悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

9.考えと出会い

「2人は出たか」


「ええ」


 俺の言葉にニコニコと笑みを浮かべる宰相、ハイネル。その隣には無表情ながらもどこか楽しそうな目をしている将軍、アーグス。今は俺の向かいに座っている。ハイネルもいつものような作った笑みではなく、心から面白いと思っている顔だ。


「2人を呼んだのはレイチェルの事と、ジークの事だったが……」


「ええ、陛下の言いたい事はわかりますよ。はっきり言いますと、あれは別人にしか見えませんね。初め執務室の前で出会った時、今までのジーク様と違い過ぎて警戒してしまいましたよ」


「……私もですな。今までと雰囲気から違っていたため、少し殺気を放ってしまいました」


 ……やはりそう感じたか。父である俺ですら一瞬別人だと感じてしまうほどだ。2人がそう思っても仕方ないだろう。


「ジークが何か問題を起こした場合、侍女のメルティアに報告するように指示を出しているのだが……」ふ。や


「何か問題でも?」


「いや、問題ではないのだが……どうやらジークは大陸語が読めるらしいのだ」


 俺の言葉に2人とも驚く。ジークは自身で言っていた通り、グルディスの才能に嫉妬し、勉強に参加しなくなった。そのため、字すら読めないと皆が思っていたのが正直な感想だ。


「それは確かなのですか?」


「ああ。メルティアから報告があった後にンディバ婆さんに確認した。子供では難しいはずの歴史書や周辺諸国の情報が簡単にだが書かれた本も読んだらしいのだ」


 流石にこの事は予想以上だったのだろう。2人とも普段見せないような驚きの表情を浮かべている。ただ、ここで疑問が出てくるのが


「いつの間にそんなに字が読めるようになったのでしょうか? 確か、1ヶ月前までは手紙などはメルティア嬢に読ませていたはずでは?」


「ああ、その通りだ。だからメルティアは報告して来たのだ。突然読めるようになったジークを不思議に思ってな」


「ふむ、それで陛下はどうなさるおつもりで?」


「しばらくは様子を見るつもりだ。確かに雰囲気は変わり、何故文字を読めるようになったかはわからないが、根本的なところはジーク本人から変わっていないように見えた。それにようやくやる気を見せたところだ。俺はこれに賭けたい」


「わかりました。私の方でもそれとなく調べてみましょう。教師たちにも話をつけておきます」


「ああ、頼む。それから、グルディスとあの子との顔合わせは5日後を予定している。まだ、表立っては公表せず内内で合わせようと思う。悪いがアーグス。警護の方を頼む」


「承りました」


 さて、ジークがこれからどのように変わるか楽しみだ。良い方へと変わって行って欲しいものだ。


 ◇◇◇


 5日後


「……はぁ……はぁ……くそっ!」


 俺は王宮のの周りを走っていた。それはもう休む事なく延々と。初めは肥満体型で今まで自堕落的に過ごして来た俺を見て、侍女や兵士たちが笑っていたが、今の俺の光景を見て笑う者はいなくなった。その代わりコソコソと話している者は見かけるが。


 ヘロヘロになりながらも走る俺を笑わなくなった理由。それは


「グゥゥ……ニャー!」


 俺の身長の倍近くの大きさもある猫に追いかけ回されていたからだ。もはやトラじゃね? と思うのだが見た目は愛らしい猫がそのままデカくなった姿なのだ。


 その正体は魔物で、名は体を表すというかのように、種族名はビックキャット。この巨体で普通の猫より瞬発力があり、とても凶暴な魔物なのだ。


 そんな巨大な猫は俺目掛けて飛んでくる。疲れ切っている俺は避ける暇もなくそのまま


「ぐへぇっ!?」


 押し潰された。くそ、これで何回目だよ、この野郎。頭の上に乗る柔らかい肉球。プニプニとして気持ちいい……じゃなくて! 地味に背中にも足を乗せているため痛い! 早く退いてくれ!


「こら、バール。ジークから降りな」


 何とか抜け出そうともがいていると、頭の上から聞こえる声。その声を聞いた巨大猫、バールは簡単に退いた。


 顔を上げると、上から俺を見下ろしてくるレイチェルさんが腕を組んで立っていた。


「少しずつバールから捕まるまでの時間が伸びてるじゃないか。まあ、バールは全く本気を出さずではあるが」


「……はぁ、はぁ、それは……はぁ……そうでしょう。本気なんか出されたら一瞬で捕まってしまう」


 息も絶え絶えの俺に、レイチェルさんは近くで見ていたメルティアを呼ぶ。呼ばれたメルティアは準備してくれたタオルと水を渡してくれた。俺は汗を拭きながら冷た過ぎずぬる過ぎずの水を飲む。


 あ〜、美味しい。水がこんなに美味しく感じられるなんて。前世では飲み物といえばビールかコーラだったからな。それに比べたらなんて健康的な物を飲んでいるのだろう。


 俺はもう一度水を飲みながら今日までの事を思い出す。父上にお願いし許可が貰った翌日から訓練が始まった。


 やったのは1日中走る事だけ。まず何をするにしても体力をつけないといけないという事で、ずっと走らされているのだ。


 ただ、1日目はそれで終わったけど、レイチェルさんは走るだけの俺の姿を見るのは暇らしく、メルティアを話し相手として連れてくるように言ってきた。


 だから、次の日にメルティアと一緒に訓練場にやって来たら……猫が1匹増えていたのだ。バールはレイチェルさんが小さい時に拾った魔物らしくて、従魔として登録しているから連れ歩いても大丈夫なのだとか。その代わり、魔物が起こした責任は飼い主が負わないといけないらしいが。


 それからはバールの遊び相手までさせられている。俺がバールに追いかけ回されるという。それが今日までやって来た事だ。


 勉強の方は何故か教師がつくようになった。物凄く嫌嫌そうにやっているのは見ていてわかるのだが、それでも教えて貰えるだけありがたいと思っている。自分で本を読んでも理解が出来ない部分があったりするからな。


「さあ、もう1ラウンドやるよ」


 今日までの事を思い出していると、レイチェルさんがそんな事を言ってくる。もう少し休憩させて欲しいけど、鍛えてもらっている身としてはそんな事は言えない。そう思い立ち上がろうとしたその時


「わぁ、大きな猫さん」


 と、耳に残る愛らしい声が聞こえて来た。声のした方を見るとそこには俺が会いたくて会いたくて仕方ない人が立っていた。その人を見た俺は呼吸も忘れて固まってしまったのだった。

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