黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

28話 風鳴亭

「ここが、僕が泊まっている風鳴亭だ!」


 アレスは胸を張って自慢げに自分の泊まっている宿屋を紹介する。なんでも、アレスがここに来て1ヶ月になるそうだが、この宿屋は、女将さんは優しくて、料理は美味しくて、値段も安いそうだ。確かに宿屋から良い匂いが漂ってくる。


「さあ、入ろうか!」


 俺はアレスに促され風鳴亭へと入る。中に入ると


「いらっしゃいま……あら、アレスちゃんおかえりなさ〜い」


 と、ここの女将だと思われる女性がアレスを見て、手をふりふりと振ってくる。ウェーブのかかった肩まである金髪で、優しそうな雰囲気のある女性だ。何より、重そうと思うほど大きな胸に目が行く。


「あ、アレスちゃんはやめて下さいと言ったはずです! ぼ、僕は男と言っているじゃ無いですか!」


 アレスは女将さんの「アレスちゃん」と言う言葉に過剰に反応する。まあ、男なのにちゃん付けは嫌だな。しかし、女将さんはあらあらうふふと気にした様子もなく笑みを浮かべている。


「はぁ〜、もう、メルさんは……。メルさん。彼が今日から泊まりたいようなのだが、部屋は空いていますか?」


 とアレスはぶつぶつ言いながらも、俺の事を紹介してくれた。


「あら、黒髪なんて珍しいわねぇ。触ってもいい?」


 ……え? 俺は初め何を言われているか全くわからなかった。黒髪だから触っても良いか、なんて初めて言われたからだ。


「あ、ええと、はい。大丈夫ですよ」


 俺は訳も分からないまま返事をしてしまった。メルさんはうふふと笑いながらも、俺に寄って来て頭を撫でてくる。


 ……何だか頭を撫でられるのは久し振りだな。最後に撫でられたのは母上に撫でられたのが最後か。俺はされるがままに撫でられる。それから数分後


「うふふ、ありがとうね」


 とメルさんはお礼を言って、受付に行く。なんで俺の髪を撫でたのかは分からなかったが、思いの外撫でられたのは嬉しかった。俺は撫でられたところを自分の手で触れながらそう思っていると


「……なにデレデレしているんだ。あの人は旦那さんと子供がいるんだそ」


 とアレスが不機嫌な声でそう言ってくる。なんでそんなに不機嫌なのかはわからないけど、まあ、アレスにはそう見えたのだろう。デレデレしていたつもりは無いのだが。


「それで君は何泊するの?」


 俺とアレスが受付に行くとメルさんがそう尋ねてくる。どうしようか。さっさとここから出て行きたいところだが、必要なものを買い揃えたいしな。取り敢えずは


「3日でお願いします」


「えっ!?」


 俺が日にちを言うと、何故かアレスが驚きの声を上げる。


「レディウス、3日したらここを出て行くのかい?」


「ん? ああ、ここには特に用は無いしな。この街で必要な物を買い揃えたら出て行く予定だ。どうかしたのか?」


「い、いや、なんでも無い」


 明らかなんでも無いような雰囲気では無いが、取り敢えず受付を済ませてしまおう。この宿屋は朝付きで、体を拭く用のお湯付きで1日小銀貨2枚だ。確かに安いな。普通の宿屋ならこの倍は取られるだろう。


 俺は3日分で銀貨1枚と小銀貨1枚を出す。それから名簿に名前を書いて欲しいと言われたので名前を書く。


「あらまあ、綺麗な字ねぇ」


 クスクス笑いながらメルさんに褒められる。この人に褒められるとなんだか調子が狂うな。嬉しいのには変わりないが。


「はい、レディウス君。これが部屋の鍵よ。二階の階段上がって直ぐ右側の部屋よ。メイっ、お客様を案内して!」


 メルさんが誰かを呼ぶと、受付の裏から「はぁ〜い〜!」と返事の声が聞こえる。そしてひょこっと顔を出す可愛らしい少女。この子がメルさんの娘さんか。メルさん似の金髪の可愛らしい女の子だ。俺より少し年下かな。


「お兄ちゃんが泊まるの? 場所は2−1だね。こっちだよ」


 俺はメイちゃんに案内される。アレスも俺の後を付いてくる。どうやらアレスも2階のようだ。


「ここがお兄ちゃんが泊まる部屋だよ。隣がアレスさんだね」


 なんと、隣の部屋はアレスの部屋だった。偶々空いていたのか、それとも、俺とアレスが知り合いだから隣にしたのかはわからないが。


「朝ご飯は朝の6時から9時までで、夜ご飯は夜の6時から11時まで食べられるから、食べたい時は受付の隣の食堂でお父さんに部屋の鍵を見せてね。夕食代はお部屋に戻る時にお母さんに払ってね。あとお湯は1日1回だけが金額に入っている分で、次からは銅貨1枚になるから」


 とメイちゃんが宿の事について説明してくれる。食堂はメルさんの旦那さんでメイちゃんのお父さんがやっているのか。美味しいから楽しみにしててね! メイちゃんは言いながら降りていった。


「レディウス。1時間後に食堂に集合しよう。そこでお詫びもしたいし、少し話がしたいのだ」


 とアレスが言う。俺も奢ってもらうのは有り難いし、この辺りの事を少し聞きたかったのでわかったと返事をする。その言葉にアレスは嬉しそうな笑顔を見せて部屋へと入る。


 ……一瞬ドキッとしてしまったじゃないか。はぁ、何男にドキッとしているんだ俺は。俺は頭を振って誤魔化すと、気付いたことがある。


 ……フードにロポを入れっぱなしだった事を。こいつフードの中で寝てやがるな。全く動かないから忘れてた。


 俺は急いで下に降りる。受付にメルさんの姿があったので、この宿屋は動物は大丈夫なのか尋ねる。


「動物? どんな子なの?」


 と尋ねられたので、フードからロポを取り出す。前足の付け根あたりから抱えると、さすがに起きたのか「グゥ」と鳴く。その抱えたロポを見てメルさんは


「あら、可愛いわねぇ。うん、このサイズなら大丈夫よ。他のお客様に迷惑がかからず、部屋さえ汚さなかったら、離していても大丈夫だから」


 おお、それは助かった。ご飯に関しては余り物の野菜で良ければくれるそうだ。ロポもわかったと言う風に鳴くので、大丈夫だと伝える。


 そして、部屋に入ると


「おお、綺麗な部屋だな」


「グゥ」


 部屋にはベッドと机と椅子が一つずつに、荷物を入れる箱がある部屋だが、大人1人が休むには十分な部屋だ。窓が一つだけついていて、そこからは街並みが見える。


 ロポは、ベッドの上に乗って、何だか嬉しそうに跳ねている。まあ、今はベッドは使わないので構わないが。


「ふぅ、何だか1日目にして疲れたな」


 昼頃ミストレアさんのところを出てから、数時間で色々な事があったな。森を出たら盗賊を倒して、ギルドに行ったら冒険者を倒してと。


 時間もあるし剣の手入れをするか。俺は腰にかけていた剣を机に置いて、背負い袋から布を取り出す。


 それからアレスが呼びに来るまで、俺は剣の手入れをしていたのだった。


◇◇◇


「……黒髪かぁ」


「どうしたのお母さん?」


「ん? うふふ、なんでも無いわよ。ちょっと昔を思い出しただけ。メイはお父さんのお手伝いに行ってあげて」


「はぁ〜い〜!」

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