黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

98話 「さよなら」じゃなくて「また会おう」

「だ、大丈夫か姉上?」


 俺は少し歩き方がおかしい姉上に心配する。昨日姉上と夜通しでヤッてしまったからな。はあ、駄目駄目だな俺は。


「ふふ、気にしなくても大丈夫よ。まだ違和感があるだけだから。痛みはもう無いし」


「それなら良いのだけど」


 姉上は笑顔で大丈夫だとは言うが、これ以上尋ねても、言わないだろう。


「もう直ぐ家だから、時間まで中でゆっくりしててよ」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 時間というのは、バルトの死刑の時間の事だ。国王陛下は昨日から1日俺と過ごす時間を作ってくれて、今日馬車で迎えに来ると言っていたらしい。そして、そのままバルトの死刑を見届ける事になっているという。


 時間的には昼前に馬車は来ると言っていたそうだから、それまでは家で休んでもらおう。ようやく家に辿り着いて、扉を開ける。


「ただいま……って、あれ? クルト、お前帰っていたのか。それにミアまで」


「ミア?」


 扉を開けて中に入ると、中にある机に座っていたのは、当然ながらロナと、セプテンバーム家で治療中だったクルト。そして、その隣にはミアが座っていた。姉上もミアを見て気まずそうだ。


 しかも、ロナは何だか怒っているようだし。頰をぷくぅと膨らませて腕を組んでいる。俺からしたら愛らしいのすがたなのだけど、それを言うと余計に怒るだろうから言わない。


「レディウス様! 聞いてくださいよ! クルトったら、ミアさんについて行くって言うんですよ!」


 ロナは俺を見ると、勢いよく立ち上がってそう言う。クルトがミアについて行く? 一体どういう事なんだ?


「落ち着けロナ。一体どう言う事なのか話してくれないか?」


 俺は、怒っているロナを落ち着かせるためにロナの隣に座って頭を撫でる。姉上は俺の反対側に座る。ロナも落ち着いて来たのか、なんで怒っているのか話してくれた。


 昨日、治療を終えたクルトと村に戻って来ると、家の前にミアが立っていたらしい。


 当然2人とも面識があるのでミアに話しかけると、ミアはどうやらお別れの挨拶に来たと言う。その言葉に姉上はミアを見ると、ミアはぷいっとそっぽを向いてしまった。これは黙ってついて行くつもりだったのだろう。


