黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

閑話 弟弟子の日常(2)

「さあっ! 尋常に勝負よ、クルト!」


 そう言い、俺に木剣を向けてくるアルテナ。だけど、俺はそのままアルテナの横を通り過ぎ、この道場で烈炎流の上級で師範である、カライド先生の下へ行く。


「カライド先生、本日もよろしくお願いします!」


「ああ、今日もよろしくな。それであれは良いのか?」


 カライド先生は俺の後ろを指差すが、俺は烈炎流の修業に来たのだ。偶になら良いのだが、来る度に戦いをしていたら、時間が足りなくなってしまう。アルテナには悪いけど。


 それでも、カライド先生は俺の後ろから目を離さないので、振り返って見ると、そこには涙目で頬を膨らませているアルテナの姿があった。


「うぅっ……ぐすっ……ま、前もそう言ってしてくれなかったじゃ無い! 急いでいるから今度って。だから次くる日を楽しみにしてたのに……」


 そう言いながら、目元の涙を拭うアルテナ。うっ、そういえばそんな事を前に言ったような気がする。周りを見て見ると、俺を睨む視線に囲まれていた。


「……あー、それは悪かったよ。今からやろう。だから泣き止んでくれ」


「本当ね! 本当の本当に相手をしてくれるのね!?」


 キラキラとした目で尋ねてくるアルテナに、俺は頷くと、ウキウキとした風に俺に木剣を渡して、俺から距離を取る。


 それからは、何度も何度もアルテナの相手をさせられた。アルテナが満足するまでやったので、既に日は暮れかけていた。


「ふふっ、さすが私のライバルね! あなた用にいくつか考えて来たのだけど、悉く封じられて」


 何か手応えを感じる事があったのか、嬉しそうに話すアルテナ。いつもの動きと違う時があったのは、そんな事をしていたからか。


「悪かったな、アルテナ。初めは無視して。アルテナのおかげでいい修行になったよ」


「そうでしょそうでしょ! ふふ、私が絶対にあなたを超えて見せるんだから、もっと強くなってよね!」


 アルテナはそれだけ言うと、楽しげに次の相手を探す。本当に烈炎流が大好きなんだな。兄貴に合わせたらどうなるんだろうかな? 実力ならここの師範にだって兄貴は負けてないし。アルテナも気にいるかも。


 でもまあ、それはだいぶ先の話になるだろう。今はここから動く事は出来ないし、エリシア様も、アルバスト王国には入らないからな。


 俺だけ行っても良いのだけど、出来ればエリシア様とこれから生まれる子供も兄貴に合わせたい。


 そんな事を考えながら帰路につくと、目的の家からとても良い匂いがする。空腹には中々きついとても良い匂いだ。すぐにでも腹の音が鳴りそう。


 俺は少し足早に歩き、家に入る。中はリビングとキッチンが一緒の部屋で、みんなの部屋は二階になる。前の家に近い感じだ。


 そのキッチンで料理をするのは、俺のいとしのミアさんと、夕食ぐらいは手伝うというエリシア様が、仲良く夕食を作っていた。


「あら、クルトお帰りなさい」


「クルト君、お帰り!」


 俺が帰って来た事に気が付いた2人はそれぞれ挨拶をしてくれる。この瞬間が俺は好きだ。昔は毎日生きるのが辛くて、ロナとセシルと誰が初めに死ぬなど、話をしていたぐらいだからな。


 それに比べたら、兄貴に助けられてからは帰りを待っていてくれる人がいるっていうのは幸せなものだ。あの頃の俺が、この光景を見ていたら、口をあんぐりと開けて驚いていただろう。


「どうしたの、クルト君?」


 昔の事を思い出していたら、目の前には綺麗なミアさんの顔があった。俺は思わずドキッとしてしまったが、バレない様に何でもないと言う。エリシア様にはバレていた様で、後ろでクスクスと笑われているが。


 それから、ゲルマン様たちが帰って来ると、みんなで夕食となる。ゲルマン様たちは今日の売り上げなどの話をしたりと、夕食時はいつも賑やかになる。


 みんなで談笑しながら夕食を食べていたら、突然扉が叩かれた。一体何なのかと思ってみんなで顔を見合わせるが、当然見当がつかない。万が一の時のために俺が短剣を持ち、扉に声をかけると


「あっ、クルト? 私、アルテナよ」


 なぜかアルテナが家にやって来た。理由はさっぱりわからない。そして背後から「クルト君?」と今まで聞いたことのない様な冷えた声が聞こえる。振り返るのが怖いので、心の中でミアさんに謝りながらも、扉を開ける。


 すると、ここまで急いで走って来たのだろう、汗をかいてあり息を切らしているアルテナが立っていた。だけど、疲れた様子はなくて、逆に目をキラキラとさせて興奮している様だ。


「こんな夜遅くにどうしたんだよ、アルテナ?」


「ごめんなさい、クルト。どうしてもあなたに会いたくって」


 おいっ! そんな誤解を生む様な言い方なんてしたら……


「クルト君?」


 思わず真冬の王都を思い出してしまった。食い物もなく、寒さをしのぐ服も無かったあの時を。死を覚悟した真冬の寒さを思い出す。それほど冷えた声がすぐ後ろから聞こえて来る。


「ミアさん、これは違うんだ。彼女は俺が通っている烈炎流の道場で知り合った同じ門下生なんだ。なっ、アルテナ」


「ええ、私はクルトの永遠のライバル、アルテナと言います。よろしくお願いしますね」


 アルテナの言葉に少し訝しげな表情を浮かべながらも、ようやく納得してくれたミアさん。ふぅ、何とか変な誤解をされずに済んだな。


「それで、こんな夜遅くにどうしたんだよ?」


「あっ、そうよ! それを話しに来たのよ! クルト、直ぐに旅の準備をしなさい! 明日には王都へ出発するわよ!」


「はぁぁ? 突然何を言いだすんだよ、アルテナは。理由を教えてくれよ?」


 突然意味不明な事を言い出すアルテナに、俺は頭を抱える。突然過ぎて頭がついていかない。


「王宮からトルネス王国にある各流派の道場に使者が来て、フロイスト王子の剣術指南役兼護衛を探しているそうよ。
 年齢は12歳から16歳の間で。何でも数ヶ月前に行われた親善戦を見て、フロイスト王子も剣術を習いたくなったんだって。そして、この領地の烈炎流の道場代表で、私とクルト、あなたが行く事になったのよ!」


 それで、急いで来たのか。親善戦といえば兄貴が出ていたんだよな。もしかして兄貴の姿を見てフロイスト王子もやりたくなったとかかな?


 突然の事で訳が分からな過ぎてアレなのだが、取り敢えず行く事にはした。王都への集合まであと1週間はあるらしいのだが、万が一何か起きた時のために、アルテナは早く出たいそうだ。


 みんなを家に残して長い事離れるのは少し躊躇ったが、エリシア様が背中を押してくれた。妊娠していても『紅蓮の魔女』は弱くない、と。俺はエリシア様の言葉に甘えて王都へ行く事にした。この選択が俺の人生に関わるは、この時は思いもしなかった。

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