黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

102話 王国一の鍛治職人ダンゲン

「それで、ヴィクトリアの嬢ちゃんがここに来た理由は?」


 椅子に座り、片肘をついてヴィクトリアを見るダンゲンさん。今は工房の奥にあるダンゲンさんの住居部分のリビングにやって来た。


 俺たちが初めに入った場所は弟子たちが作った武器か売られているらしくて、その奥が鍛治用の工房になり、さらにその奥が住居部分となる。


 弟子の人は全員で3人いるらしいのだが、全員が丁度出張っていていないとの事。あの武器の中にダンゲンさんの武器は無いのか尋ねてみたら、置いてないと言う。


 なんでも、ダンゲンさんは自分が認めた人にしか武器は作らないらしい。その代わり、一度認めたらその人が納得いくほどの武器を作ってくれるという。しかも種類は問わず。だから、有名な将軍や冒険者などは、ダンゲンさんに武器をお願いするそうだ。


「私がここに来たのは、御察しの通りだと思いますが、彼、レディウスの剣を作って欲しいのです」


 ダンゲンさんの質問にヴィクトリアは真剣な顔でそう答えた。やっぱり俺のためか。多分俺が馬車の中で言っていた事を覚えていたんだろう。それで、ここに連れて来てくれたのか。


「この小僧のか。良いぞ」


「やっぱり駄目ですよね、でもそこをなんと……えっ? 良いんですか!」


 ダンゲンさんの軽い回答に、ヴィクトリアは驚いて立ち上がる。その勢いで椅子が倒れて、その音で自分が驚いていた。何これ可愛い。


「コ、コホンッ、そ、それで、本当にレディウスの剣を作ってくれるのですか?」


「ああ、良いぞ。さっきも言ったが、あのクソ野郎の100万倍はマシだからな。その代わりいくら嬢ちゃんの頼みでも、金は取るからな」


「あ、ありがとうございます! 良かったですね、レディウス!」


 ダンゲンさんの許可が貰えて、物凄く嬉しそうな笑顔で喜んでくれるヴィクトリア。……俺が口を挟む前に話が進んでいっているのだが。それよりも気になる事がある。


「あの、作っていただけるのは有難いのですが、それよりも気になる事がありまして、良いですか?」


「あん? なんだよ?」


「先ほどから時々話に出てくる『クソ野郎』って誰の事なんですか?」


 俺がなんとなしに尋ねると、ヴィクトリアの顔色は暗くなって、ダンゲンさんは憤怒に染まる。やべっ、聞いちゃいけない事を聞いてしまった。


「すみません。何か聞いてはいけない事だったようですね。今のは忘れて下さい」


「別にそんなわけじゃねえがよ。嬢ちゃんは良いのか?」


「……私は大丈夫です。レディウス、先ほどからダンゲンおじさんが言っている、その、『ク、クソ野郎』というのは、その……ウィリアム王子の事なのです」


 ヴィクトリアが物凄く気まずそうに、その中でも汚い言葉の部分は恥ずかしそうに教えてくれた……さっきから地雷踏みすぎだろ俺。そして、そのまま話を続けるダンゲンさん。


「俺は先代の国王陛下と先代のセプテンバーム公爵たちと学園の同級生でよ、良くあいつらの武器を作っていたんだよ。今代の国王陛下は武芸に関しては普通だが、先代は中々の腕でよ、俺も喜んで作ったわけだ」


 そう言って昔を懐かしんでいるダンゲンさん。へぇ〜、先代の国王陛下とセプテンバーム公爵と同級生だったのか。


「基本は俺が人を選んで作るが、あいつらの家族だけは作ってやった。当然嬢ちゃんの兄にもな。嬢ちゃんは武器を使わないから、護身用に短剣を」


「はい、今はレディウスがいるので持っていませんが、普段は持ち歩いています」


 ……いやいやいや、普通にいうけど、なんで俺がいるから持ってないんだよ! あまり俺の事を頼りにされても困るぞ。そりゃあ、万が一なんかあったら助かるけど、絶対に助けられるとは限らないのだから。


