世界に復讐を誓った少年

やま

53.影

「なんて様だ、蟹座よ。そんな簡単に捕まりおって」


「うるせえな。ちょっと待ちやがれ!」


 僕の目の前で話し合う2人。ティエラの職業を聞いて助けた時から、色々と準備をして来てよかった。


 僕の時のように神の力と思われる『精霊魔術師』の職業を持つティエラを見つけた際に、神官が必ず報告すると予想は出来ていた。


 その結果誰かしらが捕まえに来るとは思っていたが、まさか聖王国の中でも上の奴らが来るとは思わなかった。それほど、女神は神の力を恐れているらしい。


 確かにティエラの職業はとんでもない。まだ、助けてから数日しか経っていないけど、その数日の間でサラマンダーという火の精霊と契約をして、普通の魔法師以上の実力を持っている。


 僕からしたらとんでも無く良い拾い物をしたけど、女神からしたら脅威以外の何物でもないだろう。だから、奴は力を手に入れる前に元を断とうとする。女神の敵として。


「まあ、今回は色々と運が良かったけど」


「あぁっ! やっと解除出来たぜ! てめえ、俺相手だというのに余裕じゃねえか?」


 僕の影縛を破って睨んで来る男……あぁ、イライラするな。そんな目で見られたらさっさと殺したくなるじゃないか。


 ……ふぅ、深呼吸をしよう。そう簡単に殺したら面白くない。でも、どうやって殺そうか。刺殺、絞殺、毒殺、圧殺、斬殺、他にも色々とあるが迷ってしまう。


「はぁっ!」


「おっと!」


 そんな風に1人で考えていると、若い男とは別の男が僕に殴りかかって来た。かなりの速度で迫って来るが僕は動かない。いや、動く必要が無かった。


 僕の剣であるリーシャが男の拳を防いでくれたからだ。それにしても嬉しそうだなぁ。そんなに事務仕事が嫌だったのか。でも、机に座ってとかじゃ無くて話をしに行ってもらっていただけなのに。


「くははははっ! 数百年ぶりの十二聖天の実力、見させて貰うぞ、小僧! 落胆だけはさせるなよ!」


「この俺を小僧だと? ……ただで死ねると思うな、女騎士!」


 2人はそう言い合いながらどんどんと離れていく。既に聞こえるのは戦闘の音とリーシャの高笑いだけが地下を木霊していた。


 ……今度からはもう少しリーシャに向いた仕事をお願いしよう。うんうん。リーシャたちが消えていった方を眺めていると


「……良い度胸だてめえ。この俺を無視するとは! 後悔させてやる!」


 僕の魔術を無理矢理破った男、確か蟹座だったっけな。そいつが僕に向かって来た。僕は元気だなぁとそいつを見ながら、とんとんと軽く右足で地面を叩く。


 すると、僕の影がグニョグニョと動いて、形を変えていく。地面に影を指している間は平面だったのが、立体的に変わっていき、現れたのはのっぺらとした黒い人型の影。


「相手をしてやれ、悪魔の影ドッペルゲンガー


 僕の言葉に頷く影。これは僕の魔術で作った魔物で悪魔の影ドッペルゲンガーという。僕の魔力と血で作った分身みたいなもので、自由に姿形を変える事が出来る。


 リーシャが離れている時の万が一のために護衛として作っておいたのだ。強さはリーシャお墨付きだ。こいつがどこまで戦えるのかも今回の目的でもある。


 僕の言葉で蟹座へと向かう影。蟹座は少し驚いた様子を浮かべるが、直ぐに気を取り直し攻撃を仕掛けて来る。さっきも見ていたけど、腕を振る度に放たれる斬撃や、自分の周りにいくつも放つ斬撃など、色々とあるけど、影とは相性が悪いかもね。


 真っ直ぐに突っ込んで来る影に、蟹座は侮りながら斬撃を放つ。簡単に首を切られた影を見て、既に僕を見ていたが、影は歩みを止める事なく蟹座へと迫る。


「ちっ、なんだこいつは!」


 首が無くなっても動く影に蟹座は戸惑いを見せる。影はいつの間にか手を槍のように鋭く尖らせて蟹座へと突きを放つ。


 蟹座は両手を使い影の手を逸らす。影の手と触れる度にカンカンとなるのは、鋭く尖った腕を斬撃で軽く弾いているからだろう。


 影の突きを避けながらも斬撃を放つ蟹座。腕だけではなく足からも放ち影を切り裂くが、直ぐに元へと戻る。うーん、聖王国最強の12人の1人って言うからどんなもんかと思ったが、期待はずれかな? もう少しやるもんだと思ったが。


「うぜぇ! はぁっ!」


 僕のそんな気持ちを他所に、蟹座は周囲を切り刻む技を使い影を細切れにする。普通ならオプスキラーみたいに核を潰すと死ぬのだが、この悪魔の影ドッペルゲンガーの核は表には出て来ていない。ある場所に隠しているため、普通の方法では死なないのだ。この事に気が付かなければ、ただ単に体力などを消費するだけだ。


 細切れから元に戻る影。蟹座は得体の知れない影に顔を引きつらせながら更に切り刻む。隙を見て僕の方へと向かおうとするが、上手い事影が間に入るため、こちらには来られない。


 少しは気がつくかなぁと思ったけど、あの様子だと気がついていないね。さっきも思ったけど、僕の過大評価だったのかも知れない。


「……はぁ、期待はずれもここまで来ると笑えて来るね。侵食ノ太陽イクリプスソル


 僕は右人差し指を蟹座へと向け魔術を発動。指先にちょこんと丸い黒の球体が現れる。それを蟹座へと……対峙する影の背に向けて、放つ。


 結構なスピードで放たれた球体は影を貫き、蟹座をも簡単に貫く。影によって見えなかったためか、驚きの表情を浮かべながら貫かれた。死なないように急所は外している。そう簡単に死なれたら面白くないからね。


「がっ……はっ……く、っそ、この野郎が! ぶっ殺してやる! 聖痕スティグマ発動!」


 怒りで睨んで来る蟹座は右肩の服を破ると、そこからは傷痕のようなものが現れた。そして、蟹座が何かを呟くと、その傷痕が輝き出し、魔力が増幅し始める。


 さっきまでの蟹座とはまるで別人のように膨れ上がる魔力。目に見えるほどの魔力は蟹座に纏わりつく。


「カルキノス・ゾディアック……これを見たからには生かしておけねえぞ、小僧」


「今更何を言うのか……死ぬのは君だよ」


 まだ、楽しめそうだね。そろそろ僕も戦うとするか。

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