世間知らずの魔女 〜私、やり過ぎましたか?〜

やま

6.月光花

 ……私は夢を見ているのだろうか? 湖の中心で大暴れする天災としか言いようの無い巨大な魔獣、タイラントタートル。


 こんなのが地上で暴れれば、国が総出でも何百何千という被害が出てしまうほど、いや、最悪国が無くなってもおかしく無いほどの魔獣。


 そんな魔獣を、シルエット殿は1人で相手している。タイラントタートルが巨大な腕を振った事により出来た津波すら、シルエット殿は歯牙にもかけずに突破する。国の軍なら、あれを防ぐのに魔力を全て使ってしまうだろう。その上、被害が出ている。


 しかし、突破した先には口を開いて飲み込もうとするタイラントタートルの顔があった。あぶないっ! と思ったが、シルエット殿は焦る事なくそれを跳んで避ける。


 ホッとしたのも束の間、シルエット殿はなんとタイラントタートルの頭の上に乗ったのだ! そして、頭を振り回すタイラントタートルから振り下ろされないように、腰を低くし頭に手をついた。


 そして次の瞬間、洞窟にある鉱石ではない光が空間を明るく照らす。その元は、当然シルエット殿だ。シルエットの魔術だろう、掌からタイラントタートルの頭へ、そして湖すら轟かせる程の雷を放っている。


 雷魔術すら使えるなんて。本当にとんでもない女性だ。タイラントタートルの頭の上で、時折口元を押さえながらも踏ん張り、雷を放ち続けるシルエット殿。


 普通の魔獣であれば既に死んでいるであろう雷を流され続けているのに、未だに暴れてシルエット殿を振り落とそうとするタイラントタートル。とんでもない耐久性だ。そして


「あっ!? ちょっと! 潜るのは反則です!」


 シルエット殿の攻撃を煩わしく思ったのか、湖の中へと潜って行くタイラントタートル。タイラントタートルの頭をペシペシと叩き頰を膨らませ怒っているシルエット殿は可愛いのだが、次の瞬間とんでもない魔力を放ち始めた。


「もう、怒りました! 覚悟して下さい!」


 湖へと沈んで行くタイラントタートルの頭の上へと立ち上がり、両掌を合わせるシルエット殿。そして両掌を少しずつ話して行くと掌の間を迸る高密度の雷が。


「穿ちなさい! 雷神槍!」


 右手に握られたバチバチと音を轟かせながら輝く雷の槍。その槍をシルエット殿は、タイラントタートルの頭を目掛けて放った。


 超至近距離で放たれた雷撃の槍をモロに頭上にくらったタイラントタートルは、激痛に雄叫びを上げる。それでも、頭から血を流すだけで生きているのが驚きだ。


 しかし、その攻撃が決め手となったのか、タイラントタートルは今までの比ではない速度で水中に帰って行った。シルエット殿は慌てて水面に立つが、もうタイラントタートルが出てくる事は無かった。


 シルエット殿はしばしの間、水面から出てこないかと探していたが、もう出てこないのがわかったのだろう、頰を膨らませて、不機嫌な感じで私の方へと向かって来た。


「もう少し耐えてくれると思ったのですが、残念です。それによくよく考えたらあのサイズはまだ子どもですし、仕方ありませんね」


 シルエット殿の口から聞かされた新事実。あれがまだ子どもだと? それじゃあ、あの親ってどれ程の大きさになるんだ? ……検討もつかないな。


 水飛沫で濡れた髪を整えているシルエット殿は、私の事を見て何かを探して首を傾げる。どうしたのだ?


「リカルド様、月光花はどうされたのです?」


 ……あっ!! シルエット殿とタイラントタートルの戦いに釘付けになっていたせいで取りに行くのを忘れていた! 私は慌てて月光花を探しに走る。後ろでシルエット殿が笑っている声が聞こえるが、それよりも月光花だ!


 ◇◇◇


 面白い方ですね。私とタイラントタートルの戦いを見ていて、本来の目的を忘れているなんて。今も慌てて探しに行く姿を見ていると、何だか可愛く感じてしまいますね。


 それから暫くすると、リカルド様は手に複数の月光花を手に持って走って来ました。本当に嬉しそうな顔で走って来ます。ふふっ、あのような笑顔を見れたなら私も来た甲斐があったというものです。


「シルエット殿! あった! あったぞ! 月光花がこんなに! ありがとう! 本当にありがとう、シルエット殿! あなたがいなければ、私は……」


 リカルド様はそう言って私の手を握りながら下を向いてしまいました。どどど、どうすれば!? こ、こういう時はどうすればいいのでしょうか!?


 ……はっ! こういう時こそ本の出番です! 確か本では、こういう時は抱き締めるのが良いと書いてありました! 早速実践です!


 私は下を向いて震えるリカルド様の頭を抱きます。私のな……控え目な胸で許して欲しいのですが、本ではこれで落ち着くはずです。


 とある戦記に出てくるヒロインであるヴィクトリアは、主人公のレディウスという少年を慰めるために、大きな柔らかい胸で抱きしめたと書いてありましたが、無いものは仕方ありません。要はやりようです!


 リカルド様が落ち着くまで頭を抱いて撫でていると、リカルド様はおずおずと離れていきます。少し目元が赤いのは見なかったことにしましょう。頰が赤いのはどうしてでしょうか?


「……コホンッ、は、恥ずかしい姿を見せてしまったな、シルエット殿。しかし、ありがとう。落ち着いたよ」


「いえ、私の胸で良ければいつでもお貸しいたします。それより、目的は達成いたしましたので、戻りましょう」


 目的を果たした私たちは、ガルーダの元へと戻ります。帰りはタイラントタートルが大暴れしてくれたおかげで、魔獣がいないので簡単に戻る事が出来ました。


『目的は果たしたな? それでは、帰るぞ』


 私たちはガルーダの背に乗って家まで帰ります。外に出ると既に空は暗くなっていました。でも、私は夜の空も好きです!


 キラキラと輝く星空。ずっと見ていられます。私の楽しみの1つです!


「本当にありがとう、シルエット殿。あなたのおかげで目的を果たす事が出来た」


「いえ、私も楽しかったので構いません。それで妹様が助かると良いですね!」


 私が微笑むと、リカルド様も微笑んでくれます。しかし、次には真剣な表情をしていました。どうしたのでしょうか?


「シルエット殿にお願いがある」


「お願い、ですか?」


 私の繰り返しに頷くリカルド様。何でしょうか?


「シルエット殿、私の側にいて欲しい!」


 ……んん?

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