王国最強の元暗殺者

やま

23.イかれた男

 一気に殺気立つ店内の冒険者たち。その光景に気づかない男は看板娘と話を続けていた。看板娘は少し困ったような表情を浮かべているのも、冒険者たちの怒りに拍車をかけているようだ。その冒険者のうち、2人で食事をしていた男たちがその看板娘たちの元へと向かう。


「ほら、エミィちゃん。親父さんが呼んでたぜ。行ってきな」


「おう、なんか手伝って欲しいとよ」


 2人の冒険者がそう言うと、看板娘はチラチラと男の方を見ながらも、店の裏へと戻って行った。それで店内に蔓延した殺気は少しは落ち着いたが、看板娘と話をしていた男が不機嫌そうに冒険者の2人を睨む。


「人がせっかく楽しく話をしていたのに邪魔しないでよ」


「あぁ? 邪魔しているのはお前だろ? エミィちゃんは今親の手伝いで仕事してんだよ。邪魔するんじゃねえよ」


「別にいくら女を侍らせて楽しんでいようが関係無えが、嫌がっている子の気持ちもわかってやれよ」


 2人の冒険者が男に諭すように話す。周りの冒険者たちも落ち着いて来て、これで騒ぎも収まるかと思ったが、次の瞬間


「……えっ?」


 誰の声だったかはわからない。俺自身、声の出した人物と思った事は同じだったから。冒険者のうちの1人が突然腹を抑えてその場に倒れたのだ。そして、床を染める赤い色。男の手には腰に下げていた剣が握られていた。


「うるさいなぁ。さっきも言ったけど僕の邪魔をするなよ。それに、あの少女を助けてあげないとね。こんな店に囚われるなんて可哀想だ」


 ……イかれてやがる。しかも付いている女たちもその事に何も言わないなんて。唯一離れたところで見ているローブの女だけが辛そうな表情を浮かべていたが。


 先程まで楽しげな雰囲気で食事を行なっていた酒場の中が、一気に血生臭い場所へと変わってしまった。


 騒ぎを聞きつけた酒場の店主は唖然としており、先程の看板娘は悲鳴を上げていた。母親と思われる女性が青い顔をして看板娘を抱きしめていた。


 冒険者たちは、男の突然の奇行に戸惑いながらも構える。皆、この店の人たちを守るように。しかし、男は関係無いとばかりに真っ直ぐ少女の方へと向かう。


 この店の人たちを守るために、冒険者たちが男へと向かって止めようとするが、こんな奴でも実力はあるようだ。


 向かってくる冒険者たちを次々と薙ぎ払って行く。冒険者たちの中で武器を持っている者もいるが、酒を飲みに来ただけの者ばかりなので、武器を宿屋に置いてきて持っていない者ばかりだった。


 男の剣を持つ腕を掴んで動きを止めようとするが、蹴り飛ばされ、剣を持っていた冒険者が切りかかるが、剣で防ぎ冒険者の首を掴んで床へと叩きつける。


 このままではまずいな。俺は気配を消してローブを被り仮面を付ける。露店で売っていた何の効果もない普通の仮面だけど、顔を見られないようにするだけなら十分だ。


 そして、看板娘を庇う母親へと剣を振り下ろそうとする男へ向かう。男は迫る俺に気が付いたが、気が付いた時には俺は男へ向けて回し蹴りを放っていた。


 剣を振り下ろすために上げていたため体がガラ空きだぞ。男の腹に俺の足がモロに入り込み、男は吹き飛んで行く。女たちの横を通り過ぎて店の壁をぶち抜いて外へと飛び出した。


 俺は飛び出した男の様子を見るために店の外へと出る。男についていた女たちが殺気立ち俺に武器を向けてくるが、女たちが放つ以上の殺気をぶつける。


 女たちはそれだけで戦意を失い、その場に座り込んだ。離れていたローブの女は動かなかったが、仲間だと思われるので少し殺気を当てた。直接当てられた女たちよりはマシだが、体が震えているのがわかる。


 俺はそのまま外に出ると、外には野次馬が出来ていた。まあ、あれほど騒いでいたら人も集まるだろう。人だかりの中心には倒れる男。ここからは聞こえないが何かブツブツと言っているようだ。


 このまま姿を消してもいいが、ここで気を失わせて兵士にでも突き出さないと暴れそうだな。


 男は黙ってまだブツブツ言いながらも立ち上がる。俺は気配を消して一気に近づく。男に気付かれないまま顎を右腕で打ち抜く。


 男の目はぐるんと白目を剥くが、無理矢理体を捻り剣を振ってきた。俺は跳んで男から距離を取る。男はその場にそのまま倒れ込んだまま動かなくなった。最後のは無意識にか。


 男が起き上がらないのを確認していた時にようやくこの街の衛兵が走って来た。もう少し早く来て欲しいものだよ。


 衛兵たちは、その場にいた住民から事情を聞き、倒れている男や、店の中で座り込んでいる女たち。男にやられた冒険者たちを連れて行く。


 残った衛兵は店主たちに話を聞いている分と俺を探す分に分かれていた。俺の事は探さなくていいけどな。俺はその光景を見せの向かいの建物の屋根の上から見ていた。


 これで捕まえられて大人しくなってくれたら良いのだが。俺はそのまま今日泊まる宿屋を探してその日を終えた。


 そして、次の日……男たちが平然として街の中を歩く姿を見てしまったのだった。なんで?

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