黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

9話 纏

「体の調子はどうだい、レディウス」


「はい、1ヶ月も待って下さったので怪我する前ぐらいまで動かす事が出来るようになりました」


 僕が目を覚ましてから1カ月が経った。ミストレアさんの仮弟子にはなったものの、全く動けない状態では意味が無いので、以前と同じくらいに動けるまで待ってくれたのだ。


 そして大分動けるようになったので、今日から1週間の仮修行が始まる。目の前にはミストレアさん。その横にヘレネーさんがいる。ヘレネーさんは修行を手伝ってくれるみたい。


 ロポは欠伸をして日向でおねんねだ。さっき僕のところにやって来て、まあ頑張れって感じで俺の足をぽむっと叩いてから日向に行って寝てしまった。この1ヶ月で何故かかなり懐かれてしまった。ヘレネーさんが言うには、多分同じ黒色だからではとの事。


「まず、修行を始める前にレディウスは魔力を使う事は出来るかい?」


「あ、はい。体に流す程度ですけど」


 そして僕は身体強化をする。唯一出来る魔法の技だ。


「ふむ。まあ、最初はそんなところかねぇ。それじゃあレディウス。まず基本の纏について教えおくよ」


「纏? ですか?」


 僕は聞きなれない言葉をミストレアさんに尋ねる。


「そうだ。まあ最近の若いものは身体強化って言うのかね。今レディウスがやっているのもその1つだよ」


「なるほどですね」


「今レディウスが無意識にやっているのは魔鎧だ。体全身に魔力を巡らせ防御力を上げている。だけど、レディウスの魔鎧はデコボコと魔力の多い場所と少ない場所に差が出来ている。これは均等にしないと少ないところを狙われると一瞬でやられるよ」


 なんと! ミストレアさんは僕が纏っている魔力が見えるらしい。どうやって見ているんだろう?


「ミストレアさん! 僕の魔力が見えるんですか?」


「ああ、これも纏の1つだ。まあそれは後にして、その魔鎧は全ての魔法の基本になる。レディウスには1週間でこれを全身に均等に行き渡るようになってもらう」


 体に均等に魔力を流す。……難しく無いかこれ? 雰囲気では均等に流れていると思ったけど、より意識すれば微かだけど魔力の厚みが違うところがある。そして


「こことここが薄い!」


 ミストレアさんが魔力の薄いところを剣で切って来た! スパスパッ! と軽く切られる程度だけれど、痛いものは痛い。切られた箇所がズキズキと痛んでそちらに集中していると


「レディウス! もっと魔力を均等に行き渡らせろ! そんなじゃあ、直ぐにやられるよ!」


 と他の魔力が薄くなった箇所を切っていく。なるほど。確かに貴族の子息とかだと、こういう訓練は嫌なのかもしれない。痛いだけだからね。でも僕はこの程度では諦めないよ。絶対にこの1週間で魔鎧を均等にして、弟子入りするんだ。強くなるために。


 ◇◇◇


 王都アルバスト


「ふう〜、学園の生活も少しは慣れたかしらね」


 私、エリシア・グレモンドが王都アルバストにある王立学園に入学して2ヶ月が経った。お父様とお母様の元を離れて、私について来てくれた侍女、クレナとミアと一緒に寮で過ごしているけど、この2ヶ月は生活に慣れるのに大変だったわ。


 この学園はどの爵位の人も侍女や執事を2人まで許されている。そのおかげで2人を連れてこられたけど、もしダメだったら、まだ学園には慣れていなかったかもしれない。


 そんな事を考えながら私は、今は食堂で1人で過ごしている。クレナは部屋の掃除に行っていて、ミアは実家から届いた荷物を取りに行ってくれているから。


 ……そういえば、レディウス元気にしてるかしら。レディウスも生活が落ち着いたら手紙を送ってくれるって言っていたのだけれど、既に2ヶ月。


 確かグレモンド領地の隣の領地、ケントリー伯爵の街レクリウムで冒険者になるって言っていたから、そこから手紙を送れば、2週間ほどで着くはずなんだけど。


「はぁ。早くこないかな〜」


 と1人で溜息を吐いていたらそこに


「何を悩んでいるんだいエリシア?」


 と微笑みながら近づいてくるのは、私の1つ上の先輩でこの国の第1王子ウィリアム・アルバスト王子がやって来た。


 その後ろには将来は、父親のヘルムント騎士団長の後を継ぐと言われているグラモア・ヘルムントに、テストラント宰相の息子で天才のフェリエンス・テストラントが付いていた。いつも通りのメンバー。


