黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

69話 拳骨

「それじゃあ、儂が審判を務めましょうかの」


 そう言い先ほどまで、ヴィクトリアの兄ーーゲイルさんーーと戦っていた壮年の男性ーーゲルムドさんーーが、俺とグリムドさんの丁度真ん中あたりの位置に立つ。


 グリムドさんは剣を既に抜いており、俺を睨みつけるように構えている。俺も剣を抜き構える。今回は1本だけだ。まだ2本は慣れないからな。


「それでは、ルールはどちらかが棄権をするまでだ。始め!」


 ゲルムドさんの開始の合図に合わせて、グリムドさんは飛び出してくる。


「ふっ!」


 グリムドさんは剣を右薙ぎをして来て、首を狙ってきた。うおっ、俺は下がって避けるが……この人、殺す気で来てない?


 グリムドさんはそのまま流れるように連撃を放ってくる。袈裟切りをしてくるのを避けると、そのまま突きを放ってくる。突きを剣で逸らすと、空いている右腕で殴って来た。


 普通の人なら驚くかも。正統派の騎士っぽい格好をした人がまさか殴りかかってくるなんて、と。俺はそれを左手で受け止める。


 魔闘眼で見ると、ゲルムドさんは身体強化を発動している。普通では受けられないだろうから魔闘拳で強化する。


 バシンッ! と良い音が鳴る。グリムドさんはそれ以上は厳しいと思ったのか、直様俺から離れる。追おうとすると、ゲルムドさんの周りには水の球が浮遊している。水魔法か。


「撃て、ウォーターバレット!」


 そして、グリムドさんが言うと、周りに浮いていた水の球が俺めがけて降ってくる。水の塊なので痛く無さそうに見えるが、当たったら痛いのだろう。俺は素直に避ける。


 その光景を見たグリムドさんは何故か驚きの表情を浮かべるが、ミストレアさんやヘレネーさんの火魔法を大量に放ってくるのに比べたら、断然こっちの方がマシだ。危うく消し炭にされるところだったからな。


 俺は水の球と球の間を走り抜ける。グリムドさんに近づくにつれて、水の球の密度が厚くなってきた。これはそろそろ剣を使わずには厳しいかな?


 俺は魔闘眼と魔闘装を発動。魔力の薄いところを狙って剣を振るう。切られた水の球は消滅するので、その後を俺は走り抜ける。


 水の球を抜けると、目の前にはグリムドさん。俺はその勢いのままグリムドさんに切りかかる。しかし、ゲルムドさんは先ほど俺が魔法を避けるのを見て予想していたのか、焦らずに次の魔法を発動する。


 魔力の流れを見ていると、グリムドさんの魔力は地面に流れて行っている。これは……土魔法か! 俺はすぐにその場から飛び退くのと同時に、地面から先が鋭く尖った土の塊が複数本飛び出してきた。


「なっ! これも避けるのか!?」


 そして再び驚くグリムドさん。俺が魔闘眼が使えなかったら串刺しだったよ。本当に容赦無く来るな。俺は距離を開けた位置から剣を振るう。


「風切!」


 風切で斬撃を飛ばし、今も魔法を発動しているグリムドさんを止める。グリムドさんもわかったのか、その場から飛び退くように避ける。


 地面から土の塊が飛び出して来ないのを確認すると、俺は風切を放ちながら、グリムドさんに近づく。風切は目には殆ど見えないため、剣で何とか防いでるグリムドさんは動きが鈍る。


 そこに、俺は近づき剣を振り下ろす。体勢を崩していたグリムドさんは辛うじて剣で防ぐが、勢いを殺し切れずに、転がるように避ける。そこに俺は下から切り上げをする。


「烈炎流、炎上!」


 魔力を集めて下から勢い良く振り上げられた剣に、ゲルムドさんは耐え切れずに剣を手放した。グリムドさんもその勢いに吹き飛ばされる。


 そこに俺が追撃をしようとすると、グリムドさんは地面に手をつき先ほど以上の魔力を流す。そして


「アースクエイク!」


 魔法を発動。その瞬間、地面が大きく揺れた。俺たちが戦っている場所だけでなく、セプテンバーム公爵たちが座るテラスの方にも被害があったみたいだ。揺れたのはこの中庭だけのようだ。


 その大きな揺れで俺はバランスを崩して片膝をついてしまった。その隙にグリムドさんは落ちた剣を拾い俺に向かって走ってきた……が


「そこまでだ!」


 とゲルムドさんの声が聞こえた。俺もグリムドさんも、えっ? って風にグリムドさんの方を見るが、ゲルムドさんは黙ったままグリムドさんのところまで歩く。


 そして握った拳でグリムドさんの頭を思いっきり殴った。……ゴツンってこっちまで聞こえたぞ。グリムドさんは頭を押さえてひざまづく。


「お前は馬鹿か! いくら決闘だからと言っても周りに被害が出る魔法を使いおって!」


「ぐうぅっ、し、しかし、父上」


「確かに勝つことは大切だが、お前が守るべき相手を攻撃してどうする。魔法の範囲指定が甘いのだ!」


 多分というか絶対にセプテンバーム公爵たちのところまで地震が起きた事に怒っているんだろうな。確かに守るべき対象を危険に晒すのは駄目だな。


 そう怒りながら再びグリムドさんの頭を殴る。その衝撃にグリムドさんは気を失ってしまった……自業自得だと言えばそれまでだが、少し同情するよ。


「気を失ったか。聞こえないだろうが、あのままやっていてもお前は負けていた。明日からの訓練は何時も3倍だな」


 自分の知らない間に訓練量が増やされているグリムドさんは、ゲルムドさんに引きづられるように連れていかれた。俺はそれを見ている事しか出来なかった。


 ……中途半端に放置された俺はどうすれば?

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