黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

188話 アルバスト防衛戦(17)

「どうするつもりだ、アタランタ将軍よ。数日前からパトリシア王女を捕らえていた後続からの連絡は途絶えた。それに奴らの援軍が近づいているという報告もある。今は何日かおきに補給があると言っても領内から離れた我々と、補給があるアルバスト軍。奴らの援軍が来れば、あの砦を突破するのは難しいだろう」


 俺は目の前に座るアタランタ将軍へと尋ねる。この砦を攻め始めて2週間近くが経ったが、思うように進めていない。本来であればこの砦も突破しているところだが……これは向こうの将軍が良いのだろう。


 フレデリック・オスティーン。隣国である我々の国にも聞こえてくる名前。将軍であるレイブン・クリフィールがいなければ将軍についていたと言われるほどの実力者。奴が上手い事守るため、思うように動けない。


「そうですね。初日に砦に侵入させた獣人暗殺部隊からも連絡がありません。後続の方にも伝令を出したのでそろそろ戻ってくるとは思うのですが……」


 アタランタ将軍も思案顔で考え込んでしまう。どう攻めるか考えていると、外が騒しくなって来た。なんだ?


「アタランタ将軍、失礼いたします!」


「何事ですか? 現在見ての通り……」


「後続の部隊が全滅しておりました! 捕らえたパトリシア王女の姿は無く、生き残りはいませんでした!」


 突然入って来た兵士の言葉に俺もアタランタ将軍も黙るしか無かった。ふむ、奴らが何らかの方法で砦を抜けたのか。獣人化したパトリシア王女が暴れたとも考えられるが、それは殆ど無いだろう。獣人化する前には首輪を付けるよう指示をしていたからな。


「アタランタ将軍よ。もう出し惜しみをしている場合ではなくなったな」


「……そうですね。あれを使いましょう。大丈夫ですか、ゼファー将軍」


「仕方あるまい。ブリタリス王国のためだ。俺の命でこの戦争が勝てるのなら、喜んで使わせてもらおう」


 俺は奥にある武器を取りに行く。武人としてこの戦争を終わらせたかったが、そうも言っていられない。獣となった俺を止められるか? アルバストよ。


 ◇◇◇


「ふぅ、何とか戻って来られましたね」


「ええ、体は大丈夫ですか、パトリシア王女?」


「大丈夫です。これでも鍛えていますからね」


 そう言って、力こぶを見せてくるパトリシア王女。残念だけどこぶはなくて、綺麗な二の腕があるだけだけど。他の兵士たちもちゃんと来ているな。


 パトリシア王女が捕らえられていた場所から2日が経った。俺の体の傷も連合軍の野営地に残っていたポーションで治り、動けるようになったため、砦まで戻って来たのだ。ただ、このまま砦に戻る事は不可能なので、今は偵察に行ってもらっているところである。


「……まだ、大丈夫だと良いのですけど」


「なに、大丈夫ですよ、パトリシア王女。あそこを守っているのはオスティーン男爵です。それに補佐としてグリムドもいますから」


 俺はパトリシア王女が安心するように話しかける。正直に言うと俺も不安だ。だけど、俺たちは信じる事しか出来ない。


 この2日間はぶっ通しで歩き続けたから少し休むか。偵察の戻りも待たないといけないし。ここから砦に戻る方法は、以前掘った通路を使う事だ。


 出て来た穴は別のところにあるが、その通路と土竜の獣人であるジェイクが掘る穴を繋げれば戻れるらしい。こればかりはジェイクを信用しなければならないが、奴隷の首輪による命令を拒否する事は出来ない。ちゃんと掘ってくれるだろう。


「ホー、見回りから戻って来たホー」


 これからの事を考えていると、バサバサと風を切る音と共にそんな声が聞こえてくる。俺の目の前にはフクロウ型の獣人、ファレマが空から降りて来た。


 俺が目覚めた日に彼らから話を聞いた俺は、獣人たちも連れて行く事にした。理由は同情の部分もあるが、何よりその能力の高さがとんでもないからだ。


 それに、彼らには悪いがこれだけの獣人たちがいれば、パトリシア王女の事もそんなに気にならなくなるんじゃないのか、という考えもある。まあ、本当に彼らの力が今の俺たちには心強いのが一番だが。


 オーガ型やウルフ型、鳥型に土竜型など様々な獣人たちがいる。人数は減ってはいるが60人ほど。1人1人がかなりの能力を持っている。


 そんな彼らだが、当然周りからしたら異端としか言いようがない。この戦争が終わった後は使い潰されるのが目に見えている。現にこの前の戦いでは使い捨てにされたわけだからな。


 だから、俺が彼らを囲い込む事にした。理由はさっきの通りだし、何より同じ経験をした彼女がいる。彼女を隊長とした部隊を作れば領地的にもプラスになるだろう。


「アルノード子爵、砦から煙が上がっていたホー」


「……どういう事だ?」


 新しい部隊について考えていると、ファレマが聞き捨てならない事を言い始めた。隣のパトリシア王女も驚きの表情を浮かべている。


「門の1つが突破されていたホー。けど、まだ砦の中にはアルバスト軍は残っていたホー。私たちと同じ獣人と戦っていたホー」


「こうはしていられません! 早く砦に戻りませんと!」


「落ち着いてください、パトリシア王女。今の話を聞く限りまだ砦の中にはアルバスト軍は残っているようです。ファレマ、獣人は何人いた?」


「1人ホー」


「……俺の聞き間違いか? 今の感じだとあの砦が1人で破られたように聞こえたのだが?」


 どうにか間違いであってほしい、そんな思いを込めて尋ねてみるが、ファレマの口から聞こえて来たのは、最悪な方向に予想通りな事だった。


「その通りだホー。私も噂程度にしか聞いた事が無いけど、パトリシア王女に使った魔石よりもとんでもない力のある魔石があるらしいホー。多分それを使ったのだと思うホー。他の軍は暴れ回る獣人に巻き込まれないように、後方で待機してるホー」


「その魔石って何かわかるのか?」


「あれは見た目からして、多分だがランクA+、エメラルドドラゴンの魔石だホー。そして、それを使っていたのがブリタリス王国最強の将軍、ゼファー将軍だホー」


 ……かなり厄介な事になっているな。だけど、同時に砦へと戻るチャンスだ。連合軍が巻き込まれないように後方にいるのなら入る隙はあるはず。


「よし、すぐに砦に……なっ!?」


 すぐに出発しようと立ち上がった時、空に向かって斜めに伸びる一筋の線。あれは……ブレスか。雲を貫くほどの威力。これは急がないと。


「アルノード子爵、急ぎましょう!」


「ええ、みんな行くぞ!」


 オスティーン男爵、グリムド、みんな無事でいてくれ。

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