黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

88話 弱音

 セプテンバーム公爵に力を借りる事が出来るようになってからは、話はどんどんと進んで行った。


 セプテンバーム公爵が部下に命令すれば、直ぐに情報が集まっていく。ロナたちに依頼したギルド職員から、その職員の経歴に、職員の家族構成。


 その依頼をした者から、その家族まで色々と。たった半日ほどで全ての情報が集まった。俺1人だったら到底無理だっただろう。


 そこで出てきた名前が


「バルト・グレモンド。そいつがギルド職員を脅して、指名依頼をさせたらしい」


「バルト……」


 俺は怒りに顔が熱くなっていくのがわかる。あの野郎。俺に手を出すだけでは飽き足らず、まさか、ロナたちも巻き込むとは。


「そいつは、金貸しから借金をしているようだな。その金で闇ギルド、盗賊、傭兵、色々と雇って今回の計画をしたようだ」


「闇ギルドって何でしょうか?」


 俺は聞き慣れない言葉に尋ねる。セプテンバーム公爵はゲルムドさんの方を向いて、ゲルムドさんは頷く。


「闇ギルドってのは、冒険者ギルドで受けてもらえないような依頼を受けているところだよ。例えば人の誘拐、強盗、殺人とかな。国は表立っては取り締まっているが、裏では見逃しているのが現状の組織だ」


「今回のバルトみたいな奴がいるからですね?」


 俺の言葉にゲルムドさんは頷く。まあ、闇ギルドとかは今はどうでもいい。今回の事に手を貸した奴はころすが。


「バルト・グレモンドは今日は学園に登校しておらず、屋敷にもいなかったようです」


「どこに向かったか、わかったか?」


「はい。ここから1日程馬で走らせた場所にある森のようです。そこからはわかりませんが」


「そこまでわかればいい」


「はい、ありがとうございます」


 俺はそのまま席を立つ。早くロナたちを助けに行かなければ。そう思ったが


「待て」


 セプテンバーム公爵に止められてしまった。早く助けに行きたいのにどうして! と叫びたいが、我慢して振り向く。


「……何でしょうか?」


「今からどこへ行く気だ? もう直ぐ日も暮れる。今日は屋敷で休め」


「しかし、こうしている間にも!」


「慌ててもどうしようも出来ないだろうが。明日の朝直ぐに出られるように準備をしといてやる。これは命令だ。それともここまでさせておいて、例の話を断るか?」


「……わかりました。失礼します」


 俺はそのまま部屋を後にする。部屋を出ると侍女が立っており今日泊まる部屋へと案内される。夕食はどうするかと聞かれたが、食欲が無いので断らせてもらい、部屋に入る。


 部屋は1人用の客室だが、やはり公爵家。置いてあるものはどれも高価そうなものばかりだ。俺はその中のベッドの上に座り頭を抱える。


 やっぱり考えるのはロナたちの事だ。どうしても無事なのかどうかと考えてしまう。最悪な想定までしてしまう。その度にバルトに対する怒りが湧いてきて、直ぐにでも部屋を飛び出して探しに行きたい衝動に駆られる。


 そんな事を考え始めてどのくらいが経っただろうか。気がつけば日は暮れて夜になっていた。そんなに考え込んでいたのか。


 そんな時、扉が叩かれる音がする。侍女でも来たのだろうか? 夜ご飯なら断ったはずだが。そう思っていたら再び叩かれる。


 本当なら無視したいところだが、こっちはお世話になっている身だ。さすがにそれは不味いと思い立ち上がり扉に近づく。


 扉を開けるとそこにいたのは


「……ヴィクトリア」


 両手で食事を乗せたおぼんを持ったヴィクトリアが扉の前で立っていた。


「レディウス。侍女から夕食は要らないと聞きました。でも、少しでも食べておかないと、明日体が持ちませんよ?」


 そう言い中にある机に食事を持ち運ぶヴィクトリア。普段なら有難く思うのだが、今はそんな気持ちにもなれない。


「侍女に言ったはずだ。食欲は無いから要らない」


「でも、少しでも食べておかないと……」


「要らないと言っているだろ!」


 ガシャン!


