復讐の魔王

やま

30.変わり果てた仲間

 グランディーク王国王宮


「……はぁ」


 私は空に輝く月を見て溜息を吐く。最近街で聞こえてくるのは勇者たちの悪評ばかり。誠たちが遊びで東西南北に分かれて、既に3ヶ月が経った。


 東のハーザド侯爵領に健太、北のヘルティエンス伯爵領に誠と真由美が、西のクレイドル侯爵領に竜二、南のカレイド伯爵領に忠が向かったのだけれど、彼らの悪評ばかり。


 その影響で、王宮にいる私や美々も周りから避けられている。私はまだ良いわ。別にそんな事は気にしないから。


 でも、美々が可哀想で。突然こんな場所に来させられて、もう帰れないというのに、そのせいで美々には友達ができないのだから。


 美々がこの世界で心が許せるのは私ぐらい。数ヶ月前まではもう1人いたのだけど、その彼はもう……。


「……はぁ」


 私は空に輝く月を見ながらもう一度溜息を吐く。これからどうしようか。何も浮かばないまま時間だけが過ぎて行く。


 そんな時、中庭に魔力の反応が起きる。私は側にあったこの世界に来てからずっと使っている弓を持って部屋を出る。美々が部屋で寝ていたけど、誰も部屋には入らないから大丈夫でしょう。


 私が中庭に着いた頃には、そこは血の海となっていた。その中心に立つのは、体中に炎と雷を纏った人型の魔物だった。


 右腕は無くて、左腕には禍々しいまでの青紫色をした短剣を持っている。一体どのようにしてこの王宮に?


 訳がわからないけど、このままにはしておかない。既に兵士の何人かはやられている。あの魔物を倒さなければ。


 周りの兵士たちは魔物を囲うようにして立ち、その外側から魔法部隊と弓部隊がそれぞれ構えている。そして号令1つで全てが放たれる。


 数々の魔法のせいで、魔物がいた周囲は砂煙が舞う。中から魔物の断末魔が聞こえるけど、これで倒せたのかしら?


「これは何の騒ぎだ!?」


 そこに、デンベル王が部下を伴いやって来た。私はこの人があまり好きでは無い。私どころかまだ12歳のミミですら欲情した目で見てくるのだ。


 そんなデンベル王が、のしのしと無駄に脂肪をつけた体を揺らして、王宮から出て来た。まだ、危険かどうか確認出来ていないのに来るものだから、兵士たちが慌てて止める。そこに


 バチバチバチッ!


 と、雷が辺りに迸り地面を穿つ。近くにいた兵士たちは巻き込まれ、感電死してしまった。辺りには肉の焦げた匂いか充満する……ううっ、吐きそう。


 そして、煙の中から出て来たのは、少しずつ傷が治っていっている魔物だった。まさか再生能力まで持っているの? でも、切られている右腕は治らない。何故かしら? 


 その時、私と魔物の目が合ってしまった。私は魔物の姿を見て固まってしまう。よく見れば、あの姿は前に見た事があった。あの青紫の短剣もよく思い出せば見覚えがある。そして彼の面影があった。


「……嘘……あなた、健太なの?」


 私はあまりの事に驚きを隠せなかった。最近はあまりの行動ばかりで良くは思ってなかったけど、それでも同じように巻き込まれてこの世界に来てしまった仲間の1人だ。


 その1人がまさかこんな姿になるなんて。私は想像もしていなかった。


 健太には私の呟きが聞こえたわけでは無いのだろうけど、私の方を見て叫び始めた。その瞬間、辺りに炎が飛び散り、雷が走る。


 その炎と雷は中庭の草木に燃え移り、中庭を昼間のように赤く染め上げる。魔法師たちが水魔法で消化する中、健太は近くにいる兵士から手当たり次第に襲いかかる。


 健太は勇者の1人。こんな姿になってもその力は残っていた。彼を止められるのは、同じ勇者のみだろう。だけど、勇者の中にも力の差は存在する。


 私たちにはこの世界の住人には無い力がある。その1つがステータスというもの。ステータスを見ればどのような能力を持っていて、自分にどれがあっているかも何と無くわかるのだ。


 だけど、誠たちと私や美々とは、ステータスが全く違う。それは私たちがまだ人を殺した事がないからだ。


 ステータスは魔物だけで無く、人を殺しても数値が上がるみたい。だから、誠たちは率先して人を殺していった。この前の反乱の時も。


 そのため、彼らの力は私や美々の倍近くはある。私や美々でも、普通の兵士では太刀打ちできない数値なのだけど、彼らはそれ以上だ。書物でしか見た事がないSランクにも届くのではないのか? と言われるほど。


 私ですら厳しいのに、普通の兵士が倒せる訳がないわ。次々と短剣で切られ、炎で燃やされ、雷に穿たれ、倒れていく兵士。気が付けばデンベル王の姿はなかった。既に避難したのだろう。


「ガァァァァァッ!」


 健太が腕を振る度に兵士は吹き飛び、切り裂かれる。見ている場合じゃないわ! 彼を何としてもここで止めないと! 彼は見境なく襲っているけど、ずっと見ているのは王宮の方。中に入られば、美々が!


「そんな事させないわ。ハッ!」


 私は魔力の矢を連続で放つ。狙うは健太の左腕に両足。まずは動きを止めないと。だけど、矢を見切ったケンタは、左手の短剣で全て弾いてしまう。くっ、なかなか速いわ。それでも、私は健太と一定の距離を保ちながら矢を放つ。


 その間にスキルを発動する。全く見えなくなる無天の矢を。いくつか矢を放ち牽制しているところに、この矢を放つ。狙うは左目。


「ハッ!」


 私は無天の矢を放つ。健太は矢に反応する事なくそのまま突き刺さった。


「グガァァアアアアア!?」


 突然の痛みに叫ぶ健太。さっきの断末魔を聞いて、痛覚はあると思ったけど、予想通りだったわね。


 私は普通の矢の中に無天の矢を交えながら、健太を抑え込む。健太の種族はどうやらアンデッドのようだから、今の内に、浄化魔法の使える魔法師を連れて来てもらう。


 ……さっきから変だ。私が健太を抑え初めて、周りから兵士たちがいなくなると、健太は王宮の中へと向かおうとするだけ。私に襲って来ようとしない。どういう事かしら? 


 目が見えていないわけではないわよね? さっき兵士が近づいたら襲っていたし。かといって一定の距離があるわけじゃない。私が兵士が襲われた距離に近づいても襲ってこないもの。


 そして、その間に連れてこられた複数人の魔法師に魔法をかけられて、健太は倒された。兵士の被害が甚大で、中庭も燃えてしまい悲惨な事になっている。


ただ、健太が倒される最後に


「ワガアルジハ、オマエタチヲコロシニクル。カクゴシテオクガイイ。フンドノオウガ、カナラズオマエタチヲ……」


 と、言いながら死んでいったのだ。健太が言う主人とは。それに憤怒の王っていうのは何なのか。


 色々と考える事はあるけれど、それ以上に、一緒にこの世界に来た知り合いが死んでしまった事に私は何とも言えない気持ちになってしまった。

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