悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

17.誕生会の朝

「はぁっ!」


「っ!」


 上段からの振り下ろし。自分の予想以上に俺の力があって驚いているレイチェルさん。しかし、直ぐに切り替えて俺の木剣は弾き返された。


 俺は直ぐに距離を取り左右ジグザグに走りながら再びレイチェルさんへと迫る。レイチェルさんは俺の強化したスピードに全く惑わされる事なく目で追いかけて来た。フェイントも入れているんだけど効果が無い。


 レイチェルさんの剣が届く間合いの中に入った瞬間、俺に降り注ぐ圧。そして、真っ直ぐと俺を捉えるレイチェルさんの目。迷いなく俺に振り下ろされる剣は確実に俺を捉えていた。


 レイチェルさんの剣が目前に迫り、そのまま左肩へと振り下ろされようとしたその時、俺はぼそりと呟く。間合いに入る前に準備していた魔法を発動。オーバードライブ、と。


 俺の左肩へと振り下ろされようとしていたレイチェルさんの木剣は、そのまま地を叩く。オーバードライブで全ての能力を強化した俺は一歩右側へと避けたのだ。


 レイチェルさんの少し驚いた表情が少し嬉しい。俺は笑みを浮かべそうになるのを我慢してレイチェルさんへと木剣を突き出す。地面に叩きつけた剣は防御に間に合わない。これはいった!


 そう思ったのだが


「チッ!」


 レイチェルさんは舌打ちをしながら、突きを放った俺の木剣を空いている左手で掴んだのだ。少し進むが、レイチェルさんの馬鹿力で勢いを殺されてしまった。なんて力だよ! こっちはオーバードライブを使って強化しているのに!?


「油断したなっ!」


 そして次の瞬間、左脇腹にとてつもない衝撃が走る。さっき地面に叩きつけた剣を、そのまま脇腹へと振り上げられたのだ。


 メキメキという感触と音と共に左脇腹から広がる痛み。気が付けば木剣を離して吹き飛んでいた。防御も上がっているのにその上から折られた。


「……ふぅ、すまないジーク。余りにも良い動きをするから少し本気を出してしまった」


 申し訳なさそうに近付いてくるレイチェルさん。その言葉は嬉しいけど、痛みで体が起こせない。


「ハ、ハイキュア!」


 そこに、いつもと同じように見ていたメルティアが走って側に来てくれて魔法をかけてくれる……ああ、痛みが引いていく。


 少し涙で歪んでいた視界の向こうでは、珍しく来ていた母上が、レイチェルさんに詰め寄っていた。


「ちょっと、レイチェル。少し酷いのでは無いですか!? 私のところまで聞こえて来ましたよ、メキッて! メキッて!!」


「す、すまない、メリセ。で、でも、これはジークが成長したせいなんだ」


 と、言い合っている。そして


「ニャァー♪」


 と、嬉しそうに俺の顔に肉球を押し当ててくる駄猫。お前は後で猫鍋にしてやる! あの可愛らしく鍋に収まるものではなく、本当に煮込んでやる!


 そんな事を考えたのがわかったのか、バールはポフポフしていた肉球を鼻と口を塞ぐように押さえてきた。こ、呼吸が!


「やめるんだ、バール。全くお前たちは仲が悪いな」


 そこで、ようやく来てくれたレイチェルさん。レイチェルさんの言葉に渋々といった風にのそのそと俺の上から退くバール。お前、覚えていろよ?


「ジーク、体は大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」


 と、俺の体をべたべたと触ってくる母上。俺は立ち上がり確かめるように体を動かす……うん、痛みは無くなった。流石魔法だな。一瞬で治るとは。


「大丈夫です、母上。メルティアのお陰で痛みは引きました。ありがとう、メルティア」


 俺の言葉に恭しく頭を下げるメルティア。俺の言葉にホッとした母上は再びキッとレイチェルさんを睨む。


「いつも、このような怪我のある訓練をしているのですか?」


「いつもじゃない。稀にだ。ジークが偶に良い動きをするからつい、な。何度か見せてもらっていたが、あのタイミングでのオーバードライブは中々良かったぞ。事前に強化魔法で体に魔力を張り巡らせていたため、魔力の動きもわかりづらかったしな」


「……でも、レイチェルさんには止められましたよ。まさか手で掴まれるとは思っていませんでした。力でも押し止められましたし」


「いざとなれば真剣でも掴むぞ、私は。命と片手なら片手なぞ簡単に捨てられる。命あってのものたから。力はただ単に地力の差だ。子供の力を何倍に強化しても、私の力を強化した方が上って事だな。だけど、私並みの力を持っている奴はそういないから気にすることはない」


 そうは言っても、何か対策を考えないとな。力なんて直ぐに鍛えてどうこうなるものじゃないし。


「今日の訓練は終わりですか?」


「……そうだな。今日は特別な日だし、準備もあるだろうから、終わりだな」


 どうしたものか、と考えていると、母上がレイチェルさんに訓練が終わりか尋ねていた。母上がここにいる理由。それは、今日が俺と兄上の誕生会だからだ。


 誕生会に出るための準備をするために俺の訓練が終わるのを待っているついでに、どのような訓練をしているのか見たいと言ってこうなったのだ。


 本当なら俺と兄上の誕生会なので、2人同時に登場するのが普通なのだが、今日は兄上とセシリアの婚約の発表も兼ねている。そのため、俺は兄上より早く準備して会場へと行かなければならないのだ。所謂主役の前の前座ってやつだ。


 今更そんな事は気にしないから別に良いのだが。それよりも贈り物の方が興味がある。中に魔導書があったら嬉しいのだけどな。


「それでは行きましょうね、ジーク。レイチェルもそんな服じゃなくてちゃんと私が送ったドレスを来てくださいね?」


「…………わかったよ」


 母上の言葉に苦虫を100匹程噛み潰したような顔をするレイチェルさん。レイチェルさんのドレス姿か。少し興味ある。まだ、20代後半のレイチェルさんのドレス姿。精神年齢的にはこっちの方が……


「……何をジロジロと見ているんだい! さっさと行きな!」


 レイチェルさんを見ていたら怒られてしまった。クスクスと笑う母上と一緒にここは退散しますかね。

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