実にあの男に殺されてしまいます。それはこの国もです。だから、リティシア様は自分の身を犠牲にして、嫁ぐ事を決めたんです!
それなのに……それなのに、1番気づいて欲しい人が、その事に気が付かなくてどうするのですか!」
……リティシア様が俺を守るためにそんな事を。
「もう気持ちに気が付いているはずです。アベル兄様がリティシア様をどのように思っているか」
ステフはそう言いながら俺の顔を扉の方へと向けて指を指す。
「今からでも間に合います。向かって下さい」
「……だけど、俺が行ったところで、この結婚は……」
「スロウお兄様が魔王様を説得してくれました。魔王城が大破しても良い。リティシア様を助けるためなら魔王様は何でも手伝うと。私はあまりあなたの中にある力を使っては欲しく無いのですが……」
……あれだけ暴れればわかるか。傷だらけの父上とリアを見ているんだから。俺は体中の木屑をはたき落とす。そして両頬を思いっきり叩く……!! 痛ってぇ〜! ……でも、目が覚めた。さっきまでぽっかりと空いていた穴も無い。
「ステフありがとう」
「いえ、頑張って下さい」
俺はステフの言葉に頷き、屋敷を抜け出す。目指すは魔王城。待っていて下さい、リティシア様。今向かいます!
◇◇◇
「……あれで良かったのかい、ステフ?」
「あら、スロウお兄様。覗き見なんて趣味が悪いですよ?」
「ははっ、大切な妹のためならどんな汚名も甘んじて受けるよ。それでどうなんだい?」
「あれで良いんです。リティシア様がいてこそアベル兄様が輝くのですから」
◇◇◇
「……それでは、リティシア・ヴァン・ゼルヘラート王女。ケイン・クスノキ王子の婚姻の儀を始める」
……ついにこの日が来てしまいましたね。結局最後までアベルに謝る事が出来ず、ずるずるとこの日を迎えてしまいました。
この結婚が終われば、魔国ゼルヘラートとクスノキ王国は同盟関係になります。魔国は他国との間にクスノキ王国という緩衝帯を置く事が出来ます。
隣にいる今年24歳の太った男性。10年前にアベルの母親、ツバキ様と相討ちした勇者、タケル・クスノキの息子で、次期王のケイン・クスノキ。
勇者の子どもだけど、勇者のみが扱えるという聖槍を扱えるため、私たちはどうしても下手に出てしまう。ツバキ様が勇者タケルと相討ちをした時だって、こちらは2千近くの兵士の被害がありました。
今は王都の中。一歩間違えれば被害は甚大なものになるでしょう。戦争を起こさないためにも私が嫁ぐ事が最善の策でした。
「くくっ、これでコレクションが揃う。爺やの言った通りだ。僕の力を見せつければ直ぐに頷くなんて」
そんな事を言いながらニヤニヤと気味の悪い笑みを向けてくるケイン。この隣にいるのが本当ならアベルだったらどれだけ良かった事でしょうか……もう叶わない夢を見ても仕方ないのですが。
「それでは、誓いのキスを」
アベルの事を考えていたら、あっという間に式は最後へと差し掛かってきた。あぁ、私の初キスがこんな醜い男に取られるなんて。こんな事になるのだったら、早めにアベルに上げておけば良かったですわ。
せめて気持ちだけでもアベルとした事にしましょう。私は目を瞑って頭の中でアベルを思い出します。目の前に迫る臭い息。顔を顰めてしまいますが、我慢します。
もう、目と鼻の先。あと少しで私の唇に気持ちの悪い男の唇が触れます。目をぎゅっと詰まって、ドレスも強く握りしめて、その時を待ちます。あまりの嫌さに、閉じた瞼の端からスーッと流れる涙。その涙が溢れる寸前に
ガシャンッ!!!
と、何かが破られる音が城の中を響く。私は先ほどまで瞑っていた目を開けると、初めに入場した時に使用した入り口の扉が無くなっていた。そして、現れる1人の男。
私はその男の顔を見るだけで涙が止まらなくなってしまいました。どうして来たのか、なんて話せば良いのか、色々と思い浮かびますが、ただ、彼の顔が見る事が出来ただけで嬉しさのあまり涙が止まらなくなりました。
「お前誰だよ? せっかくのリティシアとの結婚式を邪魔すんじゃねえ。さっさと消えろ」
ケインはそう言いながら私を腕を回して肩を抱きしめようとしました。私はあまりの嫌悪感に我慢出来ずに振り払おうとしたその時
「人の姫に触れようとするんじゃねえ!」
と、叫ぶ声とともに、男の悲鳴と壁へと激突する音が城の中で響きました。そして、気が付けば私は抱き締められていました。
「……遅くなって申し訳ございません。あなたの騎士が参りました」
顔を見上げるとそこには申し訳無さそうにするアベルの顔がありました。……ふふっ、私はその言葉だけで今までの事を許しましょう!
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