妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

13

「くっ! やぁっ!」


 私は振り下ろされる棍棒を左手に持つ盾で弾き返す。まだ、盾での防ぎ方にあまり慣れていないため、どうしてもぶつかった時の衝撃で左腕がピリピリと痺れるのだけど、今は目の前の敵、ゴブリンに集中しなきゃ。


 いくら後ろでレンスさんたちが見ていてくれているといっても、今1対1で戦っているのは私だ。


 ……ふぅ。剣を構える私をヨダレを垂らしながら見てくるゴブリン。見たくはないけど下の方も……うぅっ、気持ち悪い!


 食欲か性欲かどっちで興奮しているのかは知らないけど、とにかく向こうはそのどちらかを手に入れるため、棍棒で殴り倒してから組み伏せようとしてくるはず。


 前にレンスさんに教わった通り、ゴブリンの動きは単調でじっくりと見ていればどう動くかわかるし、反応も出来る。


 ……喉がカラカラになる。今までして来た狩りとは違う魔獣との殺し合い。1歩でも間違えれば殺されるのは私。うぅっ……今になって剣を持つ手が震えて来たけど、それを表に出さずに私はゴブリンへと迫る。


 ゴブリンは迫って来た私に先ほどと同じように棍棒を振りかざして来た。レンスさんが言っていた通り本当に単調な動きね。


 振り下ろしてくる棍棒に合わせて盾を思いっきりぶつける。カァーン! と盾は音を鳴らし、棍棒は打ち上げられた。その勢いにゴブリンは後ろに数歩たたらを踏みバランスを崩した。


 この隙をついて私は剣を振り下ろす。ゴブリンは振り下ろされる剣を見て慌てて弾かれた棍棒を剣にぶつけるように振り下ろして来た。


 一瞬焦ったけど、バランスを崩した状態の攻撃なんて怖くない! 私はそのまま剣を振り下ろすとゴブリンの持つ棍棒に当たり、そしてそのまま切ってしまった。


 まさか切れると思っていなかったから、少しびっくりして今度は私がバランスをそうになったけど耐えて、守る物が無くなったゴブリンの顔に向かって盾を振る。


 ゴブリンの声にならない呻き声とともに手に響くゴブリンの歯を折った感触が盾から伝わってくる。直ぐにでも盾を引き戻したくなる気持ちを抑えて、思いっきり腕を振り抜いた。


 顔を殴られてフラフラになるゴブリンに向かって最後の攻撃を仕掛ける。少し震えそうになる右手を盾を放って空いた左手で握りしめて真っ直ぐと剣を突き出す。


「やぁぁぁっ!!」


 真っ直ぐと突き出した剣を、ゴブリンは避ける事が出来ずに何ものにも阻まれる事なく喉元へと突き刺した。


 ゴブリンは痛みで叫ぶ事も出来ずに込上げて来た血を穴の空いた喉と口から流す。私は喉に剣が突き刺さる感触に思わず手を離してしまいそうになったけど、そのまま横に振り抜く。


 首半ばに切れるゴブリンの首。その傷口から溢れ出る血飛沫が私の服へとかかる。そんな事を気にせずに私はゴブリンの死体を眺めていた。私が殺した。動物たちとは違って私たち人間のように生活する生き物を。


 ゴブリンを殺した剣を持っていた手を眺めていると右肩から温かいぬくもりと


「落ち着いたかい、レーカ」


 優しい声が降って来た。ゆっくりながら振り向くと、心配そうに私の顔を見るレンスさんの顔があった。私は近くで見る父親の顔に少し恥ずかしくなってしまい、また素っ気なく返してしまった。


 ただ、勢い余って「お父さん」って言いそうになったのを我慢出来た自分には褒めてあげたい。


 レンスさんは苦笑いしながらも、私の体に怪我がないかを確かめて、頑張ったね、と頭を撫でてくれた。今までお母様やあの人から覚えている限りでは頭を撫でてもらうなんてしてもらった事がなかったため、口元がニマニマと緩みそうになるけど、なんとかバレないように下を向いて誤魔化す。


 その私の姿に再度苦笑いをするレンスさんは、後ろで見ていたシオンたちに、何回目かになるゴブリンの剥ぎ取りを教える。私もそこに混ざって習える物は全て習っていく。


 ただ、今日はもう疲れているからと、いつもやり早めに切り上げてくれた。気持ちを落ち着かせるために明日も休みと。


 自由組合でレンスさんと別れた私たちは一度屋敷に戻ることにした。このまま家を出るにしても、一応話しておかないといけないと、レリックに言われたからだ。


 それから、時間をかけて屋敷に戻ってかけられた第一声が、シーリス夫人の言葉だった。言い返したかったけど、ここで言い返せば何倍にもなって返ってくるのがわかっていたから、私は黙っている事しか出来なかった。そんな私の様子を見て、更に笑みを深めるシーリス夫人。


 それから、私の事を満足するまで色々な言葉で蔑んでから屋敷の中へと帰って行った。レリックとシオンが心配そうに声をかけてくるけど、私は大丈夫と伝えて、屋敷に入る。


 しばらくシーリス夫人の言葉にイライラとしながら屋敷の中を歩いていると


「久し振りだね、レイア」


 と、声がかけられた。屋敷の中でこれほど気さくに話しかけてくれるのは1人しかいない。イライラした気持ちを隠して笑顔で振り向くと、そこには思った通りの人物である、レイギス兄さんが立っていた。


「お久しぶりです、レイギス兄さん。体の調子は良いのですか?」


「ああ、今日は良くてね。それで散歩をしていると、レイアの姿が見えてね。最近は自由兵になるために屋敷にいないと聞いていたからさ。元気そうな姿を見れて嬉しいよ」


 本当にそう思っていると思わせる笑顔を見せてくれるレイギス兄さん。それから、外の話やお世話になっているレンスさんの話などを小一時間ほど、話をしてから別れた。


 この屋敷の中でシオンたち以外で唯一気を許して話せる相手だ。また、色々と話したいなぁと思いながら私は部屋へと帰った。


 ……まさか、その会話が、レイギス兄さんとの最後の会話になるとは、この時は全く思っていなかった。

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