黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

137話 お別れ

「……ここはこうして、と。ふぅ、これで終わった!」


 俺は自分が使っていた部屋を見て頷く。これなら次の人が使っても大丈夫だろう。


「ふふ、お疲れ様です、レディウス様」


「お疲れ様です、主人様。しかし、主人様が部屋を掃除すると言い出した時は驚きましたよ。本来なら侍女がしてくれるのに、自分からやりたいなんて」


 俺が満足げに部屋の中を見ていると、後ろからヘレナとミネルバ話しかけてくる。手には机などを拭くのに使ったのだろう、濡れた布を持っていた。


 2人も少しの間だけだけどこの部屋を使ったので、俺の掃除を手伝ってくれたのだ。


「俺が3週間もお世話になった部屋だからな。自分の手で掃除したかったんだよ。まあ、癖みたいなものだな」


 ミストレアさんのところに住んでいた時は自分が使っている部屋が汚かったら、ミストレアさんの鉄拳が飛んできたからな。あれのおかげで汚くなるも体が震えるようになったから。


「2人も準備は終わったか?」


「はい、私もお姉様も大丈夫です」


 2人とも足下にはそれぞれ1つだけ鞄を置いている。女性にしては物凄く少ない量だ。向こうに帰ったら色々用事ないないとな。ヴィクトリアやロナに頼んでみるか。


 ロナ、元気にしているかな? 怪我とかしていないか心配だ。まあ、ロポもいるし、ガラナもいるから大丈夫だとは思うのだが。


 ロナたちや、ミストレアさんやヘレネーさんにもちゃんとお土産は買えたし。ミストレアさんとヘレネーさんはいつ渡せるかはわからないが、買ってないよりは良いだろう。


 俺は自分の荷物を持って、入り口まで歩く。部屋を出たところで振り返り頭を下げる。2人もつられて頭を下げている。
  
「……良し、みんなのところへ行こうか」


 俺はヘレナとミネルバを伴って離宮を出る。集合場所は王宮の前の広場になっている。そこまで10分ほどだ。2人に向こうについてからの事を少し話していたら、直ぐに着いてしまった。


 他の学年の生徒たちは既に来ていて馬車に乗っていた。俺が乗る馬車は……なんか大きくね? 俺が乗る予定の馬車は、他の馬車に比べて少し大きかった。馬車に近づくと


「おそーいー! 待ちくたびれたんだから!」


 既に来ていたクララが怒っていた。隣にはヴィクトリアが座っていて、ヴィクトリアの向かいにはガウェインが触っている。その隣にティリシアだ。


「悪かったよ。部屋を掃除していた気が乗ってきてさ」


「部屋の掃除って、侍女の仕事だろ? 自分でするのは良い事だが、あまり侍女の仕事を取っちゃダメだぜ?」


 うっ、そう言われるとそうだな。次からは気をつけるようにしよう。周りを見てみると、どうやら俺たちが1番最後だったらしい。


 これは、俺が悪いんじゃないぞ。予定の時間より俺は30分は早く来た。なのに最後。周りの奴らが来るのが速すぎるんだよ。まだ、アルバスト国王すら来ていないのに。どんだけ早く帰りたいんだよ。


 俺が馬車に乗ろうとしたら


「く〜〜〜ろ〜〜〜」


 この愛称で呼ぶのは1人しかいない。振り向くとそこには俺に向かって手を振って来るベアトリーチェ様の姿が、隣には笑顔のフローゼ様がいる。アルバスト国王たちも来たようだ。


「ふふ、お別れね、レディウス君」


「はい、この3週間ありがとうございました、フローゼ様」


「そんな堅苦しい挨拶はよしてよ。あのヴィクトリアが……」


「あああああっ!! ふふふ、フローゼ様お姉様!? ほほほ、本当にありがとうございましたわ!」


 フローゼ様が俺に何かを言おうとした瞬間、今までに見た事もない程のスピードで馬車から降りて来て、フローゼ様の口を押さえるヴィクトリア。何なんだ一体? そんな事は御構い無しにと


「くろ、たのしかったよ〜」


 俺の袖を引っ張って笑顔で言うベアトリーチェ様。あぁ〜、可愛いなぁ、もう! そうだ、あれを渡さなければ。俺はポケットから縦長の木箱を取り出す。


「ベアトリーチェ様、これは私からのプレゼントです」


「ぷれぜんとぉ〜?」


 俺が頷くと、ベアトリーチェ様は受け取ってくれた。それを見ていたフローゼ様があらあらと微笑みながら、木箱の開け方がわからないベアトリーチェ様の代わりに開けてくれる。中には


「あら、綺麗なネックレスじゃない」


「きれい〜!」


 俺は、小さなブラックダイヤモンドの付いたネックレスをベアトリーチェ様にプレゼントした。このネックレスは少しだけなら魔力を溜める事が出来る。万が一の時はこのネックレスの魔力を使って魔法を使えるというやつだ。


「これは俺からのプレゼントです。大事にしてくれたら嬉しいです」


 俺は、ベアトリーチェ様の首にネックレスをつける。長さは変えられるので大きくなっても使える。そのまま、ベアトリーチェ様を抱き上げる。フローゼ様からは許可を貰って。


「ベアトリーチェ様、お体にはお気を付けて。また会いましょうね」


「ん!」


 俺はその場で何度かぐるぐると回り、ベアトリーチェを下ろす。いつの間にか離れていたヴィクトリアとフローゼ様が、優しい目で見ていた。


「……ヴィクトリア、彼は子煩悩な父親になりそうね」


「……はい、想像しただけでも……」


 何を言っているのはわからない。別れの挨拶でもしているのだろう。


 そして、アルバスト国王が馬車に乗ったのと同時にあたりにラッパが鳴り響く。おっと、出発の時間か。俺たちも馬車に乗り、フローゼ様たちはトルネス国王の近くまで戻る。


「出発!」


 先頭の兵士の部隊の号令で進む馬車。その間も、ベアトリーチェ様は力一杯手を振ってくれた。俺も振り返すとぴょんぴょんと体で喜びを表して来る。そんなベアトリーチェ様たちに見送られながらも、俺たち、アルバスト王国親善戦参加者は王宮を出たのだった。


 ◇◇◇


「……それで、軍備の方はどうなった」


「……後、2……いや、1年と少しあれば前に近づきます」


「……ゲルテリウスとの話し合いは?」


「はい、こちらと合わせてくれるそうです」


「そうか。ならこちらが準備出来次第だな。ゼファー将軍よ。前回は真反対の地域にお主がいたから、間に合わずに、我々の領地は取られてしまった。だが、この言葉を裏に返せば、お主がいたなら、我々は領地を奪われる事はなかった。これは私の不徳の致すところだ。許して欲しい」


「はっ、私は何とも思っていませぬ。なので頭をお上げ下さい、国王陛下よ!」


「うむ、それで、アルバストには勝てるか?」


「ゲルテリウス王国の出方次第でしょうな。こちらの兵が奴らに抑え込まれれば、勝てないでしょう。しかし、ゲルテリウス王国に攻められれば、必ずそちらに目が行きます。その隙に我々は取られた土地を取り返します」


「うむ。欲は言わん。何としても我々の領地を取り返すのだ!」

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