黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

20話 気付いた気持ち(ヘレネー)

「う〜ん、今日の夜ご飯はどうしようかしら? 今レディウスはお婆様の最終試験を受けているし、その結果次第では……。迷うわね」


 私は台所に立ち食材を見ながら頭を抱える。昨日、お婆様の知り合いで、今は亡き両親とも知り合いだったレイブンという人が来た。


 目的は、お婆様にアルバスト王国とブリタリス王国の戦争に参加して欲しいって頼みに来たみたい。まあ直ぐに断っていたけど。


 私にも誘われたけど、私も断った。別に戦争なんて興味無かったし。わざわざ自分から人を殺しに行くようなところに行きたく無かったし。


 ……でも、レディウスは参加するのよね。そう思うと心臓がきゅっと締め付けられそうになる。何なんだろうこの気持ちは。レディウスの事が心配だから? ……多分そう、いや、絶対そう! そうに違いない!


 でも、レディウスの顔をチラッと見ると……うぅぅ、直視できないわね。本当に何だろうこの気持ちは。


 それからはお婆様がレディウスに明日の予定とかの話をして、翌日、レディウスを連れてどっかに行ってしまった。多分魔獣の集落だと思う。


 お婆様は弟子の修行のついでに、お金が無く冒険者ギルドに依頼の出せない村や、集落の周りにある魔獣の住処や、山奥で気づかれないうちに大きくなってしまった魔獣たちの討伐をさせているから。


 ……私もお婆様にオークの集落に放り込まれた時は、あまりの怖さに泣いてしまったもの。だってあの時まだ8歳よ! そんな子供を「修行だ!」って言って魔獣の住処に放り込むなんてどうかしていると何度思ったことか。


 一応、危険がないように見ていてくれたらしいのだけれど、あれから何ヶ月かはトラウマになって夢に出て来た程だ。


 レディウスもずっとそんな修行をしている。毎日無事帰って来られるか、ハラハラしながら待っているのが日課になった。


 今日も、ハラハラしながら夜ご飯をどうしようか悩んでいる。お婆様が今日は卒業を決める試験だ、って言っていたから無事に受かったらお祝いをしなければいけない。それなら豪華な食事になるのだけれど、万が一受からなかったら、レディウスに申し訳ない気持ちになる。


 それなら、帰って来てから準備をすれば、と思うのだけれど、お祝いのために豪華にするなら今から準備をしなければ間に合わない。どうしようかしら。


 ……よし、ここはレディウスを信じよう。そう思ったらそこからの行動は早かった。普段使わない食材を使い料理を作って行く。


 気がついたら2時間ほど経っていた。……少し作り過ぎちゃった。少し冷めているのもあるけど、これは火魔法で温めればいっか。


 それから盛り付けをしていると


「帰ったよ」


「ただいま帰りました」


 とお婆様とレディウスがゲートで帰って来た。レディウスの服はドロドロでボロボロだけれど、怪我はなさそう。もうポーションで治しちゃったのかな?


「お婆様、どうだったの?」


 無事に帰って来てくれたのは嬉しいけど、結果も大切だ。私はドキドキしながらお婆様に尋ねる。どうして私がこんなにドキドキしなきゃいけないのよっ! そう思うけど、やっぱりドキドキしちゃう。


「ん? ああ、合格だよ。これなら戦争に行っても五分五分で生きられると思う。まあ、戦争は何が起こるかわからないから絶対ではないけどね」


 レディウスが合格した事を聞いてわたしはほっと胸をなでおろした。……何でこんなにわたしが心配しなきゃいけないのよ。お婆様はそんなわたしを見てニヤニヤとしているし。レディウスはそんな私の気も知らないでロポと戯れているし。もうもうもう! 知らないっ!


