悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

12.善は急げ

「はぁ……はぁ……やぁっ!」


「こら、目で剣を追うんじゃない」


「あだっ!」


 くそ。さっきからボコボコボコボコと人の頭を叩きやがって。俺は距離を取ってから、少し重く感じる木剣を両手で握ってもう一度構える。


 目の前には余裕の表情で俺を見てくるレイチェルさん。剣術素人の俺でもわかるぐらい隙がない。結局ボコボコにされるなら色々と動いてみようと思ってやっても、全て防がれる。


「ほら、どうした? 立って見ているだけならやめちまうよ?」


 ……ふぅ、落ち着け。これはレイチェルさんの罠だ。焦ったところをボコンと叩こうとする罠だ。でも、このまま見てても仕方がないのは確か。


 俺は走り出しレイチェルさんの方へと向かう。このまま真っ直ぐ向かっても普通にやられるだけだからここで俺は左手をレイチェルさんへと向ける。レイチェルさんは怪訝な顔をしているけど、俺はそのまま


「ウォーター!」


 手のひらから水を出す。量は以前メルティアから見せてもらった水魔法のウォーターボールに比べたら貧弱だ。精々風呂桶にいっぱい溜めた水をひっくり返した程度。


 本当に生活の中でしか使えない魔法だけど、戦闘中に不意に水をぶっかけられたら少しは気を引けるはず。俺は水をレイチェルさんの顔目掛けて放つ。


 これなら、と思ったが、レイチェルさんはそう甘くはなかった。レイチェルさんは俺の左に流れた魔力を感知して何か放ってくるとわかったのか、直ぐに距離を詰めてきた。


「くっ!」


 俺は苦し紛れに木剣をレイチェルさんに下から打ち上げられ、そのまま振り下ろしてくる。俺は一瞬だけ足に強化魔法をかける。足に力を入れて前に飛んでレイチェルさんの剣を避ける。


「あめぇ!」


 しかし、俺の体に近づくレイチェルさんの足。今度は木剣に強化魔法をかけて盾代わりにレイチェルさんと体の間に入れる。何とかレイチェルさんの蹴りを防ぐがそのまま蹴り抜かれて吹き飛ばされてしまう。


 地面に思い切り蹴り飛ばされて何度も転がる。蹴りの痛みはレイチェルさんが抑えてくれたので殆どないが、地面を何度も跳ねて転がった痛みで動くのが遅れた。気が付けばレイチェルさんは側に立っていて首元には剣を突きつけられていた。


「……参りました」


「発想は良かったが、私ぐらいになると、相手の魔力の動きがはっきりとではないがわかるようになる。もっと別の方法で何か誤魔化す方法を探さないとな」


 そう言って手を伸ばしてくれるレイチェルさん。俺はレイチェルさんの手を礼を言いながら掴み立ち上がる。魔力の流れを誤魔化す方法か。何か方法を考えないと。


「ジーク様、タオルとお飲物です」


 どうしようか考えていると、いつも通り俺の付き添いをしてくれているメルティアがタオルと水を渡してくれる。ただ、それよりも気になるのが


「ニャー」


「こら、だめよ、バール。あのお飲物はジーク様の物なのだから」


 ただ寝そべっていただけのデカ猫、バールがその水を寄越せと、俺の腰に猫パンチをかましてくるのと、バールの背に乗ってバールの頭をペシペシと叩くセシリアがいる事だった。


 バールはレイチェルさんが連れてくるからいるのはわかる……ってか、猫パンチして来るんじゃねえよ! 子供の体には地味に痛いんだよ!


 俺は水を求めて来るバールの前でメルティアが持って来てくれた水を全部飲む。バールが「ニ゛ャー!!」と、怒って強めの猫パンツをして来るがやめない。


「こら、バール、やめなさい。ジーク様も子供すぎるわ。少しぐらい差し上げたらよろしいのに」


「こいつには何度も背中に乗られた恨みがあるからな。それよりもどうしてセシリアがここにいるんだ? 兄上に会いに来たのか?」


「はい。グルディス様にお会いに来たのですが、午前は勉強、午後は魔法の訓練に忙しいからと、断られてしまいました。なので、午前は王妃様に王妃としての勉強を教えてもらい、今は休憩の時間となっているのです。今日もジーク様が訓練をされていると聞きまして、参ったのです」


 ……俺は溜息しか出なかった。兄上とセシリアの婚約が内々ではあるけど発表されてから1ヶ月近く経つけど、ずっとこんな感じだ。


 セシリアの方は早く親しくなろうと、領地から王都の別邸に住んで毎日通っている。母上から王妃になるための授業も受けているらしく、その合間にも兄上に会いに行っているようだが、事ある毎に理由を付けて断られているのだとか。


 もうこの時から1章の最後のシーンが浮かび上がって来るのはやばすぎるだろ。ゲームの中では学園前の話は簡単にしか語られなったため、てっきり学園だヒロインと出会ってから不仲になったものと思っていたけど、まさかこの時期からこんな不仲とは。


 そう考えると、本当にセシリアって健気で良い子だよな。俺だったら途中で愛想尽かしてるけどな。さすが俺の天使だ。


 しかし、このままだと冷めたままだな。何か間を取り持つ事が出来る何かがあれば……そうだ!


「それなら、母上たちに許可を貰って街に出て兄上の誕生日を買いに行こう! それを使って兄上と話せばいい!」


 我ながらナイスアイデアだ。もうすぐ兄上の誕生日だからな。それを口実にすれば。メルティアやレイチェルさんの視線が変なのが少し気になるが、善は急げ、だ。早速母上に許可を貰いに行こう!

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