黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

184話 アルバスト防衛戦(13)

「……パトリシア王女」


 両手を地面につき、俺に向かっていつでも飛びかかる事が出来るように威嚇して来るパトリシア王女。体から溢れて来る魔力に威圧は、以前出会った時のパトリシア王女とは段違いだった。


「パトリシア王女! 俺です! ヴィクトリアと結婚したレディウス・アルノードです! 覚えていませんか!?」


「ガァッ!」


 俺の呼び声にも反応せずにパトリシア王女は、地面につけていた両手を少し上げて、4足で地を駆ける猛獣のように低い姿勢のまま向かって来た。くそっ、やるしかないのか!?


 鋭い爪を生やした右腕を、下から振り上げて来るパトリシア王女。俺はレイディアントで振り上げて来る右腕を払うが、顔目掛けて左手の爪で突いてきた。


 俺は右腕を振りレイディアントの柄の尻で弾く。そのままパトリシア王女の服を掴むように左腕を伸ばすが、下から衝撃が走った。


 スラリとしたパトリシア王女の右足が綺麗に振り上げられて、俺の左腕を蹴り上げられたのだ。蹴られた衝撃で怯んでいると、パトリシア王女は足を振り上げた勢いでバク転。そして、魔力で覆われた三尾の内の一尾が、顎を打ち上げようと下から振り上げてきた。


 腰に差しているシュバルツを抜きレイディアントと交差させて防ぐが、ガキンッと鉄とぶつかるような音が鳴り響き、力で押し負けた。


 くっ、なんて力だ。こっちも全開ではないとはいえ魔闘拳、魔闘装をしているというのに。後ろに飛んで威力を逃すが、パトリシア王女は着地した時の低い姿勢のまま、俺の足を狙って蹴りを放ってくる。


 俺はパトリシア王女の蹴りを跳んで避け、そのままパトリシア王女に向かって両剣を振り下ろす。パトリシア王女は蹴りを放った後に背を向けながら丸いお尻を上げて来た。


 普通ならどうして? と思うのだが、今のパトリシア王女は獣人だ。獣人が持つお尻についている尻尾が振り上げられる。三尾の内、左右の尻尾が俺の両剣を防ぎ、真ん中の尻尾は俺の体を抉るように伸びて来た。


 俺は尻尾に剣をぶつけた力を使って体を捻るが、パトリシア王女の尻尾が左脇腹を掠る。


 見た目はふわふわで柔らかそうな尻尾だが、魔力で強化された尻尾は1本1本鋭く尖り、それが束ねられている尻尾の表面はザラザラとしている。


 ザラザラとしている尻尾が、俺の脇腹を削る。脇腹に走る痛みに歯を食いしばりながらも、剣を振り切りパトリシア王女の尻尾から逃れる事に成功した。


 俺は削られた左脇腹をシュバルツを持った左手で押さえながらも、パトリシア王女から目を離さないように構える。


 再び地面に手をつけいつでも飛び出せるように構えるパトリシア王女。くそ、パトリシア王女は俺の事を確実に敵だと見て襲ってくる。


 だけど俺はまだ獣人になる前だった時のパトリシア王女の面影を見て、本気になれない。本当に情けないな俺は。敵には恨まれようとも戦うと言っておきながら、いざ知り合いが敵に回ると動きが鈍るなんて。


「グゥゥ」


 俺を睨んでくるパトリシア王女……何か方法があるはずだ。パトリシア王女を元の姿に戻す方法が。ミネルバの時みたいに獣人を元に戻す方法が。


 その時目に入ったのが胸元で赤く輝く魔石だ。あれがパトリシア王女を獣人へと変えている元凶だろう。あれを壊せば元に戻るかもしれない。


 だけど、その確証がない。今までは魔獣の魔石が付いた魔武器を持っていた者が魔武器の力を使う事で獣人へと変貌していた。


 その際は魔武器に付いている魔石を破壊する事で元の姿に戻っていたが、パトリシア王女は体に魔石が引っ付いている。もしかするとそれを破壊すれば、彼女はい元の姿に戻るかも知れない。