 だけど料理が無駄にならなくて良かった。私はレディウスがお風呂に入って着替えている間に、料理を机に並べて行く。そうしていると


「うわっ! 今日は豪華ですね! 何かお祝い事でもあるんですか?」


 とお風呂から出て来たレディウスがそんな事を言う。本当にわからないのかしら? そう思ってレディウスを見るけど、わかってないっぽい。なんであんたがわかってないのよ。


「馬鹿だねぇレディウスは。これはあんたが試験に受かったから、ヘレネーがお祝いとしてあんたのために作ってくれたんじゃないかい」


 ちょっと、お婆様! そんなはっきりと言われると、その、照れるじゃない。私は少し顔を俯かせチラッとレディウスを見ると


「そうなんですね! ありがとうございます、ヘレネーさん!」


 と笑顔で言われた。うぅぅ。そんな笑顔で言われると恥ずかしぃ……。私は誤魔化すようにささっと料理を並べて行く。途中からレディウスも手伝ってくれて、そして


「それじゃあ、レディウスの卒業を祝して……」


「「「乾杯!」」」


「グゥ!」


 と3人と1羽だけだけど、レディウスの卒業祝いが始まった。レディウスは私の作った料理をどれも美味しそうに食べてくれる。そんなに美味しそうに食べてれると、私も嬉しい。だけど、そこでレディウスは


「でも、もし俺が受からなかったらどうしてたんですか?」


 と聞いて来た。それはあまり聞かないで欲しかった。だって答えるのが恥ずかしいもの。でも答えないと諦めなさそうね。


「わ、私は受かるって、し、信じてたもん!」


 だから正直に言った。でもあまりの恥ずかしさに顔を背けてしまった。……今レディウスの顔を見るとか絶対に無理。恥ずかし過ぎる。


 でも、やっぱりレディウスの反応が気になるので、レディウスの方を見ると、レディウスは口元を手で押さえてそっぽを向いていた。……それはそれで悲しいわね。


 そんな私達を見ていたお婆様は


「……あんたたちはまったく。それでレディウスはいつ此処を出るんだい? 私が王都アルバストへ送ってあげるからギリギリまでは大丈夫だよ」


 と呆れながらもレディウスに確認する。そうか。今回受かったからレディウスはここを出て行っちゃうのか。でも、戦争は来年って言ってたよね。それならまだ此処にいるわよね。そう思っていたのだけれど


「俺は3日後には出ようと思います」


「えっ!?」


 と言い出したのだ。私はあまりにも突然の事で驚きの声を出してしまったけど、お婆様はあまり驚いていない。お婆様はわかっていたのかしら。レディウスがこう言う事を。


 お婆様が理由を尋ねると、レディウスは国を見て回りたいと言う。でも、そんなに早くなくても良いのに。私は何故か心が締め付けらる思いで一杯だった。


 それからは、レディウスのと話す事すら辛くなった。レディウスは何かと話しかけて来てくれるのだけれど、私はそれすら辛くて素っ気ない態度を取ってしまう。レディウスには申し訳ないと思うけど……。


 そして、レディウスが出発する日の前日の夜。レディウスは、最後の準備をして、もう寝ると言って部屋に入ってしまった。


 最後の最後まで話せなかった。私は最低だな。1人でそう落ち込んでいると


「あんたはそれで良いのかい、ヘレネー?」


 お婆様がそんな事を言って来た。どう言う事だろうか?


「あんたはもう気づいているんだろ? レディウスに対する気持ちが」


 ……レディウスに対する気持ち。そうだ。私はすでに気づいていた。それを考えないようにしていただけ。私はレディウスの事が好きって事を。私は無言のまま頷く。


「なら、それをレディウスに伝えて来な」


 するとお婆様はそんな事を言う。


「でも、明日ここを旅立つレディウスにそんな事を言っても、迷惑なだけじゃ……」


「馬鹿だねぇ。旅立つ前にそんな事を言ったら引き止めてしまうとでも思っているのかい? 逆だよ。旅立つ前に言ってあげて、あんたが帰る場所になってあげれば良いのさ。男は帰る場所があるから頑張れる生き物だからねぇ」


 私がレディウスの帰る場所に。そう思ったら私は直ぐに行動した。お風呂に入って、全身いつも以上に綺麗にして。タンスからそ、そのしょ、勝負し、下着を選んで着て、お気に入りの寝間着を着る。


 鏡の前でおかしなところはないか確かめて。よし! たぶんこの日ほど、心臓がバクバクした日は無いだろうと思うほど緊張している。だけど、今日言わないともう言えないと思う。


 私はレディウスが使っている部屋までやって来た。すぅ〜、はぁ〜。すぅ〜、はぁ〜。よし! 


 私は意を決してレディウスの部屋の扉を叩く。すると扉が開き中からレディウスが顔を出す。レディウスの顔を見たら心臓がバクバクバクバクとかなりの速さで動いている。だけど、ここは我慢だ。私は


「い、今、大丈夫?」


 と絞り出すように声を出す。女、ヘレネー・ラグレス。一世一代の大勝負よ!

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