妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

14

「ああぁぁぁっ!!! レイギス! どうして!? どうしてなの!??」


 屋敷に響くほど号泣するシーリス夫人。レイギス兄さんのお葬式が始まってからずっと兄さんが眠っている棺の側から離れずに泣き続けていた。


 私も涙が止まらなかった。この屋敷の中でレリックやシオン以外で唯一優しく接してくれた人だ。私が人間性を失わないでいられるのはこの3人のおかげだろう。


 私がレイギス兄さんと最後に話した2日前は体調が良さそうだったのに。なのに、次の日の朝には冷たくなった体で見つかるなんて。


 それから葬式は滞りなく最後まで終わった。レイギス兄さんの遺体を埋葬する時は、シーリス夫人が暴れたけど、それ以外には特に何も起きる事がなかった。


 シーリス夫人はレイギス兄さんが亡くなったショックで寝込んでしまい、伯爵はお酒に逃げるようになった。


 流石に家族の1人が亡くなったのに、自由兵の仕事をしている場合じゃないので、レンスさんには暫く行けない事を手紙に書いて送った。明日には届くはず。


 ただ、兵士の人たちが何かと騒がしい。レリックに尋ねると、レイギス兄さんが亡くなった原因を探しているみたい。伯爵は誰かに殺されたって考えているみたいで、兵士を総動員して犯人を探しているのだそう。


 兄さんが亡くなったばかりというのもあるけど、1番はそれが原因で屋敷から出る事が許されていない。


 ……何も起こらなかったら良いのだけど。


 ◇◇◇


「……なんでお前がそんなに心配そうなんだよ……モーズ」


「お前、心配じゃねえのかよ。もう5日もあいつら来ていないんだぞ?」


 睨みつけるだけで人を殺せそうなほどの視線を僕に向けてくるモーズ。あまりそんな怖いかおしたらだめだよ。ああ、みんな怯えているじゃないか。


「モーズ、駄目じゃないか。そんな怖い顔したら。モーズの怖い顔のせいでみんなが怯えているよ?」


「か、顔の事は今関係ないだろ! それよりも、心配じゃねえのかよ?」


「心配は心配だけど自由兵なんてこんなものだろ? ましてや彼らはまだ子供だ。家の事情で何かあったのかもしれないし。どうしたんだよ、モーズ。いままで僕に何度か初心者を頼んで来たけど、ここまで心配するなんて初めてじゃないか?」


 僕がそう尋ねると、モーズは顔に似合わず口をパクパクとさせて、最後には諦めて溜息を吐いた。何か言いたいけど、結局何も言わなかったって感じだ。


「なんだよ、そんなもごもごとさせて。厳つい顔のお前がやっても可愛くないぞ?」


「……別になんでもねえし、可愛なくていい。それで、どうするんだ? 何か受けるのか?」


 うーん、どうしようかな。今日どうするか考えていると、モーズの後ろから恐る恐る女性の受付員が近寄る。気配に気が付いたモーズが振り返ってみると、悲鳴を上げる受付員。


 今すぐにでも逃げたそうな雰囲気を押し殺して、モーズに何かを渡していた。どうやら、手紙が送られて来たようで、モーズは持って来てくれた受付員にお礼を言って手紙を開ける。その間に、受付員は走って戻って行ってしまったけど。


 そんな、怖がられる表情を浮かべているモーズは、手紙を読み進めていくにつれてさらに厳つい顔へと変わっていく。何が書かれていたのだろうか? 暫く眺めていると、読み終えたモーズは手紙の内容を話してくれた。


 送り主はレーカのようで、どうやら家族の1人が亡くなったそうだ。そのせいで、当分こちらに来る事は出来ないと。


 なるほど。だから、数日来なかったのか。まあ、それなら仕方ないよね。


 彼女たちが来ない理由もわかったし、今日は帰ろうかな。数日ぐらい依頼を受けなくともどうとなるほどの貯えはあるし。


「それじゃあ、モーズ、今日は帰るよ。レーカたちが来ない理由もわかったし」


「……ああ、わかったよ」


 ……どうしたのだろうか? 睨みつけるように手紙を見て。何か書かれていたのか? 少し気にはなったけど、僕は自由組合を後にした。


 ただ、帰ると言っても何もする事がない僕。久し振りに街の中でもぶらぶらしようかと思って歩いていると


「レンス殿でよろしいか?」


 と、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには杖をついた白髭を生やした老人が立っていた。その後ろには護衛なのか、僕と年齢が変わらそうな男性が1人と若い男性が1人立っていた。


「はい、僕がレンスですが……」


 老人の服装や護衛からして貴族の方だろうか? でも、貴族の方が僕に何の用だろうか。貴族で面識があるのはあの変わった侯爵とその知り合いぐらいなのだが。


「ふぉっふぉっ、そう警戒しなくても良い。少しお主と話がしたくてな」


 にこにこと好々爺といった雰囲気を出す老人。だけど、目の奥には刃物のような冷たい鋭さがある……この目は見た事がある、というより実際に僕が……。


 僕が少し警戒していると、老人は更に笑みを浮かべて口を開いた。


「お主は気がつくと思ったぞ。なんせ、儂と同じ痛みを受けておるのじゃからな」


「一体何を……」


「儂と一緒に、アルベルト・シーリス伯爵を殺さないか?」


 僕は老人の口から発せられた言葉に呼吸をするのを忘れていた。

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