 当然、その言葉に狼狽えるクルト。まあ、それは仕方ないよな。好きな人が離れ離れになってしまうのだから。


「それで、クルトも一緒に行くって言い出したんです」


「なるほどなぁ」


 ロナの話を聞いて、俺は1人で納得していると


「それは一体どう言う事なの、ミア。あなたはもう私のメイドでは無いのよ」


 と、姉上はどう言う事なのかミアに尋ねる。昨日聞いた通り、姉上はミアを連れて行くつもりは無いようだ。関係ないミアを巻き込みたくないという事で。だけど


「はい。その通り私はもうメイドではありません。だから私個人としてエリシア様について行きます」


 と、普通に返して来るミアに姉上は開いた口が塞がらない。ミアも意見を変える気は無さそうだな。


「姉上、これは諦めた方がいいよ」


「で、でも、私たちなんかについてくればミアが苦労するのよ! 私や父上たちは貴族だったから世間知らずだし、物凄く迷惑をかける事になるわ! それでも……」


「構いません」


 有無を言わさないミアの一言。それだけで姉上は黙ってしまった。これは姉上の負けだな。俺が姉上を見て笑っていると、姉上は俺の脇腹を捻ってくる。い、痛いって。


「……もう、わかったわよ。苦労かけると思うけどよろしくね」


「はい!」


 ミアは姉上の言葉に嬉しそうに返事をする。2人が解決したので、次はこっちだな。


「それでクルトはそのミアについて行きたいと?」


「ああ。その通りだ、兄貴。俺はミアさんの事が大好きだ。だからついて行きたいんだ」


 真剣な表情で俺を見てくるクルト。


「ミアはどうなんだ? クルトの事、どう思っている?」


 姉上から少しはクルトの事を良く思っているとは聞いたが、本人の口から聞いておかないとな。本当は嫌なのに、無理矢理クルトを連れて行かせても迷惑なだけだ。


「私はクルト君の事は好きですが、なんて言いますか、異性というよりかは、弟のような感覚の方が今は大きいです。この先どうなるかわかりませんが」


 そう言って、クルトの方を見ると顔を赤く染めるミア。そんな事を言っているが、時間の問題な気がするな。


「それじゃあ、ミアはクルトの事を悪く思ってはいないんだな? 一緒にいても嫌にならない程度は」


「はい、大丈夫です」


 うむ。俺は再びクルトを見るが、クルトも意見を変えそうに無いな。


「わかった。クルトの人生でクルトが決めた事だ。俺は何も言わん」


「レディウス様!?」


「ありがとう、兄貴!」


 隣からは驚いた声、前からは喜びの声が聞こえる。ロナには悪いが、さっきも言った通り、これはクルトの人生でクルトが決めた事だ。俺がとやかく言うことではない。


 クルト自身も強くなってきたし、ガラナからは読み書きや一般教養も習っている。冒険者としてもやって行っているし、足は引っ張らないだろう。


「姉上、後で渡そうと思っていたけど、今渡すよ」


 俺は家の棚の引き出しから、ある袋を2つ取り出して姉上の前に置く。


「これは?」


「開けたらわかるよ」


 姉上は促されるまま袋を開けると、驚きの表情を浮かべる。そして、直ぐにその袋を俺に返してきた。


「こ、こんなの受け取れないわよ!」


 姉上が机の上に勢い良く置いたため、袋の中に入っていたものが飛び出す。それは……金貨だった。中には100枚ずつ金貨が入っている。1枚5万ベクだから、総額1千万ベクある。


「うおっ、す、すげぇ。こんな数の金貨初めて見たぜ。兄貴、これどうしたんだよ?」


「この右側の袋は国王陛下からだ。国王陛下は表立って姉上に謝る事は出来ないから、代わりに俺から渡して欲しいと言われたんだ。王子のせいで迷惑をかけたお詫びだって」


「そ、それなら左のは?」


「こっちは、俺からだ。これも、俺が戦争での働きを国王陛下に認められたんだけど、王子のせいで褒美が遅くなった事のお詫びって言っていたな」


 よくよく考えれば、国王陛下、謝ってばかりだな。少し同情したしまう。


「姉上たちには苦労して欲しくないしな」


「で、でも」


 それでも姉上は受け取ろうとしない。仕方ない。俺は姉上の側により耳元で


「それに、もし子供ができたら、姉上は働けないだろう? その時のために持っていて欲しい」


 俺がそう言うと、姉上は渋々ながら頷いてくれた。これだけの金貨があれば、贅沢さえしなければ、働かなくても10年近くは生きていけるだろう。


 家族の1月分の食事が金貨1枚で済むと考えればだけど。かなりの大金にはなるが、ミアがしっかりと管理してくれるだろうし、姉上とクルトがいる。大丈夫だろう。


 それに万が一足りなくなったら送るつもりだ。姉上たちからは落ち着いたら手紙を送ってくれる事になっているから、その時に一緒に送れば良いだろう。


 ただ、両親の2人には内緒にするように伝える。もし、このお金があるとわかれば、使うかもしれないからな。


「それから、この剣も渡しておくよ」


「えっ? で、でも、これって……」


 俺は腰に下げていた剣を渡す。その剣は母上から貰った形見の剣だ。


「俺はこの剣を姉上に預けておくよ。今度出会った時にその剣を返してくれたらいい」


 俺が姉上に向かって微笑むと、姉上も俺の言葉の意味がわかったのか、涙を流す。確かに国外に出たら、もう殆ど出会う事は出来ないだろう。だけど、これが最後ではない。俺も落ち着いたら会いに行くつもりだ。だから、再会を誓うために剣を渡しておく。


 それからクルトは大急ぎでついて行く用意をする。用意と言っても大したものは無いから直ぐに済んだのだが。


 それが、終わる頃に迎えの馬車がやってきた。その馬車にみんなで乗り込む。馬車に揺られて辿り着いたのは。王宮の前の広場だった。


 既に、死刑台は作られており、住民たちが集まっていた。俺たちも、見える場所まで案内される。それから少しすると、死刑台に今回の主犯であるバルトとグルッカスが連れてこられた。


 そして、国王陛下が壇上へ上がる。周りにはレイブン将軍などが護衛をしている。


 それから、国王陛下の説明が始まった。バルトが行なった罪。村に盗賊を手引きして皆殺しにした事や、誘拐した事など、全ての事を国民に話した。そして、それが原因でグレモンド家は断絶、姉上の婚約も無くなった事の説明をする。


