27話　アレス

　俺は、大剣を掴みながらも、後ろの美少年を見る。蹴られた痛みはもう引いているようで、腹を抑えながらも立ち上がる。


　うおっ、急に軽くなった。顔を戻すと、苛立ちの表情を浮かべるアホンとが、剣を振り上げていて、その仲間が俺を囲むように立つ。


「ちっ、せっかくの勝負を邪魔するんじゃねえよクソガキが！」


「へぇ。お前の言う勝負っていうのは、1人を数人で囲って戦う事を言うのかよ？」


「ふん、なんとでも言え！　勝てば良いんだからな！」


　そう言い再び大剣を振り下ろしてくるアホン。魔闘眼でみると、身体強化をしているようだが、それだけだ。太刀筋がわかりやすいから避けるのも容易い。


　俺は、アホンの大剣をひょいっと避けて、アホンの懐へ入る。ちなみに先ほど使った魔闘拳・剛は発動したままだ。


　魔闘拳・剛は、どちらかの腕の一点に魔力を集まる技だ。魔力を高密度に集めているため、防御に使うとかなりの防御力になり、先程みたいにただの大剣だったら掴む事も出来る。そして攻撃に使えば


　グシャ


「がはっ！」


　俺の左腕が、アホンの腹へと減り込むと、俺の手に、骨の折れる感触と内臓が潰れる感触が伝わってくる。そしてアホンは吹き飛んだ。地面に何度もぶつかり跳ねながら、訓練場の端の壁まで吹き飛び、轟音を立ててぶつかった。


　俺だから内臓破壊とかで済んでいるが、ミストレアさんだったら、貫通して穴が空いている。……内臓破壊で済んだとか、なんか毒されているような。気のせいだよな？


「う、嘘だろ？　あのアホンが1発でやられるなんて……」


　周りは俺の一撃で吹き飛ばされたアホンを見て驚きの表情を浮かべている。というか、早くアホンを助けないと、いくら腹を貫通していないからと言っても、死んでしまうぞ？


「て、てめぇ！」


　そうしていると、後ろから槍を持った男が、槍を突き出してくる。俺はその場でしゃがみ、腰の剣に手をかける。そして剣を抜き男の右腕を切る。


「ぎゃああああっ！　う、うでがぁあああ！」


　男は切られて地面に落ちた腕を掴んで繋げようとするが、スパッと切った腕だ。回復魔法やポーションを使わずにはもちろん引っ付かない。


　残りの男に振り向くと、男はヒィィィィ！　と情け無い声を出し、尻餅をつく。そして、地面を濡らしていく。それ以上は醜いので見ないが。


　俺が周りを見回すと、見ていた冒険者はみんなシーンと静かになってしまった。初めは黒髮とかヤジを飛ばしていた冒険者たちだが、みんな黙ってしまった。


　舐められないのは助かるが、少しやり過ぎた気がする。まあ良いや。どうせ直ぐにここは出て行くし。俺は俺の方をじっと見る美少年の方へ行く。


「大丈夫ですか？」


　まだ腹は痛そうに押さえているが、他に傷は無さそうだ。


「あ、はい。大丈夫です。わ……僕を助けて頂いて感謝します」


　そう言い頭を下げてくる美少年。後ろに一括りしてある金髪も尻尾のように揺れる。俺が別に良いよと言おうとしたその時


「この騒ぎは何だ！！」


　と、金髪の老人が階段から降りてきてそう叫んだ。何だか嫌な予感。


　◇◇◇


「……それで、アレスが危険になったので助けに入ったと？」


「はい。その通りです」


　俺が肯定すると、目の前に座る老人、この冒険者ギルドのマスター、ビーンさんがはぁとため息を吐く。ため息を吐きたいのは俺の方だよ。


　今はギルドマスターの部屋へと、俺と俺が助けた美少年、アレスがいる。何故こんな場所にいるかというと、さっきの件について話が聞きたいからだと。


　別にやましい事をやったわけではないので、全て正直に話す。そうすると、さっきの様にビーンさんにため息を吐かれたのだ。


「確かにアホンたちは、他の冒険者にも手を出し、何度も問題を起こしていたが、そこまでする必要はなかったのでは？」


「なら、アレスさんが黙ってやられるところを見ていればよかったというのですか、あなたは？　あのまま放っておけば、アホンの大剣はアレスさんの頭を叩き割っていたでしょう。それでも、放っておけと？」


「それはあくまでかもしれないだろ？　ならなかったかも知れないのに、お前はアホンたちを瀕死の重傷に追いやった。その事を俺は処罰しなければならない」


　ビーンさんはそう言う。俺の髪を見ながら蔑んだ目で見てくる辺りそう言う事なのだろうが。そして俺が文句を言おうとした時


「それはあんまりでは無いですか！　彼は僕を助けるためにアホンたちを倒してくれたのです！　それなのに！」


　俺の代わりに、アレスさんが怒ってくれた。しかし、アレスさんが何を言おうとも、ビーンさんは意見を変えない。このまま言い争っても不毛だな。


「それじゃあ、俺が受ける罰とは何でしょうか？」


　俺が罰について尋ねると、ビーンさんは俺を見ながらニヤッと笑う。……この顔、あの野郎を思い出す。俺を蔑んで殴ってきたあいつを。あの野郎と同じ顔をしている。腹の立つ顔だが、それをおくびに出さずビーンの言葉を待つ。敬称をつけるのも面倒になった。


