黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

173話 アルバスト防衛戦(3)

「……何人が砦から逃げる事が出来た?」


「おおよそではありますが3千程でしょう。初めは8千程だったのですが、散り散りになった者と、逃げ切る事が出来なかった者も含めてです」


「そうか。わかった」


 私の言葉に部下は下がる。我々がパトリシア姫と別れて砦を出てから今日で2日が経った。


 砦から出た後は当然、ブリタリス、ゲルテリウスの連合軍の総攻撃にあった。門を出た瞬間から四方八方から矢や魔法の嵐。準備をしていなければ、私も死んでいただろう。


 それから、固まっては集団で狙われるので、軍をいくつかに分けて、我々は退却を行なった。目的地は以前の国境砦になる。


 何度も攻めて来た連合軍だが、パトリシア姫が放った一撃のおかげで、奴らは追ってくるのをやめて、1度砦へと戻って行った。その間に何とか距離を稼げた我々は、見通しの良い丘で野営を取っている。


 本当なら急いで逃げなければならないところだが、砦の中にいた時でさえ、休む暇も無く戦っていたのだ。兵士たちの精神、体力共に限界が来ている。どこかで1度は休まなければ、何も出来ないまま死んでしまうだろう。


 運のいい事に昨日の撤退から、連合軍は姿を見せていない。砦からここまでは少しとは言え距離がある。夜の間だけでも休ませてやらなければ。


「ローデン様は休まれないのですか?」


「メディか。お前こそ休まないのか?」


 焚き火を睨んでいると、私の前に部下であるメディが立っていた。手には気のコップを持っている。茶髪を短くして胸も小さいため美青年に間違われる事があるが、女性だ。


 彼女は2つ持っているうちの1つを私に渡してくる。どうやら私にも持って来てくれたようだ。中身は水だが、乾いた喉を潤すには十分だ。


 彼女はそのまま焚き火の向かいに座る。どうやら彼女は休まないようだ。


「兵士たちの様子はどうだ?」


「良くはありませんね。戦いで傷を負い、日夜逃げる事に疲労を溜めているのは仕方がないといった感じなのですが、やはり姫を置いて逃げた事に精神的に辛いようです」


「……それは皆同じだ。私も本当なら砦に残りたかった。だが」


「ええ、国の事を考えれば、ここで兵士たちを無駄に減らすわけにはいかない。姫の考えですね」


 私はメディの言葉に頷く。この戦争が決まった時に既に姫は退却の事を念頭に置いていた。敵の数からして砦を守りきれない事を。


 ……今更考えても仕方がないな。私は姫の代わりに皆を逃さなければならない。散り散りになった者たちも逃げ切れてくれれば良いのだが。


「……わかったらもう休め。明日は朝早くから移動する。そろそろ奴らも追いかけてくる頃だろう。何としても国境まで逃げなければ」


「そうですね。その頃には国からの援軍も来るでしょうし」


 メディはそれだけ言うと、自分が休んでいる場所へと戻って行った。姫の軍には少なからず女性がいる。大将が姫だったのが理由だが、他の隊に比べれば多い方だろう。銀翼騎士団には負けるが。


「……私も休むか」


 少しでも休んで明日に備えなければ。私の予想だが、明日には再び攻めて来るだろう。姫の一撃でどうなったのかはわからないが、それだけで攻撃を止めるとは思えない。どちらかの将軍が死んでいたらわからないが。


 今の速度なら後3日もあれば国境までたどり着く事が出来るだろう。


 私はこんな時でも輝く星空を天井に明日の事を考えながら目を瞑った。


 ◇◇◇


「全軍、防衛しつつ後退せよ!」


 翌日の昼頃、ついに奴らが追いついて来た。数は7千ほど。鎧や旗からしてゲルテリウス軍だ。ブリタリス軍はいなかったので、奴らの独断だろう。


 奴らは姿を見せた瞬間、馬を走らせ突撃して来た。全く作戦も何もないただの特攻だが、疲弊している私たちには逆に厳しいものだった。


 何とか隊列を組み対応するが、単純な数の押しに少しずつ兵は倒れていく。数の差がここに来てのしかかって来る。


「くっ、はぁ!」


 私も剣を抜き、切りかかって来る敵兵を切る。既に周りも武器を抜き、乱戦となっている。何とか下がろうとするが、このままでは。


「ローデン様!」


 その時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば私を背後から狙っていた兵士がおり、更にその後ろにはその兵士へと剣を突き立てるメディの姿があった。彼女に救われたな。


「メディ、助かったよ」


「いいえ、無事で良かったです。それよりもこのままでは……」


「ああ、わかっている。何とか突破口を開かなければ」


「ぐわぁっ!!」


「がはっ!」


「ぎゃぁっ!」


 どうにかして突破しなければ、と考えていた時、敵陣の中から槍を持った男が馬を走らせて来た。かなりの槍捌き、かなりの腕だな。そしてそのまま槍を突き出して来た。


 私とメディは左右に飛んで避けて、男の槍を避ける。男は直様馬を返し、私目掛けて走って来る。狙いは私か!


 男は馬を走らせ槍を再び突き出して来る。私は何とか剣で防ぐが、馬上からの攻撃の上に槍が相手だ。中々攻勢に出られない。


「ローデン様! ちっ、邪魔をするな!」


 メディが私を助けようと向かおうとするが、別の敵兵がメディへと襲い掛かる。メディは何とか倒すが、次々とやって来る。


 他の兵士たちも次々と倒れていく。何とかしなければ。しかし、周りの兵士たちに気を向け過ぎたのか、私の剣は男の槍に弾かれ、右肩へと槍が突き刺さる。


「ローデン様!」


 メディが私を呼ぶ声が聞こえるが、私は槍を突き出された勢いに吹き飛ばされる。痛む右肩を押さえながら、体を起こすが、目の前には男の槍があった。


 ……くそ、ここで終わりか。すみません、パトリシア姫。このような場所で倒れる私をお許し下さい。


 私は心の中でパトリシア姫に謝りながらも、迫る槍から目を離さなかった。だが、そこから先はなかった。


「がっ!?」


 私へと槍を向けていた兵士の頭に矢が刺さったからだ。一体誰が? 敵兵でも部下でもない。普通はこんな乱戦の中で矢など放たないからだ。


 しかし次々と射抜かれていく兵士たち。ただ、不思議なのが射抜かれていくのは敵兵だけなのだ。こんな入り乱れている中で、敵兵だけを射抜く技量。とんでも無い弓兵がいる。そして


「全軍、突撃!」


 国境の方から新たな軍が現れた。旗は我々アルバスト王国の国旗に加えて、真っ黒い旗に交差する2本の剣。そして先頭には綺麗な白馬に乗った、白馬とは真逆な黒い鎧を付けた黒髪の少年が走っていた。

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