黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

70話 許可

「さあ、好きなだけ食べてくれ」


「は、はい。ありがとうございます」


「……」


 も、物凄く気まずい。俺は今屋敷の外にあるテラスに座っている。俺が座っている机は円卓になっており、6人が余裕を持って座れる大きさだ。


 そして俺の前にセプテンバーム公爵、その右隣に夫人、反対の左側に隣にヴィクトリアの兄のゲイルさん、夫人の右隣にヴィクトリア、その隣が俺となっている。俺とゲイルさんの間の席は空席だ。


 机の上には美味しそうな料理が所狭しと並べられており、マリーさんとルシーさんが飲み物を注いでくれる。


 そして、準備が終えるとセプテンバーム公爵に促されるのだが、物凄く睨まれているので食べづらい。それに公爵が先に食べないと手もつけられないだろう。


「父上。父上が食べ始めないと彼も食べられないでしょう」


 俺と同じ事を思っていたゲイルさんが、俺の代わりに行ってくれた。セプテンバーム公爵はそれもそうだな、と言って目の前に置かれた料理を食べ始める。


 それに続いて夫人、ゲイルさん、ヴィクトリアが料理を食べ始めた。これで俺も手をつけられるな。食事中は誰も一言も話す事なく進む。


 まあ、貴族のマナーみたいな物だな。俺は騒がしく話しながら食べる方が好きなのだが、郷に入っては郷に従えだ。姉上から基本的な事を一通り習っているから一応は出来る。テーブルマナーもうろ覚えだが何とか。


 だけど、やっぱりヴィクトリアの食べ方は綺麗だった。音一つ立てずに肉を切り分けたり、スープを救う時に食器にシルバー当てたりしないのだ。礼儀作法もしっかりと習ったのだろう。


「ゴホンッ! 少し見過ぎでは無いのか?」


「っ! し、失礼しました!」


 ヴィクトリアの食べ方が綺麗だったので見惚れてしまっていたようだ。その事をセプテンバーム公爵に注意されてしまった。ヴィクトリアは顔を赤くしているが、静かに食べる。


 そんな事もありながら食事を食べ終えると、あっという間に机の上は片されて、食後の飲み物が置かれていく。それをセプテンバーム公爵は一口飲んでから


「ヴィクトリアを任せたぞ」


 と、言われた。って事は実力を認めてくれたってことかな?