 国王陛下はどうやらバルトを目立たせて、婚約の話を静かに終わらせたいようだ。まあ、ある意味王家の汚点になっているから、事を荒立てたく無いのだろう。


 そして、そのままバルトとグルッカスは国民の罵声を浴びながら、断罪された。俺も姉上も涙を流す事なくその光景をただ見ていた。


 バルトたちの死刑が終えると、姉上たちはこのまま王都を出るそうだ。馬車に乗って国外まで。この馬車も国王陛下のお詫びとか。


 王都の外までやってきた俺たちは、姉上たちと別れの挨拶をする。ここにいるのは俺とロナ、姉上とミアとクルトだけだ。グレ……ゲルマンと夫人は馬車の中だ。俺と顔を見合わせるのも嫌だそうだ。まあ、俺も嫌だからいいけど。


「兄貴、俺もっと強くなって、ミアさんたちをしっかりと守るからな!」


「ああ、頼んだぞ、クルト」


「しっかりと守りなさいよ」


 クルトの言葉に俺は笑顔で、ロナは少し心配そうに返す。


 ミアには万が一姉上に子供が出来た時の事を頼んでおいた。ミアは驚いた顔で俺と姉上を交互に見るが、真剣な表情で頷いてくれた。


 そして、最後に


「姉上……」


「レディウス、色々とありがとう。あなたのおかげで、私たちも無理する事なく過ごせるわ」


「いえ、俺なんて大した事はしていません。本当は俺も付いて行った方が良いのですが」


 俺がそう言うと、姉上に強めにデコピンをされた。地味に痛い。


「あなたにはやる事があるでしょう。それにこれが最後じゃ無いんでしょ?」


 姉上はそう言って、腰に下げている剣をさする。ああ、そうだ。これが最後じゃ無い。だから、俺が姉上に伝える言葉は


「絶対にまた会おう、姉上」


「ええ。また会いましょう、レディウス」


 そう言って抱き締め合う俺と姉上。また会うのだから涙は要らない。笑顔で見送るだけだ。


 2人は馬車の中へ、クルトは御者台に乗り、馬車を走らせる。俺は馬車が小さくなるまで、ずっと眺めていた。絶対にまた会おう、姉上。


 ◇◇◇


「くそぅ! くそくそくそくそくそ! エリシアが、エリシアが私から離れていくだと!」


 私は怒りのあまりに部屋の中にあるものに当たり散らす。こうでもしないと、イライラが収まらないからだ。


「落ち着いてください、ウィリアム王子」


 そこに、部屋にいたリストニック侯爵が落ち着くように言ってきた。


「これが、落ち着いていられるか、リストニック侯爵! せっかく一緒になれると思ったのに。あの馬鹿な弟のせいで、それに父上も父上だ! あんな事で国外追放にするなんて!」


「しかも、王命でしたからな。もう二度とエリシア嬢はこの国には入ってこれませんな」


「くそおっ!」


 もう二度とエリシアに会えないのか? そう思った時にリストニック侯爵は


「ただ、方法が無いわけでは無いですよ?」


 と、言ってきた。私は直ぐにリストニック侯爵の方を見る。


「そ、それは一体どう言う方法だ? 教えてくれ!」


 私はすがるような気持ちでリストニック侯爵に尋ねる。そしてリストニック侯爵の口から出てきたのは


「なに。簡単な話ですよ。王命を覆せるのは王命のみ。それなら、新しく王命を出せば良いのです」


「しかし、父上はこの件についてはもう取り合ってくれないのだぞ? それをどうやって……」


「なにを言っているのです、ウィリアム王子よ。将来なら王命を出せる人物がいるでは無いですか?」


 リストニック侯爵の言葉に、何を言っているのかようやくわかった私は顔を青くする。


「そ、それは、私に父上を退けて、王になれと言うのか!?」


 父上は、50近くだがまだ元気だ。そんな人を退けようと思ったらそれは、反乱を起こすしか無いぞ!?


「いえいえ、そんな事をしなくても大丈夫です。数年ウィリアム王子が我慢すれば、時期に陛下の方からウィリアム王子にお譲りしますよ」


 その時はどう言う意味かはわからなかったが、私が王位についてエリシアを呼び戻せるならなんでもよかった。待っていろよ、エリシア。必ず王妃として迎えてやるからな!

コメント

  • ペンギン

    まだ懲りてないのかウィリアム...
    いい加減にしろよ...

    7
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