黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

189話 アルバスト防衛戦(18)

「……っ! ……ムド隊長!」


「うぅぅっ……お、れは?」


 俺は痛む頭を抑えながら体を起こす。目の前には俺を起こしてくれた兵士が、不安そうな顔で俺を見ていた。俺は大丈夫だと言い立ち上がろうとするが、体がふらつきうまく立てなかった。


「ああっ、無理はしないでください! グリムド隊長は、あれに吹き飛ばされたんですよ!?」


 そう言う兵士の視線の先には、翡翠色に輝く鱗の鎧を纏った人型の魔獣が暴れていた。そうだ、奴が現れた事で、一気に砦の危機となったのだ。


 ブリタリス王国最強の戦士、ゼファー将軍。突然一騎で姿を現した奴は、他の獣人たちと同じように魔武器の力を解放し始めた。


 オスティーン男爵はそんな力を使う武人では無いと言っていたが、ゼファー将軍は魔武器の力を解放した。ただ、他の獣人たちと違っていたのは、封じられた魔獣の力が桁外れだった事だ。


 ランクA+、竜種に属する魔獣、エメラルドドラゴン。翡翠色に輝く綺麗な鱗を持ち、風属性の攻撃を得意とする魔獣だ。以前、レディウス様が倒したロックドラゴンとは、桁違いの強さを誇る。


 体長は3メートルほど、頭からは2本の角が生え、背中などからも翼や鋭い尻尾が生えてきて、まさに人間の体にそのまま竜の体を合体させたような姿へと変わったのだ。


 そして、その力を得たゼファー将軍が砦へと攻撃を仕掛けてきたのだ。我々も対抗するために魔法をはなった。兵士たちそれぞれが魔法を放ったが、エメラルドドラゴンの力を得たゼファー将軍には効かなかった。


 俺たちが魔法を放っている間も、砦を破るために門へと攻撃を仕掛けていたゼファー将軍。ゼファー将軍が砦を殴る度砦は揺れ、門が悲鳴をあげていた。


 そして、今まで破られる事の無かった門が、ゼファー将軍、たった1人に破られてしまったのだ。


 それからは……そうだ、砦の中へと入って来たゼファー将軍を止めるために、我々は戦っていたが、魔武器を使う前から最強と謳われていたゼファー将軍、更に魔武器の力でより強くなったゼファー将軍を止める事が出来なかったのだ。


 俺自身、俺が放った魔法は全て弾かれ、ゼファー将軍が放ったブレスの衝撃で吹き飛ばされてしまったのだ。


 俺が一瞬気を失っている間にも、兵士たちは何とかしようと戦ってくれたのだが、桁外れの強さを持つゼファー将軍の前では、兵士たちの屍の数が増えるだけだった。


 唯一の救いだったのが、連合軍が攻めてこない事だ。理由はおおよそだがわかる。ゼファー将軍が恐ろしいのだろう。いつあの牙が自分たちに向くかわからないから、奴らは砦の方に寄ってこないのだ。


「オスティーン男爵はどこに?」


「あれを止めるために兵士たちの指揮を取っています。しかし、次第に下がるようにとの命令も……」


「わかった。俺もオスティーン男爵の元へ……ぐっ!」


 俺は何とか立ち上がろうとするが、足に激痛が走り立つ事か出来なかった。よく見れば足は違う方へと折れていた。くそ、こんな時に。


 普通の人間の身の丈ほどある青龍刀を振り回すゼファー将軍。一振りする度に体の一部が吹き飛ばされる兵士たち。我々の魔法は弾かれ、一撃でもくらえば死に至る攻撃。本当に竜種と戦っているようだ。


「……っ! オスティーン男爵!」


 そして、ゼファー将軍の進む先には、五体満足ではあるが、全身ボロボロになっているオスティーン男爵の姿があった。


「オスティーン男爵よ。お前を殺せばこの戦いも終わりだな」


「ぐっ……そう簡単にやられるわけにはいかんな。私の帰りを待つ妻と娘がいるからな!」


 オスティーン男爵は走り出し、ゼファー将軍へと迫る。そのオスティーン男爵へと向かってゼファー将軍は、青龍刀を斜めに振り下ろす。俺の目では追う事がほとんど出来ないゼファー将軍の斬撃。空間を切り裂くかと思うほどの斬撃だが、オスティーン男爵は避ける。


 そしてそのまま向かうが、道を阻むように鋭い尻尾がオスティーン男爵を貫こうと迫った。オスティーン男爵は体を捻り避けるが、尻尾の動きが突く動きから横へと払う動きに変わり、オスティーン男爵の脇腹へとぶつかった。


 オスティーン男爵は尻尾を防ぎ切れずに吹き飛ばされる。まずい! 俺や兵士たちはオスティーン男爵を守るために魔法を放つ。


 何とか足止めをして、その間にオスティーン男爵を逃がそうとするが、ゼファー将軍は足を止めずに進む。くそっ、このままじゃあ!


「こんな力を使わずに倒したかったが、我々も国を賭けているからな。悪く思うなよ、オスティーン男爵よ」


「ゲホッ、はぁ、はぁ、わ、たしを殺したとしても、お前たちは勝てない。この軍にはまだ彼がいるからな」


「彼? レイブンの事か? 奴が出てこようとも俺は負けん」


「くくっ、ははは! 確かにレイブン将軍もいる。だが、彼のところに行く前にお前は負ける!」


「何だ……ん?」


 オスティーン男爵と話していたゼファー将軍が突然上を向く。空は太陽が輝き青空が広がるだけ。だけど、その太陽と被るように大きな鳥が複数飛んでいた……鳥? いや、違う。空高く飛んでいるはずなのに、姿がわかるほどの大きさ。あんなの魔獣以外で見た事がない。


 更には、先程までは鳥と被っていたためわからなかったが、空に2つの黒い点が浮かぶ。それは徐々に大きくなり、そして姿を現した。その光景を見た俺は言葉を発する事が出来なかった。


 空から降ってくる2つの影。形は徐々にわかり、それが人だとわかるのにそう時間はかからなかった。


「烈炎流奥義、絶炎!」


火焔嵐イグニステンペスト!」


 2つの影は流星のごとくゼファー将軍へと落ちた。ゼファー将軍は、それぞれが振り下ろした剣を青龍刀で受け止めるが、完全に受けずに後ろは下がる事で力を逃した。


 2人の攻撃がそのまま地面へと伝わり、衝撃が周りへと広がる。砂埃が舞い上がり視界が悪くなる。ただ、視界が悪い中、砂煙の中、2人の声が聞こえて来た。


「こ、怖え! も、もう、俺絶対空からなんて飛びませんよ!? 絶対ですからね!!」


「ええ!? 楽しかったじゃないですか、景色も良くて。またやりましょうよ、アルノード子爵」


 ……戦場に場違いな声がするが、その声が俺たちを安心させた。オスティーン男爵がああ言ったのもわかる。この2人にならどうにか出来ると。

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