「本当は認めたくは無いが、そなたは実力をしっかりと見せてくれた。グリムドは若手の中では一番の有望株なのだが、その相手にまだ余力を残して勝つのは見事だった」


 ……この人は誰だ? 物凄く失礼かもしれないが、初めて会った時とは別人みたいな反応の仕方だ。誰かと入れ替わったのか? なんて思ったりするほどだ。


「……そなたの言いたい事はわかる。だが、私は実際に見たことしか納得しない。それをそなたは見せてくれた。それなら、それ相応の対応はする」


 少しそっぽを向きながらそんな事を言ってくる。まあ、それも仕方ないだろう。ヴィクトリアの事を大切に思っているなら、許しづらいだろうし。俺が関係ないにしても。


 今は公爵に認められただけでも良しとしよう。これで心置きなく対抗戦には出られるのだから。


 それからは、公爵も見たいものは見終えたので、お開きとなった。帰りも馬車を用意してくれると言ってくれたのだが、俺はゆっくりと帰る事にした。まだ、昼頃だしな。


「そうですか。わかりました、レディウス。今日は本当にありがとうございました」


「気にする事はないよ。これで心置きなく対抗戦に参加できるのだから」


 ティリシアを奴隷にさせないために、対抗戦には何としても勝たなければならないのに、それ以前に出場人数が揃わなくて参加出来ないとかになったら笑えないからな。


「それでは、また明日よろしくお願いします」


「ああ。纏頑張ってな」


「はい」


 俺は、ヴィクトリアとマリーさん、ルシーさんに見送られながらセプテンバーム家を後にした。さてと、夕食でも買って帰りましょうかね。


 最近ロナが料理をガラナから教えてもらっているからな。食材でも買って帰って何か作ってもらおう。そう考えたらガラナって見た目の割には器用だな。


 子供大好きで、勉強を教えられるほどの教養を持って、料理も出来る。自分の家の裏で畑も作っていたし。案外学校の先生とか向いてそう。


 そんな事を考えながら俺は店のある商店街へと歩いていくのだった。


 ◇◇◇


 私は自分の執務室で領地から送られてきた書類に目を通す。殆どは確認して決裁印を押すだけなのだが、中には他の貴族からの手紙も混じっているから、私が確認しなければならない。領地にいれば部下たちが手伝ってくれるのだがな。


 コンコン!


 そんな風に書類に目を通していると、扉を叩く音がする。


「入れ」


 私が声をかけると扉が開かれる。入ってきたのはゲルムドだった。


「失礼いたします、ベルゼリクス様」


「……なんだ改まって。別にいつも通りで構わんぞ」


 私がそう言うとゲルムドはニヤリとして椅子に座る。私とゲルムドは同い年で、生まれた時からずっと一緒にいる。


 そのため周りに目がないときは親友として接している。息子のゲイルもガラムドとそういう関係になってほしいものだが。


「まあ、初めだけはしっかりとやっておかないとな」


「まあいい。それでどうした?」


「ああ。昼間にやってきた少年の事だ」


 俺は、ゲルムドの言葉で、昼間の事を思い出す。ゲルムドの息子、グリムドに圧倒した少年、レディウス。グリムドは、セプテンバーム家にいる兵士たちの中でもゲルムドに育てられているだけあって中々の実力者だ。


 若手の中では1番の有望株でもある。そんなゲルムドを、レディウスは本気を出す前に押し切ってしまった。


「レディウスがなんだ?」


 わざわざゲルムドが言いにくるくらいだろう。私の中でゲルムドの口から出る事にはおおよそ見当がついていた。


「レディウスをセプテンバームで雇うべきだ」


 やはりか。


「一応理由を聞いておこう」


「ベルも見た通り、あの少年はかなりの実力を持っている。彼がいるだけでかなりの戦力強化になるだろう」


「本当の事を話せ。それだけでないことはわかっている」


「……リストニック侯爵家への対抗策としてだ。俺の諜報部が調べた情報によると、今王太子妃となったエリシア・リストニック王太子妃は、レディウスの事を溺愛しているそうだ。
 そのレディウスをセプテンバーム家にいれておけば、リストニック侯爵家も中々手を出してこないだろう。わざわざ婚約破棄までして手に入れた女だ。ウィリアム王太子もエリシア王太子妃の悲しむ姿は見たくないはずだからな」


「一つの抑止力ってわけか……」


 ふむ。確かにしないよりはマシだってぐらいだが、レディウスを取り込むだけで、それが出来るなら安いものか。


 リストニックの豚は、セプテンバーム家を目の敵にしておるからな。王太子が王となれば、必ず我らの領地について苦言を言ってくるはずだ。ウィリアム王太子が賢明なら良いのだが……婚約破棄の行動を見るだけでは考えららんがな。


「わかった。少し検討しよう。だが、彼は近衛騎士団に入るはずでは?」


「その辺はレイブンと話し合えば良いだろう。レイブンも先輩であるベルの言葉を無視しないだろしな」


 全くこいつは。まあ良い。それで少しでも懸念が無くなるのなら考える価値はある。幸いレディウスは勘当されている。奴を取り込んでもグレモンド家は寄ってこられないからな。


 それからゲルムドは護衛としてのゲルムドに戻り部屋を出て行き、私は再び書類に目を通すのだった。

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コメント

  • リムル様と尚文様は神!!サイタマも!!

    行ってくれたではなく言ってくれたでござる

    1
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