妻に出て行かれた男、とある少女と出会う

やま

10

「これが、他の町なのね」


 馬車から降りて呟いた私の最初の言葉がそれだった。馬車で3時間ほど走らさた場所にある町へとやって来た私たち。初めて乗る馬車に興奮しっぱなしだった私はあっという間にだったけど、レリックやシオンは疲れたのか体をほぐすように伸ばす。


 2人は私のためについて来てくれる事になったけど、レリックは父親が兵士をしているだけあって、レリックも剣を教えてもらっていて実力は当然私より上。


 シオンは私と一緒に魔法を習った。シオンは魔法の才能があるらしくて、2属性の魔法を覚えていた。ただ、誰かに向けて撃つのは怖いと、誰かが前に立つと撃てなくなってしまう。


 今は人間だから良いのだけど、魔獣の前でもそうなるとシオンが危険にあってしまうから、せめて魔獣には撃って欲しいところだけど。


「レイ……レーカ、これから向かうのは自由組合で?」


 レリックは物凄く言いづらそうに私の名前を呼ぶ。家を出ている間は、私の事をレーカと呼ぶようにして、敬語を使わないように言っているからだ。


 外で普通に話す私と、その私に対して敬語で話してくる2人の姿をわかる人が見れば、そう言う関係だとバレて面倒に巻き込まれてしまうのは目に見えている。


 シオンは難しそうだったので、様呼びだけはやめてもらった。それが無いだけでも全然違うからね。


 自由組合に行ってから注意する事を3人で話し合いながら歩いていると、ようやく目的の組合に辿り着いた。


 初めて見る組合は、三階建てで結構な人の出入りがある。私はドキドキしながらも、扉を開けて中へと入ると、中には様々な人が受付に並んでいた。


 男性女性、大人に子供、性別年齢関係無く、結構な人数が受付で依頼を受けたり、隣の食堂で食事をしたりしている。


 ここで今から組合登録をしないといけないのだけど、どの受付も結構並んでいて時間がかかりそう。


 どうしようか悩んでいると、並んでいる列の奥の方にもう1つ受付があった。なんだ、空いてるじゃ無い……と、思いその受付に座る人を見ると、歩き始めようとした足は動きを止めた。


 唯一誰も並ぶ事なく空いている受付には、スキンヘッドで身長がかなり大きい見た目が物凄く怖いおじさんが座っていたからだ。


 そのおじさんを見て軽く悲鳴をあげるシオン。何とか平常心を保とうとするレリックも軽く顔を引きつらせている。


 このまま気が付いていないフリをして別の列に並びたくなるのだけど、それは失礼だと思った私は意を決して空いている列に向かう。


 そんな私に慌ててついてくる2人。2人には悪いけど少し我慢してもらうわ。真っ直ぐとおじさんの列に向かう私たちを、周りの自由兵の人たちは驚きながら見てくる。中には怖いもの知らずとか言っている人もいるほどだ。


 受付のおじさんも、書類仕事をしているため顔を下げていたけど、私たちが近づいてくるのに気が付いて顔を上げる。そして、何故か驚いた表情を浮かべる。どうしてかしら?


「ここは受付で良いですか?」


「……ああ、間違ってねえぜ、嬢ちゃん。見ねえ顔だが登録か?」


「ええ、私と後ろの2人をお願いします」


 私が頷くと、おじさんは受付台の下でゴソゴソと何かを取り出して、私たちに渡してくる。渡されたものを見ると、どうやら自由兵になるための登録用紙のようね。


 おじさんが代筆がいるなら書くが? と、聞いて来たけど、3人とも字は書ける。私も端の端とはいえ貴族よ一員、最低限の教養は教えられている。


 私たちは手渡された登録用紙に必要事項を書いていく。書くのは名前とか得意な武器や出来る事、自由兵としてどういう依頼を受けていくかなどを書く欄がある。


 名前は初めに決めたようにレーカと書く。早くこの名前に慣れないとね。急に呼ばれたりしたら反応出来ないもの。


 得意な武器はそこまで差はないけど剣にする。盾と剣を使う前衛で魔法も使える、っと。


 出来る事は……空欄にしておこう。こういうのはパーティーを組む時に必要になってくるものだけど、私たちだけでやるから特に関係ない。


 どういう依頼を受けていく……か。討伐系、採取系をして少しずつ実力を付けていく事を初めの目標にしよう。レンスさんも探したいし。


 10分ほど使って登録用紙を書き終えると、おじさんに渡す。私が終わってからすぐに2人も書き終えたようで、レリックは普通に渡すけど、シオンはまだ少し怯えている。その姿を見ておじさんも探し寂しそうだ。


「……よし、最低限必要な事は書いてあるな。今から組合員証を作るから、その間地下に行ってこい。そこで最低限の実力を見てくれる職員がいるから、そいつのところで実力を見てもらえ」


 そう言っておじさんが指差す先には階段があった。上に行くのと下に行くのが繋がっている階段が。私たちは頷くとそのまま階段へと向かう。どんな試験なんだろうか。


 ◇◇◇


「……あいつに面影があるな。誰だ?」


 俺は階段を降りて行く3人の後ろ姿を見てから、そのまま視線下におろして書いてもらった登録用紙を見る。


 あの少女は……レーカか。名前は全く違うが、偽名という事はある。ただ、彼女が言った先は伯爵家だ。そこいるはずの少女が自由兵になるわけがないか。しかし


「レンスとメリィの面影が、特にメリィの面影が強かった。たまたま似た人物か? それとも……」


 それから、俺は考え事をしながら3人が戻ってくるのを、降りて行った階段を見ながら待っていたのだった。その光景を後で組合長から「階段をジッと睨んでいる受付員がいるから怖い」との苦情があったと愚痴られた。


 ……そんなつもりは全くないのだが。

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