 俺は怒りのまま手を振ってしまった。それが運悪くヴィクトリアの持つおぼんに当たってしまい、食器が床に落ちる。当然中に入っていた食事も床に散らばり、食器も割れてしまった。


 俺はそれを見た瞬間一気に顔の熱が冷めるのがわかった。俺は最低の事をしてしまった。俺のためにと思ってわざわざ持って来てくれたヴィクトリアに当たってしまった。


「あっ……す、済まない、こんなつもりじゃあ……」


 俺がヴィクトリアの側に寄って謝ると、ヴィクトリアは一呼吸し、俺の方を見る。そして


 バチンッ!


 俺は一瞬何をされたのかわからなかった。ただ、時間が経つにつれて左頬に熱を帯びて行く。何をされたかわかった時には俺はベッドに座り込んでいた。


 俺は左頬をヴィクトリアに叩かれたのだ。その勢いのまま後ろに下がり、ベッドに座り込んだようだ。俺は左手で左頬を撫でながら恐る恐る見上げると、そこには


「……」


 涙目で俺を見るヴィクトリアの顔があった。


 ……俺は一体何をやっているんだ。バルトに対する怒り、ロナたちを直ぐに助けに行くことができない焦り、俺1人じゃあ何も出来ない自分に対する怒り。色々な事でイライラしていたからってヴィクトリアに当たるなんて。


 俺は直ぐに謝ろうとしたが、それよりも早くヴィクトリアが近づくのがわかった。俺は何発でも叩かれる、殴られる覚悟で歯を食いしばってその時を待つ。


 ……しかし、いくら待っても叩かれない。叩かれる気配も無い。俺の事に呆れて部屋を出て行ったのだろうか? まあ、それもあんな事をすれば仕方ないか。俺はそんな事を考えながら目を開けようとした時


 ボフッ


 と、何か温かくて、柔らかい物に顔全体が包まれる。な、なんだこれ? そして俺の頭の上から


「そんな辛そうな顔をしないで下さい、レディウス」


 と、ヴィクトリアの声がした。辛そうな顔? 俺、そんな顔をしていたのか? 訳がわからないまま固まっていると、ヴィクトリアは続ける。


「こんな時まで我慢しなくて良いんです。誰かに甘えても良いんですよ? ここでは誰も見てませんからね」


 そう言ったヴィクトリアに合わせて、俺の頭は柔らかい物にギュッと引っ付く。ここでようやく気がついた。俺はヴィクトリアに頭を抱き締められているのか。そして頭を撫でられる。


 この感じは懐かしい。昔良く母上にしてもらったのを覚えている。母上がいくら辛くても、笑顔で俺を抱き締めてくれたあの感触に。優しく頭を撫でてくれた感触に。


 俺は知らず知らずの内にヴィクトリアに腕を回していた。そして、


「……俺は怖いんだ。自分のせいで自分の大切な人が死ぬのが。昔から何度も思った事がある。俺の周りで不幸な事が起きるのは黒髪のせいなんじゃ無いかって。俺のせいで、俺の周りで不幸な事が起きる。
 母上が病気で亡くなり、アレスは死にかけて、ティリシアはもう少しで奴隷になるところだった。
 今回だってそうだ。俺のせいでロナやクルトが傷付き、それに巻き込まれてロポやフランさんもボロボロになった。
 俺のせいで! 俺のせいでみんなが……。俺がいなかったらこんな事には……」


「レディウス!」


 俺が言葉を続けようとすると、ヴィクトリアの怒る声が聞こえる。俺はその声に驚いて黙ってしまった。それと同時に俺の頭を抱き締める力は弱くなり、ヴィクトリアの手は俺の頭から両頬へと移動した。