「お前には、傷を負った『鷹の爪』の治療費を出してもらう。1人は肋骨粉砕に内臓破壊の重傷。もう1人は右腕切断という大怪我。それらを治すのに治療魔法師に、高級なポーションを使ってな。その代金を払ってもらいたい。金額は大金貨5枚、50万ベクだ」


「そんな馬鹿な！？　いくら高いポーションや治療魔法師を雇ったとしても大金貨1枚だろう！　ぼったくりもいいところだ！」


　へぇ〜、ポーションってそんなにするんだ。相場は知らないけど、修行で俺が重傷を負う度、ミストレアさんがポーションを使ってくれたから値段なんて知らなかった。


　それにしても、大金貨5枚ってどっかで聞いた金額だな。偶然だろうけど。


「ふん、これには慰謝料も含まれている。さあどうする？　別に払わなくても構わないぞ？　その代わり、アレスに払ってもらうからな」


　ビーンはアレスの方を見ながらニヤニヤとしている。アレスは男だと言っているのにこの反応だと、このマスターそっち系か。


　それに、俺には払えないと思っているのだろう。もう、嬉しそうな顔をしている。


「……くっ。し、仕方ない。これも僕のせいだ。僕が責任を取って「これで良いですか？」えっ？」


　本当は払いたくは無いが、これ以上揉め事を起こしても仕方ない。俺は懐に仕舞っていた大金貨を5枚出す。それにせっかく助けたアレスさんが犠牲になるのは忍びないし。


　黒髪の俺がまさか払えるとは思わなかったのだろう。ビーンは驚きの表情で、机の上に置いてある大金貨を見る。隣に座るアレスさんも驚いている。


「これで、問題ないですね？　もう失礼します」


　これ以上この場にいても腹が立つだけだ。さっさと出て行こう。俺は立ち上がり部屋を出て行く。それについてくるようにアレスさんも来た。


「す、済まない。僕のせいであんな大金を払わせてしまって」


「気にしなくて良いですよ。あれは今日偶々手に入ったお金ですから。何かに使いたいと思っていたわけではないですし」


　元々持っていたお金は減っていないんだ。その時に戻ったと思ったら全然気にならない。あんな野郎たちのために払ったと思ったら腹が立つけど。


　ギルドマスター用の部屋は2階にあるので、そこから1階の受付まで降りる。すると、先程まで騒いでいた冒険者たちが、黙って俺たちの方をジロジロと見てくる。


　アレスさんは居心地悪そうだけど、俺は慣れてしまった。周りの視線を気にせず受付まで行く。本来の目的はギルドカードの更新だ。これをしなければただお金を払いに来ただけになってしまう。


「すみません」


「ひゃ、ひゃあいです！」


　……なんでこんなに怯えられているんだ？　他の受付を見ると、顔を逸らされる。意味がわからん。今目の前にいる受付嬢も、他の従業員を見るけど、顔を逸らされて涙目だ。まあ、話を進めないと。


「申し訳ないのですが、ギルドカードの更新をしたいのです」


「ぎ、ギルドカードの更新でしゅか？　は、拝見いたちます！」


　噛み噛みだな。そんなに怯えられると、俺も泣きそうになるぞ。


「ええっと、死亡扱いになっているのですが、本当にあなたのですか？　ああっ、べ、別に疑っているのではないでしゅ！　た、ただ、確認の為に！」


「はは、わかっていますよ。3年前に大怪我を負いまして。動けるようになったのが最近なのですよ」


　俺は門兵の時と似たように左目を指差しながら言う。受付嬢もそれで納得したのか、お待ちくださいと言い裏に行ってしまった。


　それから数分後、受付嬢が戻って来てギルドカードを渡してくれた。内容は3年前に見たのと変わらない。よし、更新も終わった。もうここに用は無いのでさっさと出よう。


　……あ、アホンたちがいる。こっちを睨んで来ているが、俺が見ると顔を逸らす。手でも振っておこうか。


「っ！」


　あ、慌てて何処かへ行ってしまった。まあ、憎々しそうに俺を見ていたから、何か企むかもな。次来た時は覚悟してもらわなければいけないが。


　ギルドの外に出ると、既に日は暮れていた。まあ、ガラブキス商会から出た時はもう、日も傾き始めていたし仕方ないか。門兵のところへ行くのは明日にしよう。


「宿屋を探さないとな」


　俺はそう思いぼそりと呟くと


「なら、わ……僕が泊まっている宿屋に来ないかい？　そこで、お詫びにはならないが食事を奢らせてほしい」


　とアレスさんに聞こえていたのか、そう言ってくる。たぶん、俺が良いと言っても何かしないと気が済まないのだろう。それに宿屋に案内してもらえるなら探す必要も無くて手間が省ける。


「それなら、よろしくお願いします」


「ああ！　それと、僕に敬語は不要だ。普通に接してくれたらいい。レディウス！」


「そうか。わかった。よろしくアレス」


　俺がそう言うとアレスはウキウキしながらと宿屋へ向か出だす。俺もその後を追うのだった。