 この学園に入学した時にお会いしたのだけれど、何故かこういう風に話しかけてくる。私はしがない男爵家の長女でしかないのに。やっぱり赤髪だからかな? ……だめだめ、こんな事で悩んでちゃあ。髪の色で苦労しているのはレディウスの方なんだから。


 そう思い私は周りを見る。ウィリアム王子も他の2人もかなり顔が整っているので周りの子女たちはきゃあきゃあを色めき合う。確かにカッコいいのかもしれないけど、私には……。


「この席いいかい?」


「あ、はい、どうぞおかけください」


 私は席を立ち、王子が座るのを待つ。王子が来たのに座ったままなんて失礼になるから。


「そんなにかしこまる事は無い。私とエリシアの仲では無いか」


 と微笑むウィリアム王子。そこまで仲良くなった覚えはないのだけれど。それにウィリアム王子には許嫁のヴィクトリア様がいるのだからあまり私と会ってはいけないのに。


「そのような言葉はヴィクトリア様にお声掛けてあげて下さい」


 私がそう言うとウィリアム王子の顔が歪む。だけど、それも一瞬の事でいつもみたいに爽やかな表情に戻る。


「まあ、その事は別に良いじゃないか。それよりさっきはなんで溜息なんて吐いていたんだ? 私で良ければ相談に乗るよ」


「そうだぜ。もし変な男に近寄られたんだったら俺がぶちのめしてやる」


「なら、僕が表に出れないほどの事を考えてあげましょう」


 ウィリアム王子の言葉に乗り、グラモアさんとフェリエンスさんもそう言ってくる。レディウスをぶちのめされても表に出れないほどの事をされても困るわ。


「いえ、少し考え事をしていただけなので大丈夫です。それでは失礼し……」


「エリシア様!」


 私がその場から立ち上がり席を離れようとした時に、食堂の入り口で私を呼ぶ声が聞こえる。入り口の方を見ると顔を真っ青にして、私の方は走ってくるミアの姿があった。そして私の側に着くなり、泣き出してしまった。


「ど、どうしたのよミア。そんなに慌てて。それに涙なんて流して。何かあったの?」


「さ、先ほどゲルマン様から荷物が送られて来たので、受け取ったのですが……。それが、それがぁ……」


 とミアは泣きながらも手に抱えてある物を私に渡してくる。布で巻かれた長細い物だ。一体なんなんだろうか。そしてミアから受け取り布を解くとそれは


「こ、これって……」


「ぐすっ、う、うっ、はい、それはメアリー様がレディウス様に送った剣です。柄のところには魔力を流したらグレモンド男爵家の家紋が浮き出すようになっているのです」


 私はその剣に魔力を流し確認するとそこには確かに家の家紋が浮き出した。私は地に足が付いていなくて、浮いているように力が抜けた。


「エリシア様!」


 ミアは座り込んだ私を支えてくれたけどそんな事より


「これお父様はどうやって手に入れたの!? どうしてお父様が?」


「1ヶ月ほど前に武器商の方が屋敷まで持って来たようです。魔力を通したら家紋が出たのでと。ゲルマン様がこの剣をどうしたのかと確認したところ、ある男女の組が武器屋まで売りに来たそうで。
 その武器商の方も柄のところが血まみれだったのでどうしたのかと尋ねたそうで。帰って来た答えが死んでいたから貰ったと……」


 私は目の前が真っ暗になりそうだった。そんな、そんなぁ! 気がついたら涙が溢れていた。レディウス。


「わ、私のせいだわ。私がもっと強く引き止めていたら。私が冒険者の話なんてしなければ……う、うわぁあぁぁぁぁぁあ!」


 周りの視線なんて気にする事なく私は泣いてしまった。もうレディウスに会えないと思ったら涙は止まらなかった。

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