 そして、ヴィクトリアは両手で俺の顔を持ち上げるようにする。目の前には真剣なヴィクトリアの顔があった。


「レディウス。あなたがいてくれて良かったです」


「えっ?」


「あなたがいてくれたおかげでアレスは命が助かりました。あなたがいなければアレスは死んでいたでしょう。
 あなたがいてくれたおかげで対抗戦で勝利する事が出来ました。あなたがいなければ私はティリシアたちのチームに入る事も無く、ティリシアは敗北、奴隷になっていたでしょう。
 あなたのお母様の事は仕方なかったと思います。病気はどうしても治らないものもありますから。でも、その事でそのお母様はあなたの事を恨んでいましたか?」


 俺はヴィクトリアの言葉に首を横に振る。母上は俺の前では一度も病気が辛いとは言わなかった。俺の前ではいつも笑顔でいてくれた。そして


「……母上は俺の事を生んで良かったと言ってくれた」


「なら、それが全ての答えじゃないですか。レディウス。あなたはいなくて良い人ではありません。そんな事を言うのはあなたを生んでくれたお母様、あなたを慕ってくれている人たちに失礼です!」


 俺はヴィクトリアの言葉に次々と顔が浮かんでくる。姉上、ミア、ミストレアさん、ヘレネーさん、アレス、ミストリーネさん、ガラナ、マリエナさん、ガウェイン、ティリシア、クララ。それにロナにクルト。


 俺は前を向くとそこには笑顔で俺を見てくるヴィクトリアの顔があった。


「確かに……その通りだな」


 気が付けば目から涙が溢れる。俺は何を考えているんだ。黒髪なんて気にしないと思っていながらこんなザマだ。


「レディウスはいなくて良い人ではありません。私も……あなたの事が大切なのですから」


「ありがとう、ヴィクトリア」


 ◇◇◇


「ふぅ……よっぽど精神的に参っていたのでしょう。すぐに寝てしまいましたね」


 私はベッドで眠るレディウスの髪を梳きながらそんな事を思います。でも、それも仕方ありませんね。レディウスにとって大切な人たちのようですから。


 ……羨ましいですね。もし、私が同じような目に遭ったら、レディウスは同じように心配してくれるのでしょうか……はっ!? 一体何を考えているのです私は!?


 レディウスは、同じ学園の生徒。対抗戦で偶々同じチームを組んだだけに過ぎません! ……でも、さっきの弱音を吐くレディウスは、その、なんて言いますか……可愛かったですね。


 普段は周りから何と言われようと堂々としているのに。あの国王陛下が見ている対抗戦の決勝でも、笑みを浮かべながら凛々しく戦っていたのに。


 ……このような姿を見せるのは私だけでしょうか? それなら嬉しいのですが。うふ、うふふふ


「なぜ1人で笑っているのですか、ヴィクトリア様?」


「ひゃああ!!」


 私は慌てて振り向くと、そこには、ニヤニヤした顔で私を見てくるマリーの姿がありました。


「ままま、マリー! あ、あなた、いつからそこに!?」


「私ですか? 私は『ふぅ……よっぽど精神的に参っていたのでしょう』からです」


 それって、レディウスが眠って直ぐじゃないですか! 一言言ってくれても良かったのに! 私は恨みがましげにマリーを睨みますが、マリーは飄々といった風に、床に散らばった食器や料理を片付けます。


「あっ、ありがとう、マリー」


「いえ、お気になさらずに。ヴィクトリア様は気にせず、そのままレディウス様に添い寝しても構いませんよ? 公爵様と奥様には黙っておきますから」


 私を見てウフフと笑うマリー。私は


「わわわ、私はそんな破廉恥な事はしません!」


 と、マリーに言い、そのまま部屋を出てしまいました。ふぅ、全くマリーは! 私がレディウスと、そそそ、添い寝なんてするわけないじゃ無いですか!


『私も……あなたの事が大切なのですから』


 ボンッ!


 わわわわわ、私は、ななな、なんであんな事を言ったのでしょうか!?


 私はその日は、どの場所に行ってもその言葉を思い出してしまい顔を真っ赤にして、お父様たちを心配させてしまうのでした。

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