 俺が持っておけよ、という意味を込めてジト目で見ると、ヴィクトリアは俺の方を見て微笑んで来やがった。か、可愛いけど、持っといてくれ。頼むから。


「見つめ合ってないで、話を進めるぞ。それで一昨年ぐらい前か。ウィリアム王子が戦争に行くから剣を作って欲しいと、ヴィクトリアの嬢ちゃんに頼まれたんだよ。ウィリアム王子に内緒でな。
 まあ、俺は構わなかったから作ったんだよ。頼まれたら作るつもりだったからな。それで出来上がった剣を俺と嬢ちゃんで王宮まで持って行ったんだ」


 ……話の流れからして、この先はあまり良い予感がしない。ダンゲンさんの顔色も怒りに染まっていっているし。


「俺が剣を作った話は国王陛下の耳に入っていたようでな、謁見の間で渡すように言われたんだよ。本当は面倒だったが、まあ、仕方ないかと思って、俺は嬢ちゃんについて行く形で謁見の間に入ったんだ。
 そこで、嬢ちゃんがウィリアム王子にその剣を渡したんだ。周りには貴族たちがいて、国王陛下と王妃が見ている前で。国王陛下と王妃は嬉しそうに見ている中、あのクソ野郎はなんて言ったと思う? 『私に剣を渡すって事は、私に死ねと言っているのか! ふざけるなっ!』てな。その上、俺の剣を放りやがった」


 ……はっ? 全く意味がわからない。何をどう考えたらそんな訳のわからない答えが出てくるんだ? 誰がどう考えても、生き残って欲しいから、良い剣を作ってもらって渡しているのに。俺は余りの言葉に開いた口が塞がらなかった。


「周りの貴族で武術の心得がある奴は、お前と同じ顔をしていたよ。逆に何も知らない阿呆どもは、クソ野郎の言葉に乗って、嬢ちゃんを批判し始めやがった。『剣を持たせるという事は前線に出て欲しいと思っているのではないか?』とか言い出しやがってよ。そこで俺の堪忍袋の尾が切れたわけだ。
 俺は直ぐにクソ野郎の下まで行き、あの憎たらしい顔をぶん殴ってやったんだ。その後は、想像はつくと思うが兵士に取り押さえられ投獄された。
 だけど、国王陛下やセプテンバーム公爵の口添えのおかげで、王都を追放されるだけで済んだ。その後、セプテンバーム公爵がここまで連れて来てくれたから、ここで店を開いているってわけだ」


 俺は全く後悔してないがな、と笑いながら話を終わらすダンゲンさん。しかし、あの王子は何気に色々とやらかしているな。国王陛下の疲れた顔が思い出される。


「ヴィクトリアの嬢ちゃんはあのクソ野郎の婚約者だからな。もしかしたら、また頼みに来たのかと思って警戒しちまったんだよ」


「……あれ? ダンゲンおじさんは私が婚約破棄されたのを知らないのですか? 他の住民の皆さんは知っていたのですが」


 ヴィクトリアの言葉に首を傾けるダンゲンさん。これは本当に知らなさそうだな。ヴィクトリアの婚約破棄の話を簡単にすると


「あのクソ野郎! こんな可愛い嬢ちゃんと婚約破棄するとは何を考えてやがる! でも、その後に婚約した相手と再び別れたのは清々したぜ!」


 ……それは少し俺も関わっているから、なんとも言えない。ヴィクトリアも少し苦笑いだ。


「はは、それで、俺の剣を作ってくれるのですよね?」


 俺は少し強引にだが話を変える。これ以上聞かれても、ヴィクトリアが可哀想だし、俺も話しづらいからな。ダンゲンさんも、思い出したのか、今から確認してくれるらしい。それから俺の手の大きさや、身長、体の動かし方など、隅々まで調べられた。その時に


「あん? なんだこのなまくらは! こんなもん商品にしやがって、死人が出るぞ!」


 と、俺の持っていた馬しのぎの剣を見て怒っていた。それからちょっと待ってろと言って工房に行ってしまった。どうしたのだろうか? そう思っていたら


「ほらよ。これを使え」


 と一本の剣を渡された。柄なら刀身、鞘に至るまで全てが漆黒に染まる両刃剣だ。刀身の長さは90センチほど。重さは普通の剣よりかは少し重いが、意外と俺の手にしっくりとくる。


「そ、それって……」


 ん? 俺の持っている剣を見てヴィクトリアが驚いている。この剣がなんなんだろうか?


