悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

55.止めた後の反動

「この戦いは、身代わりの札発動後に攻撃を仕掛けたグルディス殿下の敗戦とします。構いませんね、フレック先生」

 突如目の前に現れた白髪の美女は振り向かずに俺を見たままそんな事を言う。……これでも自分の体の限界近くまで強化したっていうのに、いとも簡単に防がれてしまった。それに見覚えのある白髪。まさかこの人は……。

「俺は構わないが、あの人はなんて言うかね?」

 兄上に指先を向けながら答えるフレック先生。ただ、指先を向けているだけなのに、兄上は動く事が出来ない。外から見ればどうして? と思うかもしれないが、近くにいる今ならわかる。あの指先から放たれている圧が。

 一歩でも動けば魔法を放つというフレック先生の威圧感が放たれているのだ。これはいくら兄上でも動けないだろう。

「な、何故ここにハーデンベルツ夫人が!? そ、それにどうして試合を止めて殿下の負けとなるのです!」

 そこに、兄上の担任であるティール先生が舞台へと上がって怒鳴ってくる。あっ、そうだ。誰かに似ていると思ったらリグレットだ! それに夫人って事は、『剣聖』の二つ名を持つユリスタシア・ハーデンベルツ夫人か。それなら、俺の剣が防がれたのも納得だな。

 俺が心の中で納得していると、コレット先生もやって来た。視線は呆れたようにティール先生へと向けられていた。

「まさか、身代わりの札が発動したのに気が付いていないのですか? それとも、気が付いた上でそんな事をおっしゃっているのでしょうか? どちらとしても学園の教師として問題なのですが?」

「……っ、な、なんて事を言うのだコレット先生は! わ、私のいた位置からは少し気が付かなかっただけだ! グルディス君も気が付かずに攻撃をしようとしただけかもしれないじゃ無いですか。それなのに敗戦とは納得がいきませんな! 
 それよりも、コレット先生の終了の宣言もしていない試合が続く中に、乱入したジーク君の方が問題では無いのですか? どうなのです?」

 そう言い俺を見てくるティール先生。俺も視線を逸らす事なくティール先生を見ていると

「グルディスのルール違反による負けだ。異論は認めん」

 と、声が聞こえて来た。皆が声のした方を見るとそこには何故か父上が立っていたのだ。一歩後ろには護衛にバルトロメオ将軍が立っていた。

 まさかの父上の登場に先生たちは慌ててその場で頭を下げる。それに続いて学生の皆も頭を下げた。ただ、フレック先生とハーデンベルツ夫人は知っていたみたいだけど。他の人らに比べて余裕がある。

「な、何故このような場所に陛下が。今までは来られた事が無かったのに……」

「なに、息子たちが出ると言うのでな。少し見学に来ただけだ。皆も頭を上げて楽な姿勢をとってほしい」

 父上の言葉に全員が頭を上げる。父上は辺りを見回し、真っ直ぐとティール先生を見る。父上に見られているティール先生はガチガチに固まっていた。

「ティール殿、先ほどの試合はグルディスの負けだ。ティール殿からの位置でも偶々・・見えなかったとしても、他の者が見ておる。審判や他の者たちが同じ判断をしたのだ。グルディスが気付かなかったかろうと、ルール違反はルール違反だ。準則するように」

「……はっ、わ、わかりました」

「ジークについては、確かに審判が終わらせる前に乱入はしたが、誰がどう見ても戦闘が不可能な状態だった。その時点で試合は終わっていたと判断できよう。よって、ジークについては何も無しだ」

 淡々と述べていく父上。ここまで堂々と言われればティール先生も何も言えなくなってしまった。父上はそのまま兄上の方を向き

「グルディスはこのまま王宮に戻るがいい。エルゼにはちゃんと帰って来た理由を話すのだぞ。俺はこのまま見学する」

 と、言って見学席に行ってしまった。兄上は何も言わないまま会場を出ていく。その後をセシリアが追って行き、更に何故かメルフィーレも向かった。少し気にはなったが、それよりもリークレットだ。

 ティール先生は指示を出さないので、コレット先生が代わりに指示を出して、リークレットは運ばれていった。

 そして、そのまま試合は続くようだ。次の試合はユータスだが、俺は会場を後にする。エレネにどこに行くのか聞かれた時は便所と答えたが、実際には違う。

 ある程度会場から離れた廊下で俺は立ち止まり、壁に背を預けてその場に座り込んだ。気が付けば全身汗に濡れて、手足が震える。

 ……オーバードライブ、オーバーソウルを限界近くまで使った反動で体が悲鳴を上げているのだ。魔力が枯渇し、体中の筋肉が悲鳴を上げている。嫌に体が冷たくて、汗が止まらない。

 痛みと共にやってくる吐き気と胸の痛み。自分の実力以上の力を使った反動がデカすぎるな。だけど、これくらいしなければ、兄上の方天戟を防ぐ事ができなかった。それほど、今の俺と兄上では力の差があり過ぎるのだ。悔しい事に。

 何とか周りを心配させないように、兄上たちにバレないようにあの場では我慢したけど、流石に限界だった。立っているの辛いくらいだ。

「……やはり、こうなっていましたか」

 壁にもたれて座り込んでいると、かつかつと歩いてくる音と、話しかけてくる声が聞こえた。重たい頭を上げて見るとそこには、ハーデンベルツ夫人が立っていたのだった。

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