 だが、あくまでももしかすると、だ。逆に魔石を壊した事によって彼女は元に戻れないかも知れない。それかそのまま死んでしまう事も……。


「考えるだけ無駄か」


 どちらにせよ、結局はやる事は変わらない。覚悟を決めろよ、俺。こんな事で迷ってんじゃねえよ。俺は1度目を瞑り集中する。もう迷わない。彼女を助けるために彼女を倒す。


「グルゥ!」


 俺が動かない事に痺れを切らしたのか、パトリシア王女は向かって来る。俺は再び纏・天を発動。ただの纏じゃあ彼女のスピードには追いつけない。


 パトリシア王女は右手を突くように出して来る。シュバルツで下から弾き、同時に右手のレイディアントを左下から振り上げる。レイディアントはパトリシア王女の左手の爪で封じられたが、左足で回し蹴りを放つ。


 魔闘脚をした全力の蹴りだ。普通の人間だと骨折は免れないが、パトリシア王女は三尾の内の一尾で俺の蹴りを防ぐ。先ほどの硬さはなく、魔力は流れているけど威力を逃すように物凄くふわふわと柔らかい。


 パトリシア王女は俺から少し距離を取るが、俺は逆に詰める。


「旋風流、風切!」


 俺は迫りながら両剣を使い斬撃を放つ。パトリシア王女は斬撃の雨をまさに動物のように四肢を使い、地面を縦横無尽に駆け避ける。獣人になった際に変わったのか、人間には持てない動物特有なしなやかな筋肉。


 パトリシア王女はそのまま駆けて距離を保ちながらも尻尾に魔力を集めていく。一体何をする気だ? と風切を放ちながら見ていると、パトリシア王女の尻尾は走りながらも空に向かうようにピンと立つ。そして三尾の尻尾の先にメラメラと燃え上がる火の玉が出来た。


 しかもただの火の玉ではなく、かなりの上級魔法クラスの魔力が圧縮された火の玉だ。アレを既に3発分も。しかも、パトリシア王女の魔力を見てもあれをいくつも撃てると見て間違いないだろう。


 パトリシア王女は走りながら尻尾を振ると先端にある火の玉が俺に向かって飛んで来た。俺は火の玉に向けて風切を放つが、かなりの熱量を持つ火の玉にはぶつかると同時に消滅させられた。


 速度も下がる事もなくそのまま飛んで来る火の玉、このまま避けても良いが、それでは追い込まれるだけだな。


 俺はレイディアントを鞘に戻しシュバルツを右手に持ち替え水平に構える。そしてシュバルツの魔剣としての力を解放する。解放されたシュバルツの力、闇属性の力をいつも通り剣に纏わせる。ここまでは今までもやって来た。だけどこれじゃあ足りない。もっと強くなるにはこれだけじゃあ足りない。


 俺の頭に浮かぶのは以前に見せてもらった師匠の技。俺には絶対に出来ないと思っていた技。あれを思い浮かべながら剣全体に流した闇属性の魔力に俺の魔力を同調させる。まるで同じ魔剣だと勘違いさせるように魔力を流す!


 すると、シュバルツから放たれる闇の魔力が俺の纏に合うように流れて来る。まるで俺を守るような鎧のように。


 パトリシア王女の火の玉は既に目の前。3つの火の玉俺へと向かって来る。俺はそのままシュバルツを水平に構え


「明水流、魔流」


 迫る火の玉を俺から逸らす。シュバルツの闇属性の魔力に体の魔力を合わせた事により、より魔力の流れを感じる事が出来るようになった。まるで自分の体のように。そのおかげか切っ先に触れた魔力を流す事も容易くなった。


 師匠に見せてもらった技を俺に合わせて変えた。俺だけの魔天装。俺は再びシュバルツを構える。


「行くぞ、パトリシア王女」

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