「嬢ちゃんはわかるか? この剣はさっきの話に出て来た本当はクソ野郎に渡す予定だった剣だ。この剣にはダークライト鉱石という魔鉱石が使われていてな。魔力を流せば流すほど硬さが増す剣になっている」


 へぇ〜、魔力を流せば流すほど硬さが増す剣か。という事は折れづらいって事かな? それなら確かにヴィクトリアの思いも叶えられる。戦場で武器を失う事ほど危険な事は無いからな。


「ダンゲンさん。少し振っても良いですか?」


「ああ、構わねえぜ。裏を使いな」


 俺はダンゲンさんに案内されて、裏庭に出る。うん、この広さならある程度は振れる。俺は黒剣を腰に下げて、抜剣の構えを取る。


 辺りがシーンとなった瞬間、一気に剣を引き抜く。下からの切り上げ、そのまま振り下ろし、回転して右薙ぎ。後ろに手を引き突きを放つ……うん、良い感じだ。魔力の流れも普通の剣よりかは流れやすい。


「良いですね、この剣。使いやすいです」


 思いの外俺の手に馴染む。俺が剣を見ながら笑顔のままダンゲンさんの方を見ると


「おうおうおう! その年で良い動きするじゃねえか! その剣も一時とはいえ、お前に使ってもらえて喜んでいるだろう。新しい剣が出来るまではそれを使ってくれや」


 と、ダンゲンさんも笑顔で承諾してくれた。本当にありがたい。ただ


「ダンゲンさん。この剣も売って欲しいのですが駄目でしょうか?」


「その剣もか? だが、お前専用の剣を作ればそれはいらなくなるぞ?」


「あっ、それなら大丈夫です。俺、本当は二本剣を使いますので」


「なるほどな。それならその剣はくれてやる。どうせ渡す相手もいなくて、埃が被っていた剣だ。お前に使われるなら本望だろう」


 まじか! こんな良い剣をタダで貰えるなんて! あっ、でも、ヴィクトリアは良いのだろうか? 貰ってくれなかったとはいえ、ウィリアム王子のために作った剣だ。それを俺が使っても良いのか?
  
「え? 別に構いませんよ。私もただ眠っているだけになるくらいなら、レディウスに使って貰える方が嬉しいですから……それに今となってはそっちの方が……」


 と、ヴィクトリアは微笑んでくれる。そういう事なら遠慮なく貰っておこう。


 俺専用の剣は、親善戦から帰って来た時に、またセプテンバーム公爵領に寄るので、その時に受け取る事にした。


 それからダンゲンさんの店を後にした俺たちは、再び街中を歩く。俺は腰に馴染む剣に触れて、中々ご機嫌だ。


 いや〜、やっぱり馴染む剣を持つと落ち着くな。俺がそんな風にニコニコとしていたら、隣に一緒に歩くヴィクトリアがクスクスと笑って来た。なんだよ?


「ふふ。笑ってごめんなさいね。だって、今のレディウスの表情、おもちゃを貰った子供みたいにキラキラとしていて可愛らしいんですもの」


 と、言って来た。ごめんなさいと言いながらも未だに可笑しそうに笑うヴィクトリア。全く。でも、確かに今の俺はそれほど楽しそうにしていたのだろう。本当に嬉しいからな。


 こんな事を言ったらヴィクトリアには悪いのだが、ウィリアム王子、この剣を受け取らなくてありがとうございます! そのおかげでこんな良い剣をもらう事が出来ました! 本当にありがとうございます!


 ふぅ、初めてあの王子に感謝したぜ。あっ、ヴィクトリアにもお礼を言っておかなければ。


「ヴィクトリアもありがとうな。あそこに連れて行ってくれて」


「いいえ。私もレディウスのそんなに嬉しそうな顔が見られて良かったですから」


 それからは少し街を2人で見て回って屋敷へと帰ったのだった。


 この日から、この街でとある噂が流れる。それは、この街の姫であるヴィクトリアに新しい恋人が出来たという話だ。噂の発端は、ヴィクトリアが黒髪の男と仲よさそうに街中を歩いているのを、街中の人が見かけたからだ。


 街の人たちも初めて見る、ヴィクトリアの女の顔。男たちはその顔を見て見惚れて、女たちは色々と妄想を膨らませて、きゃあきゃあと言う。それほどの顔を見せる相手は絶対に恋人だと。みんながそう考えたからだ。


 その話を聞いて、怒り狂うセプテンバーム公爵に追いかけ回されるレディウス。顔を真っ赤にして悶えるヴィクトリアの話は、もう